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3.ロージーと眼光鋭い侯爵家子息


 どうしてこんなことになっているのか。


 泣く子も黙る?ロージー・スピネット女伯爵。

 ただいま絶賛お見合い中である。

 その相手は誰か。


 ほのかな想いを抱くキャベンディッシュ伯爵か…否。

 かの夜会で散々こちらを口説いてきた色ボ…じゃない、ソブリノ公国のオクタビオ公子か…否。


 「ガイ・シェリンガムです。よろしく」

 「ロージー・スピネットでございます…こちらこそ」


 どうしてこんなことに(以下略)。




 二日ほど時を戻そう。

 ロージーのタウンハウスに、一人の青年が訪ねて来ていた。

 「久しぶりだな、ロージー」

 「何しに来たのよ、ザカリー。私はあなたと違って暇じゃないのよ」


 口では毒を吐きながら、手ずからイチゴのタルトを丁寧に切り分けてくれるロージーに、従兄のザカリーは相変わらずだなと失笑した。

 「うまいな、このタルト。君が焼いたの?」

 「おだてても無駄よ。でもたくさん焼きすぎたから、形が悪いのだけ手土産にくれてやるわ」

 「『くれてやる』とか言うなよ…」

 ザカリーは呆れながらも遠慮なくタルトを平らげていく。

 二枚目を半分ほど食べたところで、ようやく紅茶を飲んで一息ついた。

 「…なあ、ロージー。見合いをしてみないか?」

 「み、みあい?」

 「そう、見合い」

 ザカリーは二枚目のタルトの攻略を再開する。

 食べ終わる頃にはロージーは再起動している頃合いだということを分かっているのだ。


 「色々事情があって、結婚が決まっていないやつが騎士団にいるんだよ。そいつ目当てに令嬢が騎士団の詰め所に押しかけるから苦情が来てて…任務にも支障が出てて困ってるの」

 「任務?」

 「機密情報なんだが…まあお前ならいいか。アレクシス様が即位されてから明らかになったんだが、どうやら王都で人身売買を行っている組織があるらしい」

 「じ、人身売買!!?」

 「大きな声出すなよっ。前国王と前王太子は賄賂と引き換えに長年黙認してたみたいなんだ。高位貴族が絡んでるらしくてな。王家内で巧妙に隠してたみたいでテッドメイン元宰相も疑ってはいたものの、尻尾を掴むことができなかったらしい」

 「どの貴族かまでは…」

 「はい、そこまで。話を戻すぞ」


 ロージーは扇の下で口をへの字にしたものの、ザカリーの立場も分かるのでそれ以上は詮索しなかった。

 「…で、お見合いの話だったわよね。お相手はよっぽどの色男らしいわね」

 「おう。顔はなかなかいいぞ。しかも侯爵家の次期当主だ」

 「ちょっと!じゃあ私と結婚できないじゃない!!」

 ロージーが探しているのはあくまで入り婿だ。

 「そういわずに見合いだけでもしてくれないか?陛下直々に頼まれて…」

 「アレクシス陛下に?」

 「なあ、ロージー。お前がどうしてもスピネット家を継ぎたい気持ちは分かる。でも嫁ぐ道も考えてみないか?」

 「…あんたに何が分かるのよ」


 ザカリーが言っている意味は分かっている。

 スピネット伯爵位を持ったまま別の家に入り、子供が二人以上生まれた暁にはどちらかの家に婚家の爵位を、そしてもう一人には自分が持っていた爵位を与えればいいということだ。

 そう、ロージーには婿を取る以外にも嫁ぐという道があることはあるのだ。

 だが…。 

 その道は婿取りよりもはるかに非現実的なものだった。

 「私の歳で今からまともな貴族の家に嫁げるわけないでしょう?もう26なのよ!?」

 「ロージー」

 声を荒げたロージーに対し、ザカリーは一貫して平静だった。

 「君は恥ずべきところのない、素晴らしい女性だ。君を知っている誰もがそう思っている。…だから、君が幸せになる道を君自身が諦めることはしないでくれないか?」




 ちくしょうめ、ザカリーごときが何かすごくいいこと言いやがって。

 ロージーは正面の男からの目からビームを一心に受けながら、心の中で二日前のザカリーを罵倒した。

 確かに顔はいい。

 確かに次期侯爵だ。

 でもガイ・シェリンガムなんだぞ。

 眼光鋭きガイ・シェリンガムなんだぞ。

 見合いに頷く前に名前を聞くべきだった、っていうかどうして先に言わない、やっぱりザカリーのせいだ。

 

 それでもやると言った以上見合いに臨んだロージーだが、ガイの眼光ビームを浴びた途端に秒で縁組を諦めた。

 もう適当にお茶を濁して切り上げてしまおう…切り上げられるかな。

 これ、口を開いたら殺すとかじゃないよね?

 ガイ様からのビームがどんどん強くなっているんですけど。

 

 「…趣味は?」

 何の前触れもなく急に口を開いたガイに、ロージーは目を丸くする。

 もう目力だけの石像だと思っていた。

 「は?…なんですって?」

 「趣味は何かと聞いている」

 え、しゅみ? 

 しゅみって趣味?ホビィー?

 「…お菓子作りです」

 「好きな色は?」

 「…赤とオレンジ」

 「好きな観劇は?」

 「特には…悲劇でなければ何でも見ます」

 その後も三十分ほど、淡々と質問攻撃は続いた。

 ちなみに目からビームはそのままだった。

 

 「…」

 「…」


 とうとう質問のネタがなくなったのか、ガイが黙った。

 ロージーもどうしていいのか分からずに口を閉ざす。

 質問されたから、今度はこちらから質問をした方がいいのだろうか。

 そんなことを考えていると、ガイが再び口を開いた。


 「…キャベンディッシュ伯爵に気があるのか?」

 「ふぁっ!?」

 直球だ。

 そしてデッドボールだ。

 もうなんなのこの人…。


 「だったら何よ!!?相手が好みのど真ん中なのよ!仕方ないじゃない!!」


 もうやけだった。

 変な噂は立てられるし、軟派な公子には言い寄られるし、碌に話したこともない男からは目からビームだ。

 どうせ誤魔化したところで明日には面白おかしい話に脚色されているのだから、真実を言ってやった方がいい。

 「優しくって大人でとっても落ち着くのよ!あんたみたいな眼光鋭すぎて友達いなさそうな男や、頭にシナモンシュガーが詰まった軟派公子とは包容力が違うのよ!分かった!?」

 「俺にだって包容力はある」

 「…はあ?」

 「そして友人くらいいる」

 ロージーは椅子から転げ落ちそうになった。

 こいつ、色々とすごい。

 会話が成立しているのが信じられない。

 唖然とするロージーをよそに、ガイ・シェリンガムはそのまま立ち上がった。

 「今日はこれで失礼する」

 「『今日は』って…。二度はないわよ」

 「…」

 「ないわよね?ね?」

 「お邪魔した」

 ガイは形ばかりの礼をして、部屋を辞そうとした。

 …と、扉を開けたところでロージーを振り返る。

 「そういえば」

 「…」

 「オクタビオ公子の頭にはシナモンシュガーは詰まっていないと思う」

 「知っとるわぁーーー!!!帰れーーーーー!!!」



 どうしてこんな(略)。


 不可思議な見合いは一時間弱で終了した。




 翌日、ロージーはまなじりを吊り上げ、侍女一人を連れてのしのしと王宮の西館を闊歩していた。

 周囲を歩いていた他の貴族や仕事中の文官が、ロージーの迫力に慌てて道を開けている。

 ロージーは昨日の見合いをセッティングしたザカリーと会う約束をしていた。

 王妃フィオレンツァの護衛を務めるザカリーはなかなか王宮から出ることができない。

 先日はアレクシス王の使いということもあってスピネット家の屋敷を訪ねてくれたが、今回は速攻で見合いの結果を従兄に叩きつけたかったので、ロージーの方から訪問することにしたのだ。

 もちろんあのスカした顔にめり込ませる予定の返答は「否」である。

 見合いの間中ロージーを睨みつけていたということは、ガイとて不本意だったのだ。 

 だったらなかった話にしてしまうのが一番いい。

 今日のうちに見合いを断ってしまえば、いくら情報通の貴族でも「見合いがあったかも」くらいしか掴めない可能性が高い。

 逆に長引かせれば長引かせるほど、「見合いがあった」から「女伯爵が若い侯爵家子息に迫った」だの「子息が女伯爵に無礼な態度を取った」「公子と侯爵子息を天秤にかけている」だの尾びれ背びれが付き、最後はスピネット家とシェリンガム家に亀裂が走るかもしれない事態になりかねない。

 …とはいえ亀裂が生じるほどの親交はないのだが、面倒ごとはない方がいいに越したことはない。

 

 「早く着き過ぎたかしら」

 

 約束の休憩スペースにまだザカリーは来ていなかった。

 この国では時計はあまり普及しておらず、ザカリーとの約束の時間も「午前中」だ。

 王族や議員、王宮の小間使いはそれこそ分刻みで仕事をしているが、それ以外は割と時間にルーズなのだ。

 特に午前中から行動する貴族はあまりいない。

 ザカリーは律儀な男なので約束は守るだろうが、正午ぎりぎりに来る可能性もある。

 ロージーはザカリーが来るまでひたすら時間をつぶすしかなかった。

 

 しかしそんな彼女に声をかける勇者がいた。

 「おや、スピネット女伯爵!奇遇ですね」

 「オ、オクタビオ公子…」

 なんと軟派公子オクタビオだった。

 「ここで会えてよかった。お屋敷に伺うところだったのです」

 「我が屋敷に?どういったご用件ですの?」

 嫌な予感しかしない。


 「小耳にはさんだのです!あなたがどこぞの貴族と見合いをしたと!私という者がありながら!どうしてそんな酷い仕打ちを!!」

 

 アウト―――――!


 ロージーは貴族らしからぬ行為と分かっていながらも額を抑えて天を仰いでしまった。

 こんなに衆目を集めておいて、そんな台詞を言われた日には、もうロージーの評判は地の底だろう。

 オクタビオ公子に粉をかけておきながら、別の貴族に迫ったという悪評が一瞬で広まる。

 「一体どこの家のなんという貴族なのでしょう?私が話を付けてきますので」

 「…結構です。あなたには関係ないことですわ」

 「しかし」

 「見合いをしたのは事実です。でも私が誰と会って誰と付き合おうと、公子様には関係のない話だと申し上げているんです」

 「女伯爵様、私は…」

 「あなたからの愛に、私はお応えすることはできません。どうかあなたに相応しい別のご令嬢を選んでください」

 「そのようなことをおっしゃらないでください。私の心はあなたのものなのです、あなたを一番に愛すると誓います」

 「申し訳ありません、失礼しますわ」

 

 ロージーは踵を返した。

 ザカリーとの約束をすっぽかした形になるが、目撃者が多いのですぐに事情は伝わることだろう。



 次の日より。

 スピネット女伯爵は、隣国の公子と侯爵家の嫡子に二股をかけているのだという噂が王都を駆け巡った。

 


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