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  テルドララ5

 湖畔でマリスを抱きしめた日、わたしは彼女をスペースシップに案内した。シップが不時着した木陰に近づくと、複数の人間の声が聞こえた。木々を押しつぶしてかたむいた船体を、20人ほどの現地の男性が見上げていた。


 彼らの浅黒い肌、なめし革の衣服、腰にさした石斧から、マリスと同族の戦士らしいとわかった。彼らは――? とマリスに問いかける視線を向けると、おびえた表情で、うんうんとうなずいた。


 いま現地人に姿を見せるのはまずそうだ。なにしろ、この顔なのだから。


 彼らが船内に侵入したり、船体を破壊したりするのは不可能だ。銀色の巨大な楕円体に最初こそ興味をひかれるだろうが、彼らにどうすることもできないとわかれば、いずれあきらめるだろう。それまでは、スペースシップに出入りして、彼らに見つかる危険をさけたほうがよさそうだ。


 わたしはマリスの腕を引いて、そっとその場を離れた。


『どこかに、あなたしか知らない隠れ場所はありませんか』


 わたしは自動翻訳機を通じてマリスにたずねた。


 マリスの不安げな表情がぱっと明るくなり、大きくうなずいた。


 マリスがわたしをみちびいたのは、高い崖から滝の流れおちる川の淵だった。しぶきをあげる飛び石づたいに崖側に渡ると、滝のうしろに洞穴があった。


 せまい洞内は10メートルほどで行き止まりになった。ひんやり湿った岩にしかれた獣皮に、わたしとマリスは並んで座った。ここはマリスしか知らない隠れ家だという。彼女が1人になりたいときに利用しているようだ。


 マリスは人付き合いの苦手な変わり者かもしれない。『いぬ』に似た顔のわたしにうちとけてくれたのは、その性格のためだろうか。この顔をどう思うかとマリスにたずねてみた。


『ウォーケンは』マリスはわたしをそう呼んだ。『わたしの部族の始祖である、白い狼にそっくりなの。わたしはウォーケンを神さまだと思いました』


 マリスは『おおかみ』を、『いぬ』の大型のものと認識しているようだ。


 わたしはマリスの部族の神ではないと否定した。


 『おおかみ』は『いぬ』の、さらにはテルドララの始祖なのだ。現地の人間は、同じ深い森に住む『おおかみ』の恐ろしさから、その野獣を部族神とあがめるようになったのかもしれない。


 わたしは、マリスが用意してくれたトウモロコシのパンや、鹿の干し肉、新鮮な果物などで空腹を満たした。いずれも素朴な食事だが、宇宙食ばかりのわたしには最高のご馳走だった。


 わたしはマリスに、自分の故郷テルドララの話をした。マリスのよく動く瞳が、彼女の驚きや興奮をわたしに伝えてきた。マリスは『宇宙(そら)をわたる船』について大変な興味をしめしていた。


 それから毎日、わたしはマリスと会うようになった。しばらくは秘密の洞穴や湖畔で逢瀬をくりかえした。スペースシップへの現地人のほとぼりがさめたころ、わたしは彼女に船内の見学をさせた。


 搭乗口の高みには、マリスが持ってきたニレの木のハシゴで登った。マリスは、反重力エレベーターにおののき、浮遊感に身をすくませた。上層階に出ると、だだっ広いコクピットを驚きの目で見まわした。


 コクピットは、反重力サークルを中心に半径9メートルほど。その前方に操縦席、反対側に生命維持カプセルがあるだけの簡素なドームだ。1人で操縦するスペースシップにしては広すぎるが、下層階の大部分を占める核融合エンジンと推進装置のため、これ以上の小型化はできなかった。


 マリスは、ディスプレイや操縦装置、色とりどりに点滅する機器に目をまるくした。硬質にもかかわらず弾力のある内壁には、めずらしそうに触ったり、なでたりしていた。彼女の世界には製鉄の技術すらないのだ。


 マリスは、ふだん村の畑仕事や、食料の採集などをしている。仕事が終わった日暮れどきに、わたしのもとに通ってくる。


 そんな日々が4か月ほど過ぎた。その日の夕暮れに、マリスがいつもの湖岸に樺皮のカヌーでこぎつけた。この湖につながる川を村からさかのぼってきたという。


 わたしとマリスは月明かりの湖にカヌーをうかべた。水面にうつる満月がさざなみにゆれる。マリスはそわそわとなにか隠している様子だった。たゆたうカヌーに身をまかせながら、しきりに腹部を気にかけている。


「――わたしね、ウォーケンの赤ちゃんができたの」


 わたしは、マリスの顔に見入ってしまった。簡単な現地語の会話はできるようになっていた。それでも、聞きちがいではないかと彼女に問いかえした。


 うなずいたマリスが恥じらいの顔をふせた。


 間違いない。わたしに子供ができた。テルドララの最後の1人になるとあきらめていたわたしに、同じ血筋の子が誕生するのだ。


「やったあ!」


 思わず立ちあがったわたしは、カヌーの上でバランスをくずした。わたしを支えようとしたマリスとともにデッキに転がった。腹の底から笑いがこみあげてくる。はじかれたようにマリスの笑い声もあがる。


 宵闇の湖に2人の声がひびいた。わたしとマリスは抱擁しあい、現地人に気づかれるのもかまわず、妊娠のよろこびをわかちあった。


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