最終回 悠久のときをへて、テルドララの血は受けつがれる
宿神が、肌を白黒まだらの二重らせんにおおわれて大地に倒れた。もとの肌色を取りもどした宿神の体は、いっそう黒くしなびたようにランドには見えた。
サンジャが、宿神の体を大地から抱きあげると、その手足が力なく垂れさがった。サンジャが首を横にふる。ウォーケンをやどしていた老人は亡くなったようだ。村の広場に重苦しい沈黙がおりた。
「これはどうしたんですか」マーシャルがとまどいをあらわにする。「神が死ぬわけないでしょう。そんなバカな話は聞いたことがありません」
老人のむくろを抱えたサンジャに、マーシャルが恐るおそる歩みよる。
そのとき、広場に大きな影がさした。橙色ににじんだ空に、銀色の巨大な円盤がうかんでいた。ランドは驚きのあまり言葉をうしなった。いったいなにが起きようとしているのか、まるで理解できなかった。
影がしだいに広がり、あたりが暗くしずんでいく。円盤がゆっくり降下しているんだ。円盤が不安定にゆれると、ふいにかたむき、ななめに落ちてきた。あちこちから叫び声があがり、戦っていた兵士と戦士が散りぢりに逃げだす。ランドも、落下地点から避難した。
轟音と地響きとともに、円盤が墜落して土煙があがった。しだいにおさまる煙のなかから、銀色にかがやく巨大物体が姿を見せた。森のふちにかかって、広場に落下したその物体は、直径20メートル以上はありそうだ。
墜落物を遠巻きにしている兵士のあいだから、おもむろにマーシャルが進みでた。その表情には、驚きと恐れと歓喜があった。
ランドは森のふちから、その巨大物体を観察した。球体を押しつぶした形状のそれは、なめらかで光沢のある、未知の金属でできていた。ランドの見える範囲の表面に、つなぎ目や切れ目はいっさいなかった。
マーシャルの指示をうけた10数人の兵士が、その円盤の外壁を調べはじめた。内部に入る開口部を探しているのだろう。兵士の報告をうけたマーシャルの様子から、入り口が見つからなかったとわかった。
「ウォーケンよ」とマーシャルが円盤に向かって大声で呼びかける。
「あなたがやどっていた人間は死にました。あなたはさしずめ、この巨大な神殿に戻られているのでしょう。ハイランド王国の公爵、マーシャル・フォン・マキシムにお目どおりを願えませんか」
かたむきだした日射しが、円盤の銀色の表面をオレンジ色にかがやかせている。西日のシルエットになった葉むらがざわめく。マーシャルの金色の巻き毛が、吹きぬける風にそよいだ。
ウォーケンの返答はなかった。
「マーシャル」ランドは呼びかけた。「あなたの目的は、ウォーケンの絶大な力を手にいれることだった。ハイランドの国教をヴァンナ族に広めるため、イエイツ司祭に同行したというのはまっ赤な嘘だ」
マーシャルはヴァンナ族に潜入し、宿神の力の秘密を探ろうとした。灰色熊を村におびきよせたのも、洞窟内のウォーケンの〈神の間〉にイエイツ司祭を侵入させたのも、その目的のためだった。
「しかし、あなたのくわだては失敗し、ヴァンナ族の村を出ざるをえなくなった。こんどはヘイガー族をけしかけ、ヴァンナ族に戦争をしかけさせた。ヘイガー族が劣勢になった場合にそなえ、ハイランド兵を乗せた軍用船を、大河のどこかに待機させておいたんでしょう」
「ランドくん、ご明察です。ヴァンナ族に敵対するヘイガー族とは、最初から手を組んでいました」
ウォーケンの力を見きわめるため、ヘイガー族に武器を供給し、ヴァンナ族にけしかけたのだ。その計画はうまくいかず、マーシャルじきじきの登場となった。
「宣教におとずれた日の切り通しで、ヘイガー族の一団がわたしに刃を向けたときには呆れましたよ。敵の有名な酋長を追いつめた興奮で、われを忘れてしまったんでしょう。野蛮人を手なずけるのは難しいんですよ」
けれど、とランドは疑問を感じた。マーシャルが、サンジャを助けてヘイガーの戦士を殺害したと知られたら、ヘイガー族との関係はくずれるんじゃないか――。
「だから、あのときヘイガーを皆殺しにしなければならなくなりました。彼らのおろかさが、みずからの命を縮めたんです」
マーシャルの口調には、未開人を同じ人間とみなしていない酷薄さがあった。
「ランドくんは優秀な冒険者ですが」とマーシャルが続ける。「そのさかしらさが、あなたの命とりになるでしょう」
少年の雄たけびがあがった。森の茂みから飛びだしたトージャが、兵士のあいだをすりぬけ、マーシャルの正面で丸木弓をかまえた。
マーシャルが片手を上げ、手の甲側にのぞく指輪を向ける。同時に放たれたトージャの矢が、指輪の発した青い閃光にはじかれた。
あっと驚いたトージャが、2人の護衛兵にたちまち地面にねじふせられた。土によごれたトージャの顔がくやしさにゆがんだ。
マーシャルのかざした左手には、赤と青のふたつの指輪があった。
「赤が〈魔法探知〉、青が〈魔法の盾〉の指輪よ」
ぶーんと飛んできたチビットが、ランドの耳に教えた。
「もう1人、小さな刺客が隠れていましたか」
マーシャルがゆうゆうたる歩みでトージャに近寄った。その頭を地面に押さえつけていた兵士に、少年を放すように指示した。
『立ちなさい』マーシャルが短い現地語で命じる。
両手をついてよつんばいになったトージャのあごを、マーシャルが力まかせにけりあげた。トージャの小さな体が反転して飛んだ。
「野蛮人の子供が、勇敢さと、おろかさをはきちがえたようですね」
マーシャルが高笑いをあげる。サーコートにまとったマントをひるがえし、巨大な円盤の前に戻ってきた。
「ヴァンナ族の守り神であるウォーケンよ。空もたそがれてきました。日没まで待ちましょう。それまでにわたしの呼びかけに応じなければ、あなたの信者を処刑します。あなたがそのお姿をお見せくださるまで、ヴァンナ族を1人ずつ斬首していきます。まずは――」
ようやく起きあがったトージャに、マーシャルがふりむいた。
「あの命知らずの勇者を処刑しましょう」
*
3日目になって宿主候補者の血液が凝固しだした。サンジャは不合格だ。宿神にそのむねを告げ、別の若者を選んでもらわなければならない。わたしは、サンジャの血液サンプルのなかで落胆していた。
現在の宿神は、〈神の間〉に置かれた、操作パッドの前に座っていた。このパッドは、カルデラ湖のスペースシップと交信するために用意した。宿神の脳波を利用したアクセスは、宿主の細胞に多大な負担をかけてしまうのだ。
わたしは、サンプルの血液細胞から、宿主の細胞内に戻った。
そのとき、神官が〈神の間〉に飛びこんできた。村を襲ったヘイガー族は撃退できそうだと報告をうけていた。なにがあったのかと、わたしはいぶかった。その神官によると、ハイランドの援軍が到着し、形成が逆転したという。
わたしは宿神とともに戦場に出向かざるをえなくなった。
村の広場では、ハイランド王国とヘイガー族の混成部隊に、ヴァンナ族の戦士が集落の入り口まで押しやられていた。わたしは、その場の全員にテレパシーで話しかけた。ハイランドの指揮官は聞く耳をもたなかった。それどころか部下に命じ、宿神に切りつけさせた。
わたしは宿神の脳波で、スペースシップの核融合エンジンを作動させた。襲いかかった兵士を〈亜空間移動〉させた瞬間、異変が発生した。
もともと宿主を変えなければならない時期だった。2日続けてスペースシップにアクセスした負荷が、年老いた細胞内のDNAを劣化させたのだろう。宿主の全身の血液が凝固しだした。不適合が起きたのだ。
わたしは、宿神の脳機能が停止する前にスペースシップを呼んだ。シップは村の上空でコントロールをうしない、広場に墜落してしまった。息絶えた宿神の体から離脱したわたしは、船内の本体に戻った。
わたしのDNAは不適合によって不安定になっていた。生命維持カプセルのなかで修復を行ないながら、しだいに意識がうすれてきた。疲れてしまった。わたしの肉体年齢は160歳だ。もう若くはない。
船内の警告音に、わたしはあさい眠りから覚めた。なにか異常が発生したようだ。スペースシップの墜落が原因かもしれない。
わたしはカプセル内の本体から離脱し、コクピットに向かった。核融合エンジンの冷却装置に赤ランプがともっていた。メンテナンスをしたいが、わたしの本体は使いものにならない。宿主の肉体を借りる必要があった。
「いまからヴァンナ族の少年を殺します。いいですね」
外部スピーカーから声が聞こえてきた。モニターには、ハイランドの指揮官が映っていた。ひざまずかされた少年が首をさしだしている。兵士が抜き身の剣をふりあげ、いまにも斬首しようとしていた。
なんとかしなければ――。すぐに宿主を見つけ、少年を助けなければならない。サンジャの血液は不合格だった。もはや、選択の余地はない。
わたしはスペースシップを出ると、ひざをついた少年の細胞に侵入した。わたしは驚愕した。そこに、テルドララの遺伝子セットを見つけたのだ。
この少年はテルドララのDNAを有している。
冷凍睡眠から目覚める300年前に、わたしはマリスとのあいだに子をもうけた。亜空間のかなたに飛ばされたマリスは、どこかでわたしの子を生み育てた。あの少年は、わたしの子供の子孫だ。テルドララの遺伝子を受けつぐ末裔だ。
そのとき、わたしのDNAが反応した。
テルドララの2組の遺伝子セットが、たがいに複製をくりかえし、無限に増幅しはじめる。倍加現象が起きたのだ。増えつづける細胞は、この子の肉体を破壊するだろう。わたしは、宿主細胞から脱出しようともがいたが、もはやどうにもならなかった。わたしのDNAが、テルドララの子孫を殺すのだ。
*
「いまからヴァンナ族の少年を殺します。いいですね」
白くしずむ太陽が、広場をおおう葉むらと空のさかいを朱色にそめている。のこり日を照りかえす、金属の円盤からの応答はない。
ランド、ゴーラ、チビット、イエイツは、ハイランドの弓兵に弓矢を向けられて身動きできなかった。ヴァンナ族の戦士には、ハイランド兵がにらみをきかせている。戦士の背後からは、集落の女子供のはりつめた表情がのぞく。兵士にまざったヘイガーが残酷な笑みをうかべている。
マーシャルが命令をくだし、少年の首にふりあげられた剣が残光にきらめく。
びくりとトージャの体がふるえた。がばりと上げた少年の顔に、黒白まだらの二重らせんがうずまいている。ランドは目を見開いた。宿神に起きた同じ現象がくりかえされようとしているのか――。
よつんばいのトージャが、衣服をやぶって大きくなりだした。剣を手にした兵士と、マーシャルが横に飛びのいた。
ゆらりと立ちあがったトージャの全身を、黒と白の二重らせんが駆けあがる。らせんのうずまく胴体がのびあがり、巨大な円盤の高さを越え、ざわめく森のいただきより高く、さらに巨大化していく。
日没間近の白い太陽を背負い、身長50メートル以上の巨人が立ちあがった。たそがれの空にそびえる、その姿形は人間のそれではない。体表のうずまき模様が消え、全身が白い毛におおわれている。はるかに見上げる頭部の耳はとがり、鼻は突きだし、口はさけている。
「ウォーケン、ウォーケン」ヴァンナ族がいっせいに叫んだ。
白い狼に似た巨人が、朱色にそまった空に咆哮した。
ランドは驚きのあまり、広場に立ちつくしていた。あれが、ヴァンナ族の守り神ウォーケンなのか。トージャはその神に化身したのか。
ゴーラと、その頭上のチビットがあっけにとられて見上げている。イエイツ司祭が目をむき、口をあんぐりあけている。
マーシャルが両手を大きく広げて、巨人と向かいあった。
「おお、ウォーケンよ。わたしはハイランド王国のマーシャル・フォン・マキシム公爵です。あなたの偉大な御力をわが王国のために――」
マーシャルが口上を言いきる間もなかった。大きな影がおおいかぶさり、上体をかがめたウォーケンの丸太のような腕が大地をなぎはらう。マーシャルが転がるようにそれをかわした。
「弓兵、なにをしている。あの化け物を射殺せ。あれは神ではない」
マーシャルが地面に這いつくばったまま命じた。
巨大なシルエットと化したウォーケンの頭部に、20名の射手がいっせいに矢を射た。放たれた矢が、その影にのみこまれて消える。巨人に通じた様子はない。咆哮がとどろきわたり、森と大地を震わせた。
マーシャルの号令のもと、ハイランドの混成部隊が突撃をかけた。白い毛におおわれた大木のような足に、ヘイガーがトマホークをふるう。ハイランド兵が長剣を突きたてる。弓兵が弓矢をあびせる。
足もとにむらがる戦闘員が、いっぺんに蹴散らされた。ウォーケンが吠え、両手両足をふりまわして暴れだす。大地に倒れた兵士をふみつぶし、かぎ爪で鎖かたびらをつらぬき、振りおろした拳で鉄兜を叩きつぶす。荒れくるう部族神に、戦場は混乱をきわめた。
弓兵がまず逃げだした。マーシャルの制止を聞く者はなく、戦闘の統率は完全にみだれた。ハイランド兵もヘイガー族も悲鳴をあげ、武器を投げだし、怒れる部族神から逃れようとする。
ランドとその仲間もちりぢりに避難した。ランドは、狂暴化したウォーケンの横をすりぬけ、森のふちに墜落した円盤のかげに身をひそめた。
ハイランド部隊の逃走した先には、集落の前に陣取るヴァンナ族の戦士が待ちかまえていた。ヴァンナ族から、ときの声があがった。ウォーケンがおもむろに動きだし、長い歩幅で敗走兵を追いかける。
部族神とサンジャのひきいる戦士とで、ハイランド部隊をはさみうちにする形だ。これで勝敗は決したとランドは判断した。
ヴァンナ族、ヘイガー族、ハイランド兵のいりまじった集団に、天空から巨大な拳がふりおろされた。恐怖の叫びがあちこちからあがる。ウォーケンは敵味方の見さかいなく、腕をふりまわし、ふみつぶし、けちらしだした。
戦士がいりみだれて集落に逃げこんだ。ウォーケンがそれを追い、建ちならぶ小屋をふみつぶす。いたるところから女子供の悲鳴があがる。銀色の月光にそびえる巨人が、長い両手両足をふるい、破壊のかぎりをつくしはじめた。
荒れくるう部族神に、ランドはなすすべもなかった。
そのとき、身をひそめていた円盤の外壁に、光りのすじがはいっているのに気づいた。円盤下部の曲面にうがたれた縦長の扉が、上から下に開いていく。開口部からもれでた長方形の明かりが地面にのびている。
ランドは入り口の正面にまわり、踏み板となったドアに進んだ。
『テルドララの子孫を救ってほしい』
ランドの頭のなかに声が響いた。月明かりの周囲に人影はない。
「あなたは誰ですか」ランドはたずねた。
『わたしはウォーケン。倍加現象で巨大化した少年は、テルドララの子孫だ。その子の体のなかに、わたしはいま閉じこめられている。それが原因で、テルドララのDNAがあの子を破滅させようとしている』
「だったら、トージャの――その少年の体から出ていけばいい」
『倍加現象が起きてしまったいま、宿主からの離脱はかなわない。もはや、わたしの遺伝情報を消しさるしかないのだ。このスペースシップのなかに、わたしの本体が保存されている。それを破壊してほしい。絶滅しかけているテルドララの血脈を守るにはそうするしか……』
声が途絶え、巨人の咆哮が月夜にとどろいた。
ランドには、言葉の意味のところどころがわからなかった。この円盤の内部にあるなにかを壊せば、トージャは助かるのだと理解した。
ランドは円盤の入り口にふみこんだ。見慣れぬ金属の壁にはさまれた細い通路を進む。緑色の光りに満たされた、竪穴の下に突きあたった。
ランドはいぶかしく見上げながら、その光りのなかに入った。とたんに浮遊感をおぼえた。ランドは、甲高い音のする半球形の空間のなかに移動していた。
正面の壁の、四角い透明な窓をとおして、巨人のシルエットが集落で暴れまわっている。円盤の外側に、そんな窓はなかったはずだと不可解に思った。その手前の棚には、ランドにはわからない無数の機器が並び、赤く点滅している。装置類のそばに、金属の椅子の残骸が転がっていた。
ランドは、半径10メートルほどの部屋の、緑色の光りのゆらめく中心に立っていた。背後をふりかえってハっとなった。
天井からのびる多くの管につながった、半透明の容器が壁ぎわにある。そのなかに、うつむいて座る白い獣の姿がのぞいていた。あの巨人にそっくりで、ウォーケンの本体だと一目でわかった。
ランドは、本体の保存された容器の前に立った。
この獣の体を損壊すればいいのか――。まずは、この保存容器を開く必要があった。ランドはベルトの短剣を抜き、その刃先をあててみた。容器の表面は硬質で、とても刃がたたなかった。
ランドは、天井につながる管に視線をやった。あれを切断すれば、容器内の本体を保存できなくなるんじゃないか。
ランドは背伸びして、管に片手をのばした。
「ランドくん、そんな罰当たりなまねはさせませんよ」
足もとの緑色の光りに照らされたマーシャルが、細身の剣をさげ、部屋の中心に立っていた。その金髪は乱れ、マントは血と泥にまみれている。土によごれた顔には喜色があふれていた。
「それがウォーケンのご本尊ですね。ついに見つけましたよ。偉大な神は、蛮族の少年にすさまじい力をあたえました。ハイランド兵を巨人化させれば、無敵の軍隊となるでしょう。実にすばらしい」
ランドは身をひるがえし、天井からのびる管の一本に短剣の刃をあてた。ほとばしった稲妻がランドを撃ち、その体を壁に叩きつけた。マーシャルが突きだした刀身に、バチバチと雷光がはしっている。
「マーシャル」ランドは壁をたよりに立ちあがった。「あんたにウォーケンの力はあやつれない。あの巨人を、あんたは止められないじゃないか。この本尊を壊さないかぎり、狂暴化した神は見さかいなく破壊を続けるんだ」
「できるか、できないか、それはやってみなければわからないでしょう」
マーシャルが、稲妻をおびた剣を手にじりじり近づいてくる。
そのとき、マーシャルの背後で緑の光りがゆらめき、屈強な肉体の浅黒いうしろ姿があらわれた。とまどったように首をめぐらしているのはサンジャだ。
ランドの視線に気づいたマーシャルがふりかえった。その手に下げた細身の刃先が、サンジャの背中に向けられる。
「サンジャ」ランドは叫んで、短剣をマーシャルに投げつけた。
その刃は鎖かたびらにはじかれた。マーシャルの必殺の突きの狙いがずれ、サンジャがかろうじてそれをさけた。トマホークでおどりかかったサンジャを、マーシャルが放った電撃がはじきとばした。
ランドは背中の弓を構え、壁ぎわの円周上を移動しながら、続けざまに3本の矢を射た。マーシャルが、〈魔法の盾〉の指輪でそれをふせいだ。その間にランドは、部屋の反対側まで走る。
稲妻の帯がジクザグに飛んだ。ランドは電撃に撃たれ、未知の装置が並んだ壁に叩きつけられた。装置類に電流が走り、火花が飛んだ。甲高い警告音が高まり、室内に赤い光りが点滅しだした。
ランドは二発の電撃に、体がしびれ、目がかすんだ。ドームの下で明滅する光りに照らされ、サンジャが立ちあがっていた。
「サンジャ」ランドは声をふりしぼった。「向かい側の容器の、白い獣を破壊するんだ。そうすれば、トージャはもとの体に戻る」
「そうはさせません」マーシャルが〈雷撃〉の剣を構えてふりかえった。
〈魔法の盾〉の指輪と〈電撃〉の剣は同時に使えないはずだ。ランドは矢筒の3本の矢をつかむ。弓矢でマーシャルをけん制する狙いだ。と、矢をつがえた引手がしびれてままならない。
サンジャがひととびで部屋を横ぎり、大きくふりかぶったトマホークを、ウォーケンの容器に叩きつけようとする。稲妻がほとばしり、叫び声をあげたサンジャが、背中を大きくのけぞらせた。
電撃をうけ、容器の置かれた床が火をふいた。天井につながる管から、灰色の煙があがる。警告音がけたたましく鳴りわたり、ドーム内がまっ赤にそまった。下層階に稲妻が伝わり、なにかが爆発したのかもしれない。
ランドはよろめく足で、ひざまずいたサンジャのもとに向かった。マーシャルが、炎と煙に包まれた容器の前に立っている。ランドはサンジャを助け起こした。
「ここは危険だ」サンジャに肩をかし、円形にゆらめく光りの床に進む。
マーシャルは容器にかがみこみ、その半透明の表面ごしに、ウォーケンの白い毛におおわれた顔をながめている。
「マーシャル、このドームは爆発するかもしれない。いますぐ逃げるんだ」
ふりかえったマーシャルの瞳には狂気がやどっていた。
「なにをバカげたことを言っているんですか。わたしはついに神を手に入れたんですよ。これは永遠にわたしのものです」
燃えあがる炎のなかで、マーシャルの高らかな笑い声があがった。
ランドはサンジャをうながし、光りの昇降機で階下におりた。せまい通路を全力で走る。背後で側壁をやぶった炎のうずが通路を横ぎった。ふきだした煙に追われるように、2人は戸外にまろび出た。
ランドとサンジャは、広場をおおう森に逃げこんだ。円盤の開口部が音をたてて閉まった。つぎの瞬間、どん、と轟音を響かせて円盤がもちあがり、ひっくりかえって大地をゆるがした。
ランドは木陰から円盤の様子をうかがっていた。それ以上の爆発は起こらなかった。円盤内で爆力がおさまるほど、その外殻は頑丈なのだろう。
「あれを」サンジャが集落の方角を指さした。
月光にうかびあがった巨大なシルエットが立ちつくしていた。その影がゆらゆら揺らめきながら、しだいに収縮しはじめる。集落の残骸の暗い闇のなかに、その姿はのみこまれていった。
「行ってみよう」ランドは声をかけ、サンジャと駆けだした。
破壊しつくされた集落のいっかくに人だかりができていた。そのなかに、戦化粧をしたヘイガー族も、ハイランド兵の姿も見当たらなかった。暴走する巨人に恐れをなし、敗走したのだろう。
ヴァンナ族の輪のなかに、血と泥にまみれた、すっぱだかのトージャが横たわっていた。ウォーケンに化身した少年を恐れ、誰も近づこうとしていなかった。
ランドとサンジャは人垣をわってトージャに近づいた。ランドは、少年の口もとに顔を寄せて息を確かめた。村人にまざっていたゴーラ、チビット、イエイツ司祭がそばに寄ってきた。
「この少年には残念なことをした」声をかけてきたイエイツに、
「トージャは生きています。彼に〈治癒〉をほどこしてあげてください」
ランドはイエイツに場所をゆずり、トージャの体を司祭にあずけた。
「あいわかった」
イエイツが、傷だらけのトージャの胸に片手をあてた。しだいに生傷がいえ、少年の体に活力がみなぎりだした。ランドはホッと息をついた。この冒険ではじめて、イエイツ司祭が役にたってくれた。
トージャの目がうっすらと開いた。サンジャが、血のつながらない弟の上にかがみこみ、「トージャ、トージャ」と呼びかけている。
集まったヴァンナ族はどういう反応をしたらいいかわからないようだ。トージャはウォーケンに化身し、ハイランドの部隊をしりぞけたが、そのいきおいのまま村まで破壊してしまった。
ランドはサンジャに通訳を願い、ヴァンナ族に向きなおった。
みなさん、と強い言葉で呼びかける。
「トージャは、村人を1人ずつ処刑すると告げたマーシャルに、自分の命をかけて弓を引きました。そのうえ、ハイランドの部隊を迎えうつため、自分の肉体を部族神にささげました。ウォーケンが暴走したのは、彼の責任ではありません。ハイランドの部隊を撃退できなければ、村は壊滅し、村人は皆殺しになっていたでしょう。みなさんが生きていれば、村は再興できます。ヴァンナ族を守ったトージャは、真に戦士の名に値します」
それをサンジャが現地語でくりかえし、ランドに賛意をしめした。
ヴァンナ族の優秀な酋長の言葉に、賛同の声があがった。サンジャに助けられてトージャが立ちあがると、少年をたたえる声が広がり、いっせいに手が叩かれた。
大きな歓声と拍手のなか、トージャが現地語でサンジャになにか話している。ランドは、「なにを言っていたんですか」とサンジャにたずねた。
「トージャは、ウォーケンに化身しているあいだずっと、やさしくも力強い腕に抱かれていたと言いました。それは、彼の本当の父親のようだったそうです」
ランドに向けたトージャの表情は、照れくさそうでありながら、いまでは勇敢な戦士のそれだった。
WANTED!
『ハイランド王国は、マーシャル・フォン・マキシム公爵殺害のかどで、冒険者のランド、ゴーラ、チビットを求める。懸賞金は1人につき10000ゴールド』
エピソード4 了