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7 決戦の場に、部族神ウォーケンが降臨する

 ヘイガー族の戦太鼓が、ときに低く、ときに高く続いている。それが激しい太鼓の連打となり、ヴァンナ族の村をおおう森に、ヘイガーのときの声があがった。


 ヴァンナ族とヘイガー族の戦争が始まったらしい。


 ランドは、ざわめく葉むらの先に視線を向けた。戦太鼓を聞きつけたサンジャの部隊が、いまごろヴァンナ族の村に応援に向かっているだろう。


「ほっとけばいいのよ」チビットが腹立ちをあらわに、「ヴァンナ族がどうなろうと、あたしたちの知ったことじゃないわ」


 チビットの言うとおりだ。部族間のあらそいにランドがかかわる理由はない。今回の任務は、宣教師のイエイツの護衛なのだから。


「司祭はどうされたいですか」ランドは当人にきいてみた。


「ヴァンナ族にはウォーケンがおる。わしの力などあてにされておらんよ」


 イエイツ司祭は元気をなくし、自信をうしなっているようだ。


 トージャはどうか。『妖精のもらいっ子』とバカにされていても、ヴァンナ族の一員に変わりない。戦争となれば、全部族をあげて戦うものだ。


 ランドの向けた視線から、トージャがさっと目をそらした。顔をうつむけ、うすい胸の小柄な体をすくませている。とても敵に立ちむかえる様子ではない。


「おいらはどっちでもいいんだな」ゴーラがランドの決定をまっている。


「トージャ、ぼくたちには、貨物船を着けた川岸までの案内人が必要だ」


 ランドの申し出を、チビットが妖精語に訳した。


『そうだよね』うなずいたトージャの言葉には、うしろめたさが感じられた。


 ランドの一行は切り通しを抜け、川に出る森に入った。交戦中のヴァンナ族とヘイガー族に出会う心配はなさそうだ。それでも、周囲の警戒をおこたらなかった。


 樹木のあいだから、川岸に係留した貨物船がかいま見える場所まで来た。ランドは茂みのかげから船の様子をうかがった。甲板に、2人の護衛をともなったマーシャル公爵と、現地人の戦士が立っている。


 マーシャルは無事に船にたどりつけたようだ。けれど、あの戦士は――?


『ヘイガー』ランドの隣でトージャがささやいた。


 なんだって、とランドは驚いた。相手はヘイガー族の酋長の1人だという。その酋長とマーシャルがどうしていっしょにいるのかといぶかしく思った。


 マーシャルが川下に向かって手を振りだした。


 広い水平線に、大きな一枚帆の船影が姿をあらわした。舷側から突きだされた複数の長いオールで、大河をこぎすすんでくる。帆の先端には、『獅子と盾』の旗がひるがえる。ハイランドの軍用ガレー船だ。


 ガレー船には、100人近い兵士が漕ぎ手をかねて乗っているだろう。ランドにはことのなりゆきがはかりかねた。うかつにマーシャルの前に出るよりも、まずは様子をうかがったほうが良さそうだ。


 ランドは、トージャ、ゴーラ、イエイツと身を寄せあうと、チビットに〈不可視化〉(インビジブルサイト)の魔法をかけてもらった。


 ガレー船が、森を切りひらいた土手から50メートルのところに止まった。全長30メートルの舷側からボートが下ろされた。そのボートに乗りこんで土手に進んでくるのは、鉄兜と鎖かたびらを装備した20名の兵士だ。


 上陸した兵士を、マーシャルの護衛が先導し、森のなかにわけいっていく。さらに20名の兵士を乗せた3艘、それに続いて、より軽装の20名の弓兵の一艘が土手に着いた。マーシャルと、ヘイガーの酋長が貨物船から下り、合計100名ほどのハイランドの部隊にくわわった。


 ランドたちが魔法で姿を消している木陰の近くを、マーシャルとヘイガーがとおりすぎる。マーシャルの足が止まった。ランドはハッと緊張した。マーシャルは自分の手の甲のあたりを凝視しているようだ。


 ランドは視線を、ヘイガーが背負っている盾に転じた。その表面には、ハイランドの『獅子と盾』の紋章が刻まれていた。


 ランドは、切り通しでサンジャを襲うヘイガー族に出くわしていた。そのヘイガーの1人も、同じ盾を背負っていた。残りの戦士も、現地ではめずらしい鉄製の剣を使用していた。マーシャルはとぼけていたが、それらの武具は、ハイランドがヘイガー族に供給していたんじゃないか。


 そのヘイガー族がサンジャを襲撃したとき、マーシャルにも刃を向けたのはどうしてか。マーシャルがハイランドの忠臣だと知らなかったのか。


 けれど、マーシャルとヘイガーがグルだったとしたら、解ける疑問はある。


 イエイツ司祭が涜神の罪で捕まった日、マーシャルと2人の護衛はそれに先立って逃亡した。森を知りつくしたヴァンナ族の捜索にもかかわらず、彼らは見つからなかった。マーシャルは、ヘイガー族の村に避難していたんだ。


 マーシャルと、ヘイガーの酋長が歩きだし、うっそうとした樹木のあいだに消えていった。ハイランドの援軍がヘイガー族に味方するのは間違いない。


「ほっとけばいいのよ」チビットがゴーラの頭上から飛びたち、〈不可視化〉(インビジブルサイト)の魔法がとけた。「あの貨物船でさっさと帰りましょう」


 ランドは、イエイツ司祭に問いかけの視線を向けた。


「わしはアトレイ教を広めるために、この地に派遣された。その使命はもはやかなうまい。ヴァンナ族はウォーケンの力にすがればいい」


 ウォーケンの力――。


 宿神は、イエイツに襲いかかろうとした灰色熊(グリズリー)を一瞬にしてかき消した。それを目撃したマーシャルは、「すばらしい」と目をほころばせていた。


 瀕死の子熊で親熊をおびきよせたのはマーシャルだったのだろう。ウォーケンの力を宿神から引きださせるためだ。イエイツに宿神の衣装をあたえ、洞窟の神殿に侵入するようしむけたのもマーシャルだ。ウォーケンの秘密をさぐり、その力を手にいれるのがその目的だ。


 イエイツは捕まり、その事態をいち早く知ったマーシャルは、ヴァンナ族の村から逃げざるをえなくなった。マーシャルは、この土手につながる水系のどこかにハイランドの軍用船を待機させていたに違いない。おそらく狼煙(のろし)で軍用船に合図をおくり、ヘイガーのもとでその到着を待った。


 ランドはさらに記憶をさかのぼる。


 サンジャを襲ったヘイガー族の戦士は、ハイランドの武器を手にしていた。ヘイガー族をヴァンナ族にけしかけ、宿神の力を引きだす計画は始まっていたんだ。サンジャたち戦士の活躍で、ウォーケンが登場するまでもなかったのだろう。そこで、マーシャルが宣教といつわり乗りこんできた。


 その時点では、マーシャルがハイランドの忠臣だと知らなかったなら、ヘイガーの戦士がマーシャルに刃を向けたのも納得がいく。


 マーシャルはついに、ハイランドとヘイガー合同でヴァンナ族に戦争をしかける決断をくだした。ヴァンナ族を窮地におとしいれ、いやがおうでもウォーケンの正体を明らかにさせるために――。


「ぼくはヴァンナ族の村に戻る。ハイランド王国には前から不審をいだいていた。ハイランドがウォーケンの力をどう利用したいかは知らない。けれど、その絶大な力をやつらには渡させない」


「それなら、おいらもそれでいいんだな」ゴーラが賛成した。


「ハイランドのことなんてどうだっていいじゃない」チビットは不服のようだ。


「それだけじゃない。サンジャは、ヴァンナ族の戦士に追いつめられたぼくを逃がしてくれた。そんな彼を見捨てておけない」


「その借りだったら、ヘイガー族に襲われたサンジャを助けてるじゃない」


「ぼくたちはヘイガー族の襲撃に応戦したんだ。そのときにはサンジャを救う意図はなかった。結果的にそうなっただけだ」


「ランドはお人よしなんだわあ。いいわ、あたしも協力する」


 トージャがランドのそでを強く引いた。その瞳には闘志がみなぎっている。


「トージャも村に戻る決意みたい」チビットがトージャの妖精語を通訳した。


『ぼくもヴァンナ族の一員です。ぼくだけ逃げだすわけにはいきません』


 これで全員の意見が一致した。ランド、ゴーラ、チビット、トージャは、ハイランド兵の消えた森にふみこんだ。イエイツ司祭だけが土手に残された。


「わしをおいていかないでくれ。アトレイ教を広められないまま、ヴァンナ族をほうってハイランドに戻るわけにはいかんじゃないか」


 イエイツが追いついてきた。自分だけでは操船できないと気づいたのだろう。


 切り通しの先の草原を横ぎり、ヴァンナ族の村をおおう森を前にした。うっそうとした葉むらが、西日をあびて黒ぐろと広がっている。叫び声や、武器のまじわる音がかすかに聞こえてくる。


 この奥では、ヴァンナ族とヘイガー族が激戦をくりひろげている。サンジャがいかに優秀な酋長でも、最新の武装のヘイガーには苦戦をしいられているだろう。そこにマーシャルの部隊が参戦すれば、結果は目に見えていた。


 ランドの一行は、しだいに戦の喧噪の高まる木立のなかを急いだ。村の広場をかこむ森のはしまで来ると、樹木のあいだから戦況がかいま見えた。


 兜と鎖かたびらのハイランド兵と、ヘイガー族の混成部隊に、ヴァンナ族が一方的におされていた。集落の近くまで後退を余儀なくされている。戦場にはおびただしい数の戦士がたおれていた。その多くは、顔と胸に赤い戦化粧をほどこしている。戦争をしかけたヘイガー族の死体だろう。


 救援にかけつけたサンジャの部隊は、村を襲ったヘイガー族をいったんは撃退できたんだ。その戦いで疲労したところに、完全武装のハイランド兵が突撃してきた。ヴァンナ族はひとたまりもなかっただろう。


「ランド、どうする?」チビットがきいてきた。


 ハイランド兵は100人近い、生きのこったヘイガー族の戦士は40人くらいか。対するヴァンナ族の戦士は70人ほどだろう。


「トージャ」ランドはチビットの通訳を介してたずねる。「きみの弓の腕前で、ぼくたちに協力してくれないか」


『いいよ。ぼくも戦う』トージャが大きくうなずいた。


 ランドは、勇ましい表情で目を向けるトージャの肩を強く抱いた。


 作戦はこうだとランドは続ける。


「全員で戦いの声をあげ、それをチビットの〈音声移動〉(ムービングサウンド)で、森のあちこちから響かせる。ぼくとトージャは木立のあいだを移動しながら、ハイランドとヘイガーの混成部隊の背後にたてつづけに射かける。たくさんの射手に狙われていると勘違いした敵は混乱するはずだ」


 マーシャルの混成部隊をうきあしだたせ、サンジャのひきいる戦士に反撃の機会をあたえる。同時にランドとゴーラで突撃をかけ、敵を挟みうちにすれば、勝機はまだあるかもしれない。


「ぼくの複合弓(コンポジットボウ)はまだ集会所にあるだろうか」


 チビットを介してトージャにきいた。すると、寝だなの下に置いたままだったという。丸木弓などの武器もそこにしまってあるらしい。


「イエイツ司祭は戦わないの?」チビットがきいた。


「わしはあらそいを好まん。かわりに、士気を高める応援歌をうたおうぞ」


「それは遠慮するよ。司祭には、ケガをしたときの〈治癒〉(ヒーリング)をお願いする」


 ランドは、イエイツ司祭をあてにしていなかった。もっとも、140人のハイランドの混成部隊を相手に、ケガていどではすみそうにないけれど。


 集会所の細長い建物は、戦闘のつづく広場のはしにある。ランド、チビット、ゴーラ、トージャは、樹木のかげにそって移動をはじめた。イエイツもしかたなくといった様子でついてくる。


 ランドは集会所の建物のかげにまわった。細身の剣を手にしたマーシャルの高慢な姿が、ハイランド兵にかこまれてかいま見えた。こちらに気づいた様子はない。ランドの一行は建物のなかにすべりこんだ。


 ランドは、寝だなの複合弓(コンポジットボウ)を取りあげる。旧友に再会したような感動がこみあげてきた。同じ棚には、讃美歌集も置いてあった。その前に突ったっているイエイツには、自分の商売道具に感慨はわかないようだ。


 トージャが丸木弓をたずさえて、ランドのそばに来た。


「きみはもう立派な戦士だ」ランドはトージャの肩を威勢よく叩いてやった。


 集会所を出た一行は、戦場の広場を森ずたいに迂回する。


 浅黒い裸体と、鎖かたびらの体が激しく交錯するなかに、血ぬれたサンジャの果敢に戦う姿があった。ヴァンナ族の戦士の抵抗もむなしく、数にまさる敵におされていた。あと少しだけもちこたえてくれ。ランドは、広場の周囲に生いしげるやぶをかきわけて急いだ。


 森の木立のなかの、ハイランドの混成部隊のうしろの位置についた。ランドはトージャに目で合図をおくって弓矢をかまえた。


「狙いをつける必要はない。できるだけ多くの矢を射るんだ」


 ランドのアドバイスを、チビットが妖精語でトージャに伝えた。


『わかった』うなずいたトージャの瞳に闘志がみなぎった。


 ランドはときの声をあげ、トージャ、ゴーラ、イエイツがそれに合わせて叫んだ。チビットの魔法によって、戦いの声が増幅され、広場をおおった葉むらのいたるところからとどろきわたった。


 その瞬間、戦場の動きが止まり、あたりが静まりかえった。ランドとトージャは木立のあいだから弓弦をひきしぼる。


「ランドくん。無駄な小細工はやめたまえ」マーシャルの声が聞こえた。


 ハイランドの部隊が二手にわかれ、マーシャルが進みでてきた。そのかざした指には、赤く光りかがやく指輪がはまっている。


「このとおり、〈魔法探知〉の指輪(ディテクトリング)が反応しています。〈音声移動〉(ムービングサウンド)の魔法を発動させた術者と、その仲間が隠れているのはこのあたりでしょう」


 マーシャルが、ランドたちのいる木陰を指さした。その手がさっと動く。ハイランドの20名の弓兵がいっせいに弓矢を向けた。


「無駄な抵抗はやめて、いさぎよく出てきなさい」


 ランドはくやしい思いで弓を下ろした。


 ハイランドの軍用船から兵士が上陸したとき、魔法で姿を消しているランドたちのそばをマーシャルが通った。そのさい、〈魔法探知〉の指輪(ディテクトリング)で、ランドの存在を見破っていたんだ。マーシャルはそれを知らないふりで、こちららの出方をうかがっていたに違いない。


「あくまでも隠れているなら、弓の一斉射撃をおみまいするまでです」


 ランドは観念した。トージャには隠れているように伝えた。一行にトージャがくわわっているのをマーシャルは知らないはずだ。ランドは、ひそんでいた森から仲間とともに広場に姿を見せた。


「やあ、おひさしぶりですね」マーシャルが不敵な笑みをうかべた。そのとき、


『おろかな人間よ。これ以上の蛮行を見過ごすわけにはいかない』


 威厳のある声が、ランドの脳裏にひびきわたった。


 ヴァンナ族が守る集落の入り口から、白い狼のかぶりものをした宿神が、お供の神官とあらわれでた。ウォーケンが、直接、頭に話しかけているんだ。


 ハイランドの混成部隊が左右にわかれた道すじで、白い狼のかぶりものの宿神と、部隊指揮官のマーシャルが対峙する。


 ランド、ゴーラ、チビット、イエイツ司祭は、ハイランドの弓兵に弓を向けられ、なすすべもなく森のはしで立ちつくしていた。


「これは、これは」マーシャルの口調には、よろこびとあざけりがあった。「ウォーケン殿のようやくのご登場ですね。もっと早く正体をあらわしてくだされば、これほどの犠牲を出さずにすんだんですよ」


 マーシャルが戦場にころがる死体を一瞥する。


「それで、どうしますか。神の御力をご披露してくださいますか」


 マーシャルが護衛兵にあごで指示をだす。その護衛兵が、血濡れた剣の血をはらい、指揮官のもとを離れて進みでた。


 敵の前に立ちふさがろうとしたサンジャを、宿神が止めた。


 護衛兵が長剣をふりかぶって襲いかかった。宿神が片手を前に突きだす。一太刀あびせようとした兵が地面をふみこんだ瞬間――その姿がかき消えた。


 ハイランドの部隊がどよめき、ヴァンナ族から歓声があがった。


 宿神は驚いたような表情をしていた。狼の毛皮をまとった体をのけぞらせると、はだけた肌が黒白まだらの二重らせんにおおわれていく。なにか変事が起きたとランドはさとった。


 宿神がうしろ向きに地面に倒れる音が、やけに大きく響いた。その体表をおおっていた黒白の模様がゆるやかに消えていく。もとの肌色を取りもどした宿神は、いっそう黒くしなびたようにランドには見えた。



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