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  テルドララ7

 わたしは生命維持カプセルの冷凍睡眠(コールドスリープ)から目覚めた。あの壊滅的な噴火がおさまったあと、わたしはこのカプセルのなかにい続けた。マリスのいない世界になんの未練もなかった。


 覚醒は300年後に設定してあった。ずいぶん長く眠りつづけたものだ。あれから、現地の人びとはどうしただろう? あの噴火から生きのびられただろうか。民族学者としての好奇心がわきおこってきた。


 わたしは300年ぶりに、この星を調査してみたくなった。しかし、わたしの両足はまったく利かない。本体(カプシド)からの離脱を決めた。


 わたしは、自分の全遺伝子情報をおさめた情報体(ゲノム)となり、スペースシップから地上に出た。テルドララは、放射線による突然変異で、本体(カプシド)から遺伝情報を分離できるようになった。人類が滅亡した惑星で、われらの祖先が生きのびられたのはその能力のおかげだ。


 かつて火山があった場所は、溶岩の噴出で陥没し、そのくぼみに水がたまってカルデラ湖になっていた。スペースシップはその湖底に沈んでいた。


 上空をただようわたしは、湖に丸木舟を浮かべる、20歳くらいの男性を見つけた。人類は噴火による危機的状況をのりこえられたらしい。


 その若者は、マリスがいたころの現地民と、あまり進化していないように見えた。彼は船に両手をついて頭をたれ、お祈りをしているようだ。


 わたしはその若者を宿主(しゅくしゅ)ときめ、彼の細胞内に侵入した。情報体(ゲノム)化した状態では、細胞の外に長くとどまっていられないのだ。


 宿主の細胞に不適合は起きなかった。テルドララの祖先惑星で滅亡した人類と、この星の人間の遺伝子は似ているのかもしれない。不適合が発生すると、宿主を殺してしまうので注意が必要だ。


 わたしはその若者にやどり、現地のフィールドワークを開始した。彼の部族の村では、干ばつで人びとが困りはてていた。3か月にわたって降雨がなく、畑の作物が枯れはじめていた。


 若者は村の会議所に入ると、そこに集まっていた村人に話しだした。その言葉は、この地で300年前に話されていたものに似ていた。彼は『湖の神さまに雨が降るようにお願いした』と得意げだった。


 会議所の多くの人が、若者をあざける表情をうかべていた。族長らしい老人が困ったように、首を横に振っている。村人の反応から、彼は頭のおかしい人物と思われているらしいとわかった。


 わたしは彼の脳を利用し、湖底のスペースシップに精神アクセスした。核融合エンジンは稼働してくれた。わたしはその動力で湖水をふっとうさせた。大量にあがった水蒸気で、雨雲の形成をこころみたのだ。


 そのとき、宿主の視界が回転し、彼はその場に昏倒してしまった。彼の脳には負担がかちすぎたようだ。大気の冷えた翌朝、畑にめぐみの雨が降りそそいだ。


 若者は回復すると、あがめる神の名を村人にたずねられた。彼はその質問の意味がわかっていない様子だった。


 わたしの脳裏に、マリスに名前をきかれたときの記憶がよみがえった。わたしは自分の社会識別番号を言い、彼女は『ウォーケン(数えきれない、無限の)』と、はしゃいだようにくりかえしていた。


『わたしはウォーケン』


 宿主の頭にそう語りかけた。彼は、びくっと体をふるわせた。『たったいま、神さまから教えられた』と、その名前を告げた。


 こうして、わたしは部族神となり、その若者は、神をやどす者――宿神(しゅくしん)と呼ばれるようになった。頭がおかしいとバカにされていた若者は、神の依代(よりしろ)として崇拝されるようになった。


 わたしは宿神を通じて、河川から水をひく方法を村人に教えた。この地域の文明は、くだいた石をみがいて道具を作る段階だった。進化の速度が遅いようだが、現地人は自然との共生をのぞんでいた。


 わたしは宿神と行動し、自分の知識や技術を現地の人びとに伝えた。鉄の精製や、火薬の使用も教えられたが、それはしなかった。文明の飛躍的な発展がうみだした新兵器によって、テルドララの惑星はブラックホールにのみこまれた。その失敗をくりかえさせてはならないのだ。


 しかし、人類がみずからの力でそれらを発明したなら、その利用を止めるつもりはない。彼らが破滅の道を選ぶかどうかは、自分たちで決めるべきだ。人類の生き方を尊重しよう。わたしは神のような大それた存在ではなく、いっかいの民族学者にすぎないのだから。


 40年が経過し、かつて若かった宿神も老人となった。宿主の老化にともない、その体を形成する細胞や組織の力も低下してきた。わたしはつぎの宿主を探さなければならなくなった。


 年老いた宿神の口を通じ、わたしのやどる新しい体が必要になった、と村人に告げた。村は騒然となり、誰をその候補にするかで会議が開かれた。いままでの40年間、宿神になにも問題は起こらなかった。若い細胞と組織をもった肉体なら、わたしは誰が宿主でもよかった。


「もちろん、つぎの宿神はおれだ」


 村長の息子の18歳になるアランがまっさきに名乗りをあげた。会議所の誰も文句を言わなかった。わたしにもいなやはない。まだ若い彼の肉体ならば、宿主として理想的に思われた。


 その日のうちに『宿主の乗りかえ』が行なわれた。村人に見守られた広場に、アランがひざまずいている。宿神のやせ細った手がその頭にかかった。そんな手順をふまなくても乗りかえはできたが、わたしは現地人のやり方にまかせた。


 アランの体に侵入した瞬間、不適合が起きた。


 わたしは自分のDNAがばらばらになりそうな衝撃をうけた。暴走しだしたわたしの遺伝子が、宿主の細胞を死滅させ、その組織を破壊する。わたしは宿主細胞から離脱をはかったが、それはもはやかなわなかった。不適合が発生すると、宿主が死亡するまでその体内にとじこめられてしまうのだ。


 一瞬にして死亡した、村長の息子を、恐れおののく多くの目が見下ろしている。わたしはついに人間を殺してしまったのだ。


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