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6 脱獄決行!

「おれは下戸なんだ。宴会では食べる専門だよ。残念だったな」


 スキンヘッドの見張りが足もとの戦槌(ウォーハンマー)を拾いあげた。カナヅチとピックの合わさった鉄製の先端を、驚きと感心のまなざしで調べている。


「こいつはすげえや。この武器なら、かたい防具ごと突き破り、敵を打ちのめせるぞ。ビーバーの毛皮30枚分の価値はありそうだ」


「それは魔法の品よ。野蛮人があつかえる品物じゃないんだから」


 鉄格子の横さんに立ったチビットが指摘した。


「妖精の魔法の品か。それで『妖精のもらいっ子』がぐるだったわけだ」


 岩に尻をつけたままのトージャに、見張りがバカにした視線を向けた。戦槌の先端を手のひらにのせながら、現地語でなにか言っている。トージャのくやしげな表情から、少年をあざけっているとわかった。


 ランドは、上着の隠しから取りだした数枚の金貨を牢の外にほうった。


「おいおい、ヴァンナ族の戦士を買収できると思ってるんじゃないだろうな」


「この金貨はその戦槌で掘りだしたものだ」


 ランドの言葉に、えっ、とふりむいたチビットにはかまわず、


「その槌は、魔法の品だと言っただろ。それを使えば、いくらでも金貨を掘りだせる。その使用法と引きかえに、この牢屋から出してくれないか」


 見張りが、足もとの4枚の金貨と、手にした戦槌を見くらべて考えこんでいる。どん欲な色がその瞳にうかびはじめた。


「試す価値はありそうだな。まずは魔法の使い方を教えろ。あんたの言葉が本当だとわかれば、そこから出してやる。ヴァンナ族の戦士は嘘をつかない」


 なにか言いたそうなチビットをランドは止めた。


 いくらでも金貨を掘りだせるなら、ランドがイエイツの護衛を金で引きうける必要はなかったと、欲に目のくらんだ見張りは思いいたらなかったようだ。


「ヴァンナ族の戦士を信じるよ」ランドは鉄格子から腕を出し、牢屋の側面の岩壁を指さした。「あのあたりに、その戦槌を叩きつけ、『破砕』(ブラスト)と叫ぶんだ。あんたの腕力に応じた金貨があふれだす」


「いいだろう。おれは腕っぷしには自信があるんだ」


 見張りが岩壁に向かいあった。両手につばをつけ、つかんだ戦槌をふりあげる。


『いますぐ洞窟から逃げて』チビットがトージャに妖精語で警告した。


 トージャがすばやく駆けだした。その姿を横目に、見張りは、かまわないでいいと判断したようだ。ヴァンナ族の村に、裏切り者の隠れる場所はない。


破砕(ブラスト)!」


 見張りが戦槌を岩壁にふりおろした。チビットが鉄格子から飛びたち、ランドは飛びすさって、ゴーラの岩陰に身をふせる。


 ズドーン! 轟音とともに洞窟内が激しく振動した。


 岩の牢屋に砂煙が充満する。ぱらぱらと小石の落ちる音がする。ほどなく、振動はやんだ。洞窟そのものが崩落した様子はなさそうだ。


 ランドは起きあがり、ゴーラの肩ごしに牢屋の外をのぞいた。


 洞窟内は、横倒しになった2本のかがり火で照らされていた。岩屋の横壁がくずれ、岩や石、土が山をなしている。その山から、折れまがった鉄棒が何本もつきだしている。明るむ土煙のなかに見張りの姿は見当たらなかった。


 牢屋の奥では、ハッサンが壁に背中を押しつけ震えあがっている。そのかたわらで、口をあんぐり開けたイエイツ司祭が腰をぬかしていた。


 ランドは、呆然としている2人をうながし脱出を急いだ。岩石の山をのりこえ、牢屋に隣接する洞窟にふみこむ。見張りが、首をあらぬ方向に曲げて横たわっていた。ランドはその男の手から戦槌を回収した。


 酔いつぶれていた、もう1人の見張りが、壁ぎわの獣皮の上に身を起こした。ゴーラの岩の拳骨が、その男を再び昏倒させた。


 そのとき、洞口に出る岩の通路から、トージャが顔をのぞかせた。ランドは、よくやったと親指を突きだして見せた。


「わあっ」ハッサンが大声をあげ、トージャの横をすり抜けていく。いままでの恐れと緊張のあまり、パニックを起こしたのだろう。


 ランドのいまいる洞窟からは、岩の通路が二手にのびていた。一方は洞窟の深奥に、もう一方は、外の日差しのさしこむ洞口に続いている。


 ランドはチビットを介しトージャに、「この洞窟の奥はどこかにつながっているのか」ときいた。すると、ヴァンナ族の村をおおう森の空き地に出るという。


 しめた、とランドの心は決まった。


 騒がしい人声がした。サンジャが洞窟の通路に入ってきた。ハッサンの首ねっこをつかみ、10数人の戦士をしたがえている。牢をやぶった囚人に気づき、戦士のあいだから怒りの叫びがあがった。


 サンジャは、マーシャル公爵の行方を求めて森を捜索していたのだろう。岩壁を破壊した音を聞きつけ、様子を見にきたに違いない。サンジャを先頭に、戦士の一団が雄たけびとともに突進してきた。


 ランドはイエイツ司祭を引っぱり、ゴーラ、チビット、トージャと、奥の通路に飛びこんだ。チビットがその入り口を〈防壁魔法〉(フォースシールド)でふさぐのと、サンジャのトマホークが防壁に命中するのは同時だった。


 半透明の力場の前で立ち往生する戦士をしりめに、ランドの一行は先を急ぐ。魔法の持続時間は10分だ。その間にできるだけ距離をかせぎたい。


 チビットが〈光り〉(ライト)の呪文で輝き、幅3メートルほどの主洞を照らしだした。トージャにみちびかれ、ランド、イエイツ、ゴーラの順で、なめらかな赤茶色の通路を進む。しだいに水の落下音が聞こえてきた。


 ほどなく、広い吹きぬけの空洞に出た。ドーム天井につながる岩壁にそって、幅1メートルの岩だなの通路が続いている。その道の反対側では、10メートル下で地下水がいきおいよく流れる。


 チビットの〈光り〉(ライト)に照らしだされた、黒い水流にイエイツがおじけづいている。高い場所は苦手なのかもしれない。


「ヴァンナ族に追いつかれます。足もとを見ず、壁にそって歩きましょう」


 ランドは勇気づけるように言い、イエイツがいやいやうなずいた。


 トージャが、岩場に慣れた足どりで先行する。ランドは歩きだしてふりかえった。イエイツが岩壁にへばりついた横歩きでなかなか進まない。そのうしろで、困った表情のゴーラが立ちおくれていた。


 チビットの〈光り〉(ライト)が届く先で、トージャがこちらの様子をうかがっている。


「しょうがないんだなあ」ゴーラがおんぶの姿勢をとった。


 ランドも手伝い、足もとのおぼつかないイエイツのへっぴり腰を押しあげ、ゴーラの背中につかませらせた。やれやれ、とランドはため息をついた。


 岩だなの道は途中で、落差30メートルの滝に断ちきられた。20メートル頭上の花崗岩の割れ目からふきだした水流が、はるか下方で白いしぶきをあげている。


 トージャによると、滝の裏側に道が続いているらしい。


 トージャが、濡れた岩壁に胸を押しつけ、瀑布のなかに入っていった。10メートルほど先に横穴があるらしく、トージャが壁のなかにもぐりこんでいく。そこから顔を出したトージャが手招きした。


 滝と壁のあいだはせまく、イエイツをおんぶしたままではくぐれそうにない。イエイツは滝に打たれ、ゴーラの背中から滝つぼに落下するだろう。ランドは、イエイツに得意の横歩きをしてもらうことにした。


 ランドとゴーラで、おびえるイエイツをはさんで瀑布の内側を進む。岩壁の腰の高さに60センチ四方ほどの穴が開いていた。ランドはゴーラと協力して、イエイツの長身を開口部に押しこんだ。


 横穴のなかは、90度近い上りこうばいのトンネルだった。はいつくばったイエイツの尻を、ゴーラが頭で押しながらのぼっていく。しだいに、かわいた外気を肌に感じるようになってきた。出口は近い――。


 ゴーラが片足をすべらせ、転がった小石がランドのわきをすり抜けていく。ランドの心臓は、ひやっとはねあがった。


 ゴーラがすべり落ちてきたら、ランドもろとも滝つぼに落下だ。しんがりにつくんじゃなかった、といまさらながらに後悔した。


 外の光りのなかに出ると、ランドはさわやかな解放感をおぼえた。そこは岩山の途中の、テラス状の岩盤の上だった。岩壁をきざんだ階段が、10メートル下の草地まで続いている。


 イエイツが、へばりついた岩のふちから下をのぞいて震えあがっている。だったら見なければいいのに。怖いもの見たさだろうか。ランドは面倒くさいので、チビットの〈揚魔浮法〉(レビテーション)で、先にイエイツを下ろした。


 岩山の下は森にかこまれた草地で、うっそうとした葉むらの影がそのふちをおおっている。トージャによると、この森を抜けた草原の先に、ハイランドの貨物船に向かう切り通しがあるという。


 ランドは、こんもり茂った樹木の暗がりにのぞんだ。しんと静まりかえったなかに、葉のそよぐ音や、鳥のさえずりや、小動物の動く気配がする。ごくふつうの森に思われる。ランドは足を止めた。


 サンジャは、洞窟をふさいだ魔法の障壁の前で、いつまでも手をこまねいていないだろう。岩山を迂回し、この密林を進んできているはずだ。足手まといのイエイツに時間をとられすぎたようだ。


 若き酋長サンジャのひきいる、10人の戦士をこれから相手にしなければならない。森林監視員だったランドは森の専門家だ。しかし、自然と共生してきたヴァンナ族が、手ごわい敵であるのは間違いない。


 ランドは作戦をねった。〈防壁魔法〉(フォースシールド)は、術者のまわりに張りめぐらせて、その力場とともに移動できたはずだ。それをチビットに確認する。


「あたしを中心に半径1メートル、高さ2メートルの半球状に成形できる。この密林のなかだと、力場が樹木に引っかかってうまく進めないんだわあ」


 では、〈不可視化〉(インビジブルサイト)はどうか。相手が木陰で待ちぶせているなら、こっちは魔法で身を隠せばいい。ふれた枝葉や、かきわけたやぶ、ふみしめた下草の動きで敵にさとられる危険はあっても、姿をさらしているよりましだ。


「森を抜けるのにどれくらい時間がかかる?」ランドはチビットを介してトージャにたずねた。慣れた足どりで30分だという。


 〈不可視化〉(インビジブルサイト)の持続時間は10分だ。そのたびに姿があらわれてしまう。


「魔法の効果を延長できないのか」とチビットにきいた。


「それだと余分に魔力を消耗するのよ。10分ずつ分けてかけたほうが効率的よ。パっとあらわれて、また魔法をかけなおせばいいじゃない」


 最も危険な瞬間が3回はおとずれるが、ランドは同意した。


 ヴァンナ族がかならずしも森に潜伏しているとはかぎらない。貨物船で待ちかまえているかもしれない。その場合は戦って奪いかえすまでだ。船を沈められていたら――そのときはそのときだ。


 〈不可視化〉(インビジブルサイト)の効果範囲は術者を中心に半径60センチだ。トージャを先頭に、チビットを頭にのせたゴーラとイエイツ、そのうしろにランドはついた。チビットが呪文をとなえ、対象者とその身につけているものが、周囲の視界から消えた。


 一行は、樹木の密集した薄暗い森にふみいる。行くてをさまたげる深いやぶのなか、トージャが歩きやすい道を選んで進んだ。枝葉や茂みをできるだけ騒がせない足どりは、なかなかはかどらない。


 ランドは目と耳をこらし、たえず敵の気配をさぐった。この調子では、森を抜けるのに1時間近くかかるのではとあやぶんだ。


 そろそろ10分が経過する。ナラの太い幹のかげで、一行はいったん姿をあらわし、チビットが魔法をかけなおした。


 しだいに木立の間隔が広くなり、木漏れ日がさしはじめた。ふいに樹木がとぎれ、半径20メートルほどの、地面がむきだしの空き地に出た。トージャによると、これで道のりの4分の1ほどらしい。


 ふりそそぐ日差しに、ランドは目をまたたいた。遮蔽物の少ないこの場所は、逆に、魔法で身を隠す存在をさとらせない安全地帯だ。


 ランドはトージャをうながして先を急ぐ。前方の森に近づいたとき、そこからサンジャが姿をあらわした。トージャがハッと足を止める。ランドはゴーラとイエイツを引き止め、その場に全員をかがませた。


 10人の戦士を引き連れたサンジャが空き地を通り抜けるのを、ランドは息をころして待った。戦士のたくましい背中の列が、木立のなかに消えていった。


「あっ」イエイツが尻もちをつき、小枝の折れる音がした。


 ヴァンナ族の戦士がすぐに戻ってきた。草のまばらな地面に散らばり、周囲のやぶや茂みのかげを探しだす。あわただしく動きまわる戦士のなか、サンジャが静かに立ち、じっと神経を集中させているようだ。


 そろそろ〈不可視化〉(インビジブルサイト)の効果が切れる時間だ。この場所に誰もいないのはひと目でわかる。森林の捜索に早く手を広げてくれないかとランドは願った。


 そのとき、戦士の1人がこちらを指さし、恐ろしい叫び声をあげた。魔法が切れ、チビットを中心にかたまるランドたちの姿があらわれたのだ。


「森のなかに逃げ込むんだ」ランドは声をあげた。


 ときの声がいっせいにあがり、荒あらしい足音がひびいた。


 ランドは手にふれた石をひろい、先頭の戦士の顔に投げつける。すかさず仲間のあとを追い、やぶに飛びこんだ。つぎの瞬間、頭上の木の幹にトマホークが突きささった。ランドは腕をのばしてそれをもぎとった。


 雄たけびとともに迫る3人を、チビットの〈魔弾〉(マジックミサイル)が射抜いた。つぎつぎに倒れる仲間に、残りの戦士の足がためらいだした。


 ランドはトマホークを構えて立ちあがる。黒い影がおどりかかった。武器を持った腕をつかまれ、ランドは茂みのなかに転がりこんだ。


 ランドは力のかぎりあらがい、相手の体を引きはなそうとする。敵の腕力は鋼のように強く、ランドは下草に押さえこまれた。おおいかぶさっているのはサンジャだった。ほりのふかい顔が、ランドを見下ろしている。


「あなたはここに身をひそめているのです」サンジャが共通語でささやいた。


 森に遅れて入ってきた戦士が、木立のあいだに見えかくれしている。ランドから体を離したサンジャが、彼らのもとに向かった。現地語で指示をだし、いきりたつ戦士をうながして、密林の奥に消えていった。


 サンジャ――。


 ヘイガー族に襲われた彼の命をランドは救っていた。その借りをいま返されたのだ。このつぎ会ったときには、強敵としてランドの前に立ちふさがるだろう。


 起きあがったランドの肩に、岩のごつい手がかかった。


 ゴーラ、チビット、イエイツ、トージャがのぞきこんでいる。4人は、チビットの〈不可視化〉(インビジブルサイト)の魔法で再び隠れていたのだ。ランドは大丈夫だとうなずき、草原に抜ける道すじを、仲間とともに歩きだした。


 ランドの一行は、昼下がりの日差しに照らされた草原を横ぎり、切り通しの入り口まで来た。この先の森を抜けた川岸に、貨物船が係留してあった。


 そのとき、ヴァンナ族の村のある森から、遠く、低く、重おもしい太鼓の音が響きわたった。そのリズムには一定の規則があるようだ。


 トージャの浅黒い顔がおののいている。現地語でなにか言った。


「あの音はヘイガー族の戦太鼓よ」チビットがトージャの言葉を訳した。「ヘイガー族が、ヴァンナ族の村に戦争をしかけるみたいね」



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