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  テルドララ6

 しずみゆく太陽が空を赤紫にそめるころ、わたしは船外モニターを入れた。村の仕事を終えたマリスがおとずれるころあいだ。


 モニターの画面に、緑の葉むらを見あげるマリスの姿がうつった。


 わたしは出入り口のハッチを開け、樹木を押しつぶしたスペースシップから、茂みに飛びおりた。マリスがわたしに抱きついてくる。彼女のお腹のふくらみが感じられるようになっていた。


 そのとき、女性の叫び声があがった。


 樹木のあいだから、30半ばの女性が飛びだしてきた。あっけにとられているわたしからマリスを引きはなし、あらがう彼女を連れさろうとする。その女性と同じ年配の男性が駆けより加勢にはいった。


 女性は茶のなめし革のチュニック、男性は浅黒い上半身をあらわに下帯と脚絆しか身につけていない。マリスの言葉から、彼女の両親だとわかった。


 木立から、マリスの父親と同じ身なりの10数人の男性がぞろぞろとあらわれた。彼らの表情にはいちように驚きと恐れがあった。その態度はおずおずしていて、わたしに近づきたくない様子だ。


 マリスの母親がわたしをふりむいた。母親は両手を合わせ、せっぱつまった早口でわたしに哀願している。『神』とか『いけにえ』、そんな単語を口にしている。わたしには意味が理解できなかった。


 わたしは手首の翻訳機のスイッチを入れた。


 すると、白い狼にも似ているわたしを部族神と勘違いしているらしいとわかった。マリスの母親は、娘が、神のいけにえにされると思いこんでいるようだ。


『それは違う』わたしは現地語で言い、母娘に一歩近づいた。


 母親が激しく首をふり、父親とともにマリスを抱きかかえ連れもどそうとする。部族の男たちの集団に、両親に引きずられたマリスがまぎれこんだ。残照をあびてシルエットになった木立のなかに、その一団は消えていった。


 わたしはスペースシップに戻り、操縦席に深く腰かけた。


 マリスの腹部のふくらみや、つわりの症状に気づいた両親が、その妊娠の相手をつきとめようと、娘のあとをつけたに違いない。


 テルドララと人間との交際はやはり無理なのだろうか。マリスは村に戻り、人間と結婚したほうがしあわせになれるかもしれない。


 ――いや、マリスの体内には、わたしの子がやどっている。テルドララ最後の1人になったわたしの子孫だ。その血を絶やすわけにはいかない。明日、マリスの村に行こう。わたしが神だという誤解をとき、マリスの子供の父親がわたしだと説明し、彼女をもらいうけよう。そう決意した。


 翌朝、船体をゆるがす地響きで目覚めた。


 わたしはコクピットの広角モニターをめぐらせた。森の向こうにそびえる山から、灰色の噴煙が上がっていた。山頂が平らにくだけ、そこからいくすじもの赤黒い溶岩が流れ出している。火山の噴火だ。


 マリスの村は、あの山のふもとに近いと聞いていた。わたしはスペースシップを浮上させた。大気圏巡行に切りかえ、火山の上空にひととびで到達した。


 わたしは噴火の被害に目をむいた。裾野を下った溶岩流に、周辺の森が燃えあがっている。赤黒まだらの灼熱の流れが、樹海をのみこんで突きすすんでいる。その先には、森林を切りひらいたマリスの村があった。


 わたしは火山から一番近い村にズームを合わせた。


 村では、異変に気づいた人びとが小屋から広場に出てきていた。炎と煙の広がる森を指さし、口ぐちに騒いでいる。逃げようとはしていない。山火事と勘違いし、溶岩流がいまにも迫っていると考えていないのだ。


 モニターのフォーカス機能を使い、広場にひしめく人びとのなかに、マリスの姿を探した。モニター内のまるい枠が、マリスのおびえた顔をとらえた。両親のあいだで身をすくめている。


 溶岩流はあと数分であの村に到達するだろう。いまから村人全員を救出するのは無理だ。まずはマリスと、その体内の子供を避難させよう――。


 わたしは、マリスを亜空間移動させるため、枠内の彼女に照準を合わせる。


 マリスの周囲に亜空間を発生させたとたん、なにかが激突してシップが大きくかたむいた。モニターに巨大な岩がせまり、さらなる打撃とともに映像が乱れた。火山弾の直撃だ。


 スペースシップはコントロールをうしない、まっさかさまに墜落した。すさまじい襲撃が体をうちのめし、足に激痛がはしった。破壊された操縦席と床のあいだに、わたしの両足がはさまっていた。


 わたしはコクピットから無理やりはいずりだした。モニター画面いっぱいが赤黒くそまっている。1200度のマグマに船体がのみこまれたらしい。


 警告音が鳴りひびいている。船内温度が急上昇していた。シップそのものは、大気圏突入の3000度の超高温に耐えられる。断熱構造のどこかに不具合が生じたようだ。このままでは、わたしの体は蒸し焼きになる。


 わたしは両腕ではいずり、コクピットの奥の生命維持カプセルに向かう。足はまるで動かなかった。わたしはカプセル内になんとかもぐりこんだ。


 カプセルが閉じる瞬間、マリスは無事だったろうかと懸念した。移動先を入力する前に亜空間が発生した。彼女の行方はわからなくなってしまったのだ。


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