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5 ウォーケンを冒涜した罪で、酋長裁判が始まる

 ランド、ゴーラ、チビットは、9人の酋長にとりかこまれた。100人近いヴァンナ族の戦士が集まる宴会場から逃げるすべはなさそうだ。


 宿神(しゅくしん)が村人にむかって話している。それをハッサンの震え声が訳した。


『ウォーケンに対する重大な冒とくがなされた。ハイランドの宣教とはいつわりで、ウォーケンの秘密を探り、それをうばいとるのが真の目的と判明した』


 皮ひもで縛られたイエイツ司祭が、神官の手で宿神の前に引きだされた。ハッサンが呼ばれ、イエイツが申しひらきを求められたようだ。ウォーケンの神殿に無断で侵入したらしい。


 余計なことを、とランドはわきあがる怒りをおしころした。


 イエイツはおびえうろたえ、まっさおな顔をくりかえし横にふるだけで、あわあわとなにを言っているかわからなかった。


『この司祭を牢に入れよ』宿神が命じた。『ウォーケンを汚した罪の裁きは、明日の朝、9人の酋長の評議によって行なわれる』


 そして、と宿神の険しい顔がランドたちに向いた。


『宣教の一行も、同罪の疑いがある。その者どもも連れていけ』


 ここはおとなしく従うしかなさそうだ。ランドはゴーラにそう目配せした。口をかたく引きむすんだゴーラが何度もうなずく。ゴーラの頭上から、いつのまにかチビットの姿が消えていた。


 ランドと目があったサンジャが、気まずそうに視線をそらした。


 戦士がざわめきだした。宴会の輪のなかに誰かを探している。マーシャル公爵とその護衛の不在に気づいたらしいとわかった。


 サンジャのひきいる20人の戦士が隊列を組み、森のなかに入っていった。マーシャルの行方を追って、捜索が行なわれるんだ。


 ランドは、マーシャルがうまいときに座を外したものだと思い、それは本当に偶然だったのかと疑った。マーシャルはこの事態を予想していたんじゃないか。そもそも、この件にかかわっていたんじゃないか。


 ランドとゴーラは皮ひもでうしろ手に縛られ、イエイツとともに、戦士の集団にはさまれ引きたてられた。両腕を戦士につかまれたハッサンが現地語でなにかうったえている。自分は関係ないと言っているのだろう。


「司祭、あなたはなにをしでかしたんですか」


 ランドは、イエイツの横によってささやいた。


「わしはオルガンを弾いていただけだ。めくるめく色彩のホールで、神をたたえる歌に夢中になっていた。そんなわしを、やつらは取りおさえおった」


 言っている意味がわからない。イエイツは、捕まった恐ろしさのあまり、本当に気がちがってしまったんじゃないか。


 ランド、ゴーラ、イエイツは、洞窟のなかにある岩屋の牢に閉じこめられた。せまい牢屋の壁ぎわで、とばっちりをうけたとハッサンが泣いている。


 ランドは、月光のすじがさしこむ高い天井を見あげた。明かりとりの穴は小さく、岩壁をよじのぼれたとしても、そこからの脱出は不可能だ。


 岩の牢屋の出入り口には、現地では高級品の鉄格子がはめられている。この鉄棒と交換するのに、どれだけ毛皮がいるだろうか。ずいぶん贅沢な場所に閉じこめられたものだとランドはあてこすった。


 牢屋の外では、より広い洞窟にかがり火がたかれ、2人の戦士が見張りについていた。その洞窟から、さらに深奥と、洞口の二方向に岩の通路がのびている。


「ぷはあ」とゴーラの口から、チビットが這いずりだしてきた。


 ランドは、ほのかな月明かりの天井を見あげた。体長20センチのチビットなら、あの穴を抜けられそうだ。ランドは脱獄の策をねった。


 翌朝、ランド、ゴーラ、イエイツ、ハッサンはうしろ手に縛られたまま、村の集会所に連れてこられた。横長の建物の周囲には人だかりができていた。


 室内の奥の焚火のまわりに、宿神と9人の酋長が座している。ランドたちは、その手前の獣皮に座らされた。壁に作りつけの棚に、装備品と武器が置かれたままなのを、ランドは視線で確認した。


 マーシャルと2人の護衛の姿はどこにもなかった。昨夜の捜索では見つからなかったようだ。森にくわしいヴァンナ族の目をどうやって逃れたのか。他部族の集落に逃げこんだのだろうか。いずれにしろ、マーシャルの逃亡はこの裁判に不利にはたらくはずだ。


 一晩中、讃美歌をうたっていたイエイツ司祭は、気をとりなおし覚悟を決めたようだ。長身の背すじをぴんとのばし、神妙な顔つきで目をふさいでいる。


 せめて、まともな答弁をしてほしいとランドは願った。


 裁判長の宿神が、審理の開始を宣言した。


 神殿につとめる神官によって、ことの経緯が語られる。


 イエイツ司祭は、白い狼の毛皮の1着を盗み、宿神になりかわって神殿に侵入したという。その装束をどうやって手にいれたのかとランドはいぶかった。


「それはアトレイ神からのたまわりものでした」


 イエイツが答え、大きな目を泣きはらしたハッサンが通訳する。


 イエイツが讃美歌集に目をとおしていると、ドサリと音がして、集会所の出入り口に、神からの贈り物が置かれていたという。


「異境の神を表敬訪問するさい、宿神の衣装をまとうようにとのアトレイ神の意志と心得た。神の許しをえているのだから、決して不法侵入ではない」


 だめだ、そんな申し開きが通じるわけがない、とランドは気をもんだ。


 神官の告発は続く。イエイツは、神殿の〈神の間〉に忍びいり、〈神との対話の器〉を操作して、ウォーケンの力の秘密をさぐろうとした。イエイツの奇妙な声に駆けつけた神官によって、イエイツは取りおさえられた。


「それは違う。わしはその道具をオルガンだと思った」


 ハッサンが『楽器の一種』と通訳する。


「わしはウォーケンに聖歌を捧げていた。その道具は音こそ発しなかったが、わしの伴奏に応じ、洞窟の天井で色彩がうずまいた。わしは、わしの心に響く伴奏にあわせ、讃美歌の歌唱に夢中になっていたのだ」


 最悪だ、とランドは肩をおとした。イエイツはヴァンナ族に気違いだと思われている。せめて、精神異常による情状酌量になってくれないか。


 ランドはここで発言をもとめた。


「証人は、イエイツ司祭の奇妙な声で駆けつけたそうですね。ウォーケンの秘密を探ろうとする者が、大声をあげて見つかるまねをするでしょうか。イエイツ司祭は、歌をうたっていたと言っています」


『あれは歌ではなかった』と神官が応えた。


 イエイツの甲高い裏声にメロディはなかったという。〈神との対話の器〉を用い、ウォーケンとの交信に夢中になるあまり、声をあげたのだろうと続けた。


 事実認定者の酋長が現地語で話しあっている。その内容はランドにはわからなかったが、ハッサンの蒼白な顔から、悪いほうへすすんでいると推測できた。


 年配の酋長が手をあげ、宿神に発言の許可をもとめた。ハッサンの通訳によると、灰色熊(グリズリー)の襲撃には別の見方ができるという。


『瀕死の子熊によっておびきだされた親熊は、イエイツに襲いかかろうとし、ウォーケンの力によって退散させられました。その場に居合わせたイエイツの真の目的は、宿神にその力を発揮させるためだったんです』


 瀕死の子熊を空き家に放置したのは、イエイツの〈治癒〉(ヒーリング)の能力を見せつけるためではなかったというのだ。審理はますます悪いほうに進んでいく。


『この事態と、神殿の無断侵入を考えあわせれば、ウォーケンの力を思いしったイエイツが、その秘密を探ろうとしていたのは明らかです』


「違う違う」とわめきだしたイエイツが、警吏の戦士に押さえこまれた。


 年配の酋長は、証人がいると続け、村の年若い女性が呼びだされた。


 証人が名前を言い、自分は宿神の世話をしている者だと証言した。


『神殿の前の広場に、干してあった洗濯物をとりこみに行ったときです。その途中で、白い毛皮をかかえたハイランドの護衛とすれちがいました。広場の干しひもには、1着分の空きがありました』


 証人が退場したあと、年配の酋長が告発を続ける。


『その戦士が、宿神の衣装をイエイツ司祭に渡したんです。神からのたまわりものではありませんでした。ハイランドの宣教団は、今日の朝に、村からの退去を命じられていました。昨夜が、ウォーケンの秘密をさぐる最後のチャンスだったんです。マーシャルと2人の護衛が、宴会の席から姿をくらましたのは、この謀略がさとられたと知ったからです』


 つまり、ハイランドぐるみの犯罪だというのだ。ランドは発言をもとめた。


「ぼくは今回の目的が宣教だと聞かされていました。イエイツ司祭の護衛がその任務です。依頼人のマーシャルがなにをたくらんでいたとしても、ぼくはそれを知りませんでした。もし承知していれば、いまこの場に捕まっていません」


 ランドの供述をうけて、評議が再開された。


 いまの反論がどれほど考慮されるかは難しいところだ。『逃げおくれただけ』『味方に裏切られた』などと受けとられるかもしれない。酋長の議論に一石を投じることができただろうか。


 サンジャがしきりに首をふり、他の酋長になにか力説している。


 ランドはサンジャに望みをかけていた。ヘイガー族に襲われた彼を、ランドは救っている。けれど、その機会を利用し、ヴァンナ族にとりいろうとしたと反論されるかもしれない。ヴァンナ族の話しあいは全員一致が原則だと聞いた。サンジャの一票が裁判の明暗をわけるんだ。


 評議が終わった。意見の一致はみられたかと宿神がたずねた。


 年配の酋長が代表して答える。


『ハイランド王国がウォーケンの秘密を探ろうとしていた点では一致しました。しかし、ランド、ゴーラ、ハッサンの3人がそれに荷担していたかどうかでは意見が分かれました。また、イエイツは気違いで、ハイランドに利用されていただけだと言う者もおりました』


『では、その4人に罪があるかどうかの評決をとる。有罪と考える者――』


 サンジャが首をたれて腕組みをしている。つぎつぎに8本の腕が上がった。サンジャは組んだ腕をとかない。しっかり組みあわされたままだ。


 ランドの胸は高鳴った。これで無罪を勝ちとれる。


 隣でハッサンが震えあがっている。ランドはどうしたのかとたずねた。


「裁判では」ハッサンの声がわなないている。「3分の1の6票で有罪なんです」


 なんだって、ランドの希望はいっきにしぼんだ。


『判決を言いわたす』宿神がおもむろに告げる。『イエイツ、ランド、ゴーラ、ハッサンを有罪とする。かの者はウォーケンを冒涜した。神性にかかわる罪は死罪である。よって明朝、火あぶりの刑とする』


 わあっ、とハッサンが裁きの場に泣きふした。


 判決のあと、戦士団の護送で、ランドたちは洞窟の牢屋に戻された。村の広場を横ぎると、宴の焚火をする場所に、4本の丸木がまぐさの山に立てられていた。有罪は最初から決まっていたに違いない。


「うへえ、おいらは岩の体は火であぶっても焼けないんだな」


 ゴーラがそう言うと、どこからか、ぶーんとチビットが飛んできた。


「ゴーラの焼き岩で、石焼き芋を作ればいいんだわ」


「うへっ、だったらチビットは焼き鳥にするんだな」


 チビットに気づいた戦士が弓矢をかまえた。


「どひゃあ」つぎつぎに放たれた矢をかいくぐり、チビットが日差しのまぶしい空に消えていった。


 岩屋の鉄格子のはまった扉が閉じられた。その外の、かがり火のたかれた洞窟に2人の見張りを残し、戦士の一団が岩の通路を立ちさった。


 ランドは牢屋の岩壁に身をもたせ、午前の光のもれる天井を見あげた。自由の身のチビットには、トージャと連絡をとってもらう手はずだ。


 ゴーラが岩に寝そべり、岩屋と一体化している。ハッサンがめそめそ泣きつづけ、イエイツが甲高い声で讃美歌を歌う。ランドは少しも心が安らがなかった。


 昼過ぎに交代の見張りが2人あらわれた。1人は、そりあげた頭が赤茶の太った男で、もう1人は、漆黒の髪を肩までのばした長身の男だ。スキンヘッドのほうが、交代の2人に不平をこぼしている。


「彼はなんて言ってるんだ?」ランドはハッサンに聞いた。


「彼らの見張りの時間帯では、〈3晩目の宴〉に参加できないんですよ。それでぼやいているんです。やけ酒をあおりたいのは、あたしのほうですよ」


 スキンヘッドの男は酒好きらしい。これは好都合だとランドはほくそ笑んだ。


 見張りの2人が、鉄格子から見えないところで、退屈しのぎに大声でなにやらしゃべっている。その洞窟に、トージャが入ってきたのが鉄棒ごしに見えた。その手に700mlのビンを持っている。


 ランドは密かにトージャに目配せした。マーシャルの護衛は、貨物船にブランデーを持ちこんでいた。チビットがトージャに頼み、船から取ってきたその酒ビンを、牢番にさしいれる計画だ。


 二晩にわたる宴会では、果実の醸造酒しか共されなかった。トージャによると、この地に蒸留酒の製法は知られていないという。交易でしか手にはいらない高級品だ。飲みなれない強いアルコールに、現地人はすぐ酔いつぶれるとふんだ。


 トージャが洞窟を去ってほどなく、酒盛りがはじまったらしいのが、牢番の声や笑い声で察せられた。うかれさわいでいる2人の影が、外の洞窟の向かいの岩壁におどっている。うまくいきそうだとランドは満足した。


 ランドは、隣の洞窟が静かになり、いびきが聞こえてくるのを待った。そのころあいに、チビットが鉄格子のあいだをくぐって牢内に入ってきた。


「オーケーよ。2人ともひっくりかえって寝入ってるわ」


 チビットが合図して、隣接する洞窟にトージャが姿をあらわした。その背中に、ゴーラの〈破砕の槌〉をかついでいる。


 ランドはトージャにうなずいた。この戦槌には、〈破砕〉(ブラスト)の魔法がかけられている。その力によって岩石をこなごなにできるのだ。


 鉄棒のあいだから、トージャが〈破砕の槌〉を差しいれようとする。「あっ」突きとばされたトージャの声があがった。


 床に転がった戦槌のそばに、スキンヘッドの見張りが立ちはだかっていた。


「そんなことだろうと思ったよ」男が共通語で言った。「おれは交易商をやっていて、ハイランドの言葉も少しはわかる。その妖精と、脱獄の相談をしているのを耳にはさんだんだ」


 男の肌は赤茶だが、口調にも態度にも酔った様子はなかった。


「酒を飲んだふりをしていたのか」ランドは鉄格子に近づいた。


「おれは下戸なんだ。宴会では食べる専門だよ。残念だったな」


 鈍く光る禿頭をなであげた見張りが得意げな笑みをうかべた。



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