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Chapter,0:プロローグ

 ――その世界は……己の寿命を投資する事ができる。


 ――その世界は……己の真の姿が映し出される。


 ――その世界は……光輝く夢や希望が己を魅了し、駆り立てる。


 ――そしてこの世界には、冷徹なる死が、己の帰りを心待ちにしている。


 綺麗事では生けて行けない。

 金・愛・名誉……各々が『その世界』に答えや救いを求め、死と隣り合わせの禁断の死合い=試合ゲームを繰り返す。


 この世で最高にエキサイティングな世界で……。


 …………Muムー…………



 MU~禁断のソーシャルゲーム~



 繁華街の中心。

 オシャレな服屋が軒を連ねるアーケードの一角にあるオープンテラスのカフェに、1人の男が席に着いた。

 買い物を楽しんでいる様にも見えない程、険しい表情の男は鞄から取り出したスマートフォンを睨み付け、ゆっくりと画面をタッチした。

 その直後、男の全身に突如現れた裂傷、弾け飛ぶ四肢、吹き荒れる鮮血に、ひと時のリラックスを求めていた客達の絶叫が木霊した。


 ☆     ☆


 4インチのスマートフォンの画面を油まみれの指先が狂ったかのように踊り続ける。

 次々と様変わりする指紋や油汚れのその先には、繊細に描かれた妖艶な美女やクリーチャーのイラストが生き生きと動きまわり、勝敗を競いあっている。


 奥深くもシンプルにプレイヤーを魅了するソーシャルゲーム。

 会員数が一千万人を突破する大手ソーシャルゲームを運営する『メチャゲー』内でも四百万人が熱中しているカードバトルゲームに、新堂しんどう やまとものめり込んでいた。



「おい、新堂。たまには一緒にメシ食おうぜ」

 倉庫業のアルバイトで知り合った山里がヤマトと同じファーストフードの袋を携えて、倉庫の隅にやって来た。

 厚い眼鏡に後ろで縛った長髪……。

 どこから見ても俗に言う『オタク』な山里も、メチャゲーの虜だ。

 そんな自分も雰囲気は似ていると思っているが、オタクとは違うと言う意地はあった。

 ただ彼と違う点は……。「お前、正規のアルバイトになれよ」と山里が誘うとおり、ヤマトは日雇いアルバイト員なのだ。

「そんなのなるつもり無いよ。今のままで十分さ」

「高校を卒業して、ビルメンテナンス会社に就職するも人間関係に嫌気がさし二年で退社。それから必要に応じて日雇いアルバイトで小遣いを稼ぎながら親のスネを齧る生活を五年も続けているって、何か虚しくないか?」

「ほっといてくれよ」

 ヤマトは迷惑そうにフライドポテトを噛みちぎった。


 勿論、ファーストフード店にて継続的なアルバイトの経験もあるが、日雇いにした理由の八割はメチャゲーにあると言っても過言では無い。

 残りの二割は、実家にいれば資金が無くとも生きて行ける為だ。


 何故そこまでメチャゲーに生活を費やさなければならないのか?

 それは『繋がり』だと思う。

 もともと人付き合いが苦手なヤマトは、会社を辞めた後、誰とも話す事も無く毎日を過ごしていた。

 ただ虚無だけが支配していた当時、何気に始めたメチャゲー。

 その当時に始めたのもカードバトル物だったが、時間と共に与えられる体力ポイントを消費し、自分自身を鍛え、バトルやガチャと呼ばれる課金制のクジや、イベントでの成績で希少価値の高いカードが取得できる。

 そうして行く内に、イベントにはチームで行う物もあり、「ギルド」と呼ばれるグループに所属すると、日本中のプレイヤーと同じ目標を掲げそれに向かって共に協力し、達成感を分かち合った。

 いつしか、ギルドを通じてメチャゲー内での友達も増え、ヤマトにとっては生きて行く上で要とも言えるツールとなったのだ。

 そうなれば、後は、互いに希少価値の高いカードを誰よりも早く手に入れたい、イベントで抜きんでた成績を叩き出したいと言う衝動に駆られ、一時間でも長く先に進みたいと言う思いから、スケジュールを拘束される普通のアルバイトが邪魔に思えた。

 その結果導き出た答えが、日雇いアルバイトになったのだ。


 なんとくだらない理由なのだろうか。

 それはヤマト自身も自覚はしている。

 ただ、いつしか辞められない自分がいた。勿論辞める理由も必要も無いが。

 ヤマトを蝕むその感情……症状がネットゲーム中毒だと言う事も受け入れている。

 いつかは辞めなくてはならない、だがそれは今じゃない。

 実際の所、そんな事を深くは考えていないが、明日に希望も無く、スマートフォンの画面の向こう側に広がる美しく熱い世界にだけ夢を求め続けているのだ。


 ☆     ☆


 自宅に帰ると、ヤマトはさっそく自室に篭り、集中してゲームを始めた。

 ありとあらゆるゲーム機やDVD・漫画が無造作に床に散乱する中、唯一整理されたベッドの上でごろりと寝転びスマートフォンを睨み付ける。

「来い来い来い。レアカードッ!!」「コイツ何やってんだよ」「よし、グレイオロス討伐完了」「おつですw」


 気がつけば、四時間も熱中していた。

 その時、ヤマトの部屋の扉が開き、父親の哲雄てつおが神妙な面持ちで現れた。

「なんだよ?」と怪訝そうに目で訴えるヤマト。

 哲雄は、ため息混じりに乱雑としたヤマトの室内に視線を巡らせ、最後に息子の目を見据えた。

「25にもなって、いつまで、こんな生活を続けるつもりだ? お母さんだって心配してるぞ」

「説教なんて聞きたくないんですけど。マジ顔だし、笑えるよ」

 そう言いながら、ヤマトは、父親に背を向けながらスマートフォンをタッチした。

「こんな人生で良いのか? お前は」

「良いんだよ、こんな人生で。世の中クソだし、人間なんてみんな自分勝手で……自分が可愛くて……他人の事なんて本心では無関心。信用ならないし。こんな世界で生きていく方が馬鹿らしいっつの」

 過去の退職に到る苦痛が脳裏に蘇り、体が熱くなる。


「だったら、人の為に生きてみろ」

「はぁ!?」

 突飛押しも無い父親の言葉にヤマトは振り返って、その意図を訊ねた。

「お前は、昔から世の中を見下し、皮肉ばかりだ。そんな心だから、誰もお前を信用しないし信頼もしないんだ」

「お前に何が分かんだよ?」

「少なくとも、お前以上は分かっているさ。お前に足らないのは、――協調性だ。信頼が欲しいなら信頼をしなくちゃならん。全てはそこからだ」


 哲雄は、眉をしかめながら再び部屋に視線を巡らし口を開いた。

「見てみろ、この部屋を。この部屋には何がある? 希望か? 夢か? こんな薄暗くて陰湿な世界に未来が落ちているのか?」

 そう言いながら、哲雄は足元にあった薄汚れた本を掴み取った。


 ――『稚拙な穴』――

「こんな漫画に未来はあるのか?」

「返せよ!!」と、ヤマトが哲雄の手から漫画をむしり取った。

 再び床にあった本を掴み上げる。

 ――『お兄ちゃんチューしてよ』――

「こんな漫画に未来はあるのか?」

「知らねぇよ!!」と、漫画を奪い取る。

 更に足元の本を掴み上げた。

 ――『触手物語』――

「こんな漫画に……未来は……あるかも……」

「気に入ってんじゃねぇよ!!」

「つまり、お前にはもっと誇れる人生を歩んで欲しいんだ。俺は」

「はいはい、分かったからもう出てけよ」

 ヤマトは、哲雄を押しのけ、部屋のドアを閉め、鍵をかけた。

「ふぅ」

 とんだ邪魔が入ったと、ヤマトは苛立ちを胸にベッドに飛び込み、スマートフォンをタッチした。


 ☆     ☆


 深夜二時。


 炭酸飲料とスナック菓子では、根本的な空腹を満たす事は出来ず、耐え兼ねたヤマトは、部屋をでて階段を降り、一階のリビングにやって来た。

 照明も点けず、窓から入ってくる外灯の光の中、冷蔵庫を開け食材を漁っていた。

 すると、誰かがリビングに入って来たのを感じ、ヤマトは咄嗟にキッチンの隅に身を潜めた。

 少しは後ろめたい思いがあったからなのかも知れない。


 そこに現れたのは哲雄だった。

 哲雄は、重々しい足取りでテーブル席に腰を下ろすと、パジャマのズボンから取り出したスマートフォンをじっと見つめていた。


 どうしたのだろうか?

 こそこそと浮気でもしているのか?

 そんな疑惑がヤマトの脳内を駆け巡る。


 ゆっくりと、哲雄は人差し指で画面をタッチした。

 その瞬間、「ぐはぁッ!!」と言う悲痛な叫び声が木霊した。

 「ぐぅぉぉぉぉおおおおおッ!!」

 何が起こったのか!?

 慌てて立ち上がったヤマトの頬に生暖かい液体が掛かった。

 鋭い風が突き抜けた様な疾風音、水風船が弾けた様な破裂音、水が弾ける音。

 ヤマトは壁際の照明スイッチを押すと、目の前の父親の姿に絶句した。

 真っ赤に染まった全身。

 目を見開き泡を噴く父親。

 腕が無い……足も。


 想像を絶する恐怖の光景に、腰が抜け崩れ落ちたヤマト。

 父親と目線が繋がった。

 すると、口に溜まった血の泡を吐き出し、何かを訴えようとした。

「や……まと……俺を……許せ……。生きろ……生きろッ!!」

 そう叫び絶命する哲雄の手から滑り落ちた血まみれのスマートフォンがヤマトの指先に転がってきた。

 ホーム画面が咄嗟に目に入り込んできた。

 一番右下のウィジェット。

 古代の遺跡の壁画に良く見られる目の文様をモチーフにしたアプリ。

 アルファベットが見えた。

「M……U……。ムー?」

 その時、スマートフォンの画面から謎のアプリが消え去った。


 ☆     ☆


 父親の葬式が終わって一週間が経った。

 父親は、殺されたのか? 自殺とは思えない。

 でもどうやって?


 あのあと、警察と救急車を呼んだ。

 救急車は、正直、手遅れだとは思ったが。

 何人かの刑事が家中を捜査し、父親のスマートフォンを回収していった。

 その刑事達の中で、比較的若い女とベテランの風格が漂う中年の男の言葉が今でもヤマトの中で引っかかっている。

 ――「昨日と同じ死に方ですね」

 ――「昨日だけじゃない」

 同じ死に方と言うことは、以前にも同じ様な死に方をした人間が何人か居たと言う事なのだろうか?


 もし、父親が何かの事件に巻き込まれているのだとしたら、それを解決できるのは警察しかいない。

 よく見る、復讐劇のドラマのような『父親の死の真実を求める』とか、そんな気は起こらない。

 父親が死に、保険金や遺産が下りる。

 そして、今住んでいる自宅のローンは無くなり、無制限で住む事が出来る。

 そんな腐り切った考えにしか胸がときめかなかった。


 ☆     ☆


 それから数日後、ヤマトのスマートフォンに一通の新着メールが届いた。

 差出人は、アルバイト先の山里だ。

 ヤマトはコンビニの入口の横に立ち再度、スマートフォンを開いた。

 メール内に記載されているURLをクリックすると、メチャゲーにリンクしていた。

 ――山里様より、紹介メールが届いております――

「何だ、また紹介メールか。招待特典目当てなのは分かるけど、まぁ、俺も送る事あるし、良っか」

 サイトの下部に記載されているゲームのタイトル。


 ――『MU』――

 見覚えがある。

 記憶が確かならば、父親が無くなった晩、ヤマトが目にしたアプリのはず。

 しかし、同一の物なのか?

 全く別物なのかも知れない。

 それを確かめる為に、ヤマトはゆっくりと「MU」の文字をタップした。


 画面が切り替わる。


 すると、突然何かのデータをダウンロードし始めた。

「何だよコレ? どうなってんだ?」

 そして、ダウンロード完了と同時にホーム画面に現れたアプリ。

 それこそ、あの晩に目撃した消えたアプリだった。

「ムー……。このゲームがどうしてオヤジのスマホに……。あの現実離れした死に方と、その直後に消えたこのアプリに関連性があるのか?」

 震える指先で、ヤマトは目のマークをタップした。


 今度は、画面がブラックアウトした。

 そして、画面の中央に丸く白いマークが現れ、その上に文字が浮かび上がった。


 ――「マークをタップして下さい」――


 明らかに怪しい。

 だが、理由は分からないが、その丸いマークに引き込まれそうな気がした。

 その時。


 ――「ようこそ。MUへ」――

「えっ、待てよタップなんかして無いぜ……ッ!?」

 ヤマトが、文字から視線を降ろした先……無意識の内に、人差し指が画面に吸い付いていた。





 つづく

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