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願いを叶えるは心失くした男  作者: たまぞう
心を蝕む魔を断ち切る剣
9/112

逃げ出した剣士に足りないもの

 赤く染まる川。臓物の散らばる河原。それらに塗れた俺。


 さっきまでケモ耳女子がはしゃいでいた清流は、いまはそんな地獄絵図と化していた。


「ビリーくん、なんだかとても前衛的なアートみたいで面白いけど、臭うから早く洗ってきたほうがいいよ」


 いつもの口調をも忘れたこの天使が今は悪魔にも見える。


「わたしはいつでも君の天使だよっ! ちゃんとさがろうって声かけたしねーっ。ぷぷーっ」


 さっきまでとはうってかわって、天使のように優しく微笑みながらそんなことを言うミーナ。ここが地獄でなければ告白したいほどに愛おしい笑顔だ。


 もはや以心伝心(一方通行)。確かにその通りだが、あそこで退いていたら男の矜持を失ったかと思われる。それよりはマシだろうなんて言い訳してみる。鼻をつまんで距離を取られたのは心にクルけども。


「どのみち馬車に運ぶのに汚れるのだからその後でいいだろう」


 すでにいつもの調子に戻ったダリルは綺麗なままの大きめの岩に腰掛けて無関心を装っている。いや、もうただ無関心なだけだな。装いも繕いもしてないな。


 そんなダリルはミーナから飴をもらって、珍しくありがとうと礼をいい、少し喜んでるようにみえる。


「はぁ……確かに俺は今回荷物持ちで来てるからね。ところでさっきの武器、よく見えてない気もするが、あれは、その……肉屋なんかで見るあれなのか?」


 先ほどの闘い。苛烈と形容するに相応しい闘いの最初から気になっていた。ダリルと初めて出会った時の会話が今は頭を離れてくれない。


「一流の猛者であればただの包丁でも斬れるかもしれんな。あんたはそんな凄腕なのか?」


 あのゴツいだけの包丁で一方的に蹂躙したこの男は自分がそうだと言いたいと、そういうことなのだろうか?


 自分の歯がギリっと音を立てるのがわかる。これは苛立ちか悔しさか。


「バカかお前は。どこの世界にただの包丁で魔獣に立ち向かうバカがいるか」


 言葉は汚いがそれは俺が欲しかった方の答え。目の前の人間がそんな人外ではないと、自分たちの側だと思っていいのか。そうなら俺もそこに辿り着けるのだろうか。


「あれは魔剣だよっ」

「魔剣……」


 ミーナが言うには、魔獣特効の処理の施された武器を総称してそう呼ぶとのこと。あるいは魔力を帯びたものも含まれるとか。


「ターゲットが分かっているんだ。なら専用の得物を持っていくだろ。これは魔剣、ぶった斬り。いつ作ったか……巨牛のツノと髄液を添加していてな、他にも要素はあるが豚アタマに特化した1本だ」


 ブタだけに? ネーミングセンスには触れない。そんなことよりも今確実なのは、あの苛烈で凄惨な光景を生み出した武器を作ったのは間違いなくこの男だということだ。


「俺の、悲願は叶うのか?」


 そうだ。最初からそこに期待してそれだけを求めてここまでついてきた。ダリルは見せたいのだと。何を、と思ったがそれは特効武器というものの可能性。つまり俺の、みんなの仇を討つという実力では到底成し得ないことを現実にしてしまうその可能性を!


「ビリーくん」

「うん?どうしたんですか、ミーナちゃん」


 俺がこの先の未来の可能性に歓喜しているところを、ツンツンとつつく狐獣人の女の子。やば、何この子とっても可愛い。


「終わったら、またピクニックいこうね」

「ああ、それね。もちろんだよ」


 この子にも本当お世話になった。そうお世話に──。


「忘れないで、約束だよ?」


 狐獣人の子はそう右手の小指を差し出して来る。

 世話になった人の知り合いの子のお願いくらい聞くのが筋だろう。俺はその小指を同じく小指で握って指きりして約束する。


「忘れないよ。君もあの丘のピクニックに連れて行こう」


 その子は俺の言葉にハッとした顔をして、指きりしたあとはそそくさとダリルの元に行ってしまった。



 営業の終えた工房でダリルは1人。すでに火を落とした炉に大切そうにして新しい火が入る。その火はこれから剣を鍛えるとは思えないほどの暖かさをたたえている。


 振るう金槌はまるで人々を癒すように心地のいい音を立てて。飛び散る火花の中には紅蓮の燐光が混じり、それはやがて青みを帯びたものに変わる。脂は魔道具と魔石を介してその内在する魔力を剣へと移していく。そこに淡い桃色の毛が1束、同じように魔力になりそのすべてを包み纏め上げていく。


 やがて東の空が白んでくる頃に、一振りのブレードソードが出来上がった。




「抜いてみてもいいか?」

「それはもうお前のものだ、許可などいらん」


 これがこのダリルという男の鍛えた剣。その抜き身の刀身を見て思わずため息が漏れる。


「その剣と紅蓮蝶での経験があれば9割がた問題はないだろう」

「んん? そこは10割とか絶対とか言ってくれるとこじゃないのか?」

「物事に絶対などない。だが……そうだな、そうであって欲しいとだけはいっておこう」


 不器用で無愛想な男の精一杯のエールだろう。勝手にそう決めつけてやる。


 だから俺もさっぱりと出ていこうと思う。


「ありがとうな、ダリル」


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