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公爵令嬢は怒りの矢を放つ

「さて、と。ヘレンたちには舞台から去って貰って悪いけど‥‥‥」

 むざむざと巻き込んで死なれるのも後味が悪い。

 そもそもこの手紙を読んだ時に、さっさと態度を決めなかった自分が悪い。

 アンリエッタはそう思っていた。」

 手にしていた一冊の本を自室のソファーの上にぽいっと投げ置いてアンリエッタは考える。

 書籍の題名は、『蒼狼族の妊娠と出産の経緯』。あることに気づいたのは、ここ最近のことだ。

「この本によると、妊娠して三年目の後半で、人間の十か月が襲ってくる。そうなると、ヘレンはまだ気づいていない。妊娠の臭いが出るのは一年を超えてだから。その意味では半年間は絶妙な期間ね」

 妙に落ち着いているわね、わたし。

 なんだろう、この高揚感。

 まるで狩りを楽しむかのような、そんな感じに心が躍っている。

「イブリースと帝国の皇女と、この公国はわたしの小魚で、それを丸呑みしてもまだ足りないくらい。操りたいなー、無理だけど」

となると、わたしの最大の切り札は、まだ産まれていないこの子ということになる。

 それをイブリースに知らせる前に、公国の彼の両親に報告すればそれだけで済む。

 大公夫妻はこう考えるはずだから。


(先に戻した家臣団はグルムガルの国王に、すべてを報告しているはずだ)


 そうしたら彼等は上にも下にもおかない扱いをして、この離宮に今度は人間の正式な公子妃として迎えるために近衛兵を置くだろう。

 そうなるとまず、暗殺はあり得ない。ただし、とアンリエッタは考える。

「軟禁という名前の首輪と鉄の柵がやってきて、子供とわたしの安全は保証されるから‥‥‥まあ、いいわ。子供が安全なら」

 そこまで考えて、いま目の前にあるゲームの駒を数え上げてみる。

 緑の髪の公子。

 赤毛だという、帝国の第二皇女。

 そして、自分と子供。

 緑と赤と青の駒。

 ゲーム盤に置くには、駒が足りない。

 あと二つか三つは自分側の手駒が欲しかった。

 それも、どの勢力にも属さない手駒が。

 盤上で有利なのはイブリースだ。

 いやいや、イブリース様、かな。

 男性特権で婚約破棄できる。

 でも、彼は見落としている。

「問題は莫大な慰謝料よね。公国を売り渡すか、それともそれに見合うだけの何かで補う予定ならそこは想定通り、帝国にわたしを売り飛ばすだろうし」

 アンリエッタは苦笑してしまう。

「どれを成すにも、なんの手柄も美味しさもないわね。立場もないし、お金もない。ただの絵に描いただけの計画倒れ。はあっもうっ!」

 手にしていた報告書の写しの束を空中に放り投げた。紙が、真っ白な巨大な雪になって部屋の中を彩って行く。

 あーあ、なんで婚約破棄なのでしょうか。

 単に、側室に下がるようにしろと言えばそれで済むじゃない。イブリース様のばかー‥‥‥。

「蒼狼の習性は偉大ね‥‥‥メスはオスの子供を孕むとほぼ生涯に渡って同じオスだけを愛して過ごす。ただし、オスは多くのメスを引き寄せる‥‥‥」

 でもわたしは周りに踊らされるだけの脳がない無力な女だ。

 そう思うと、この世のすべての理不尽を押し付けられたような気になってしまい、アンリエッタはそれらから逃げるようにベッドにもぐりこんだ。

 手にした大きめの枕をサンドバッグ代わりに納得がいくまでボコボコに殴りつけた。

 鏡台の下に隠してある金庫代わりの宝石なんかを入れているところから、イブリースが寄越したプレゼントを全部引き出して、鎖に繋がれた豪華な宝石のついたネックレスがまるで自分を飼い犬だとでも彼が言っているように見えて、力任せに引きちぎってやろうとしたが‥‥‥。

「敵わない、悔しいっ!」

 あまりにも非力すぎて、ネックレスの少しばかり太い金のチェーンが千切れない。

 あきらめてそれらを元の箱の中に戻す。

 窓を開けると太陽はまだ昼日中。

 このまま黙っているのも悔しいし。

 見上げると、イブリースの家族や他の公族が暮らす、公城の外壁がそそり立っている。

 何かを思いついて、アンリエッタはニヤリと笑ってしまった。

 公子妃補として行くにはさすがに事前の許可がいる。

 でも、大公家の親族、それも公族に連なる人間としてなら、どうだろうか。

 そこを訪れるのに、どんな遠慮がいるいうのだろう。

「たまには、大好きな図書館に行くのもいいわね。あれは公城内にあるのが一番大きいし」

 ついでに、大公夫妻に挨拶するのも悪くない。

 あの手紙と共に。

 そう考えて、アンリエッタは登城する準備をすることにした。

 一人ではコルセットすら着用することが苦行になることを始めて体験しながら。


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