金麦の龍帝
女王リーゼ、十六歳。
身長は百七十ほど。
並みいる小柄な女騎士たちに比べて、一際、身長が高い。
種族は猫耳族。
だが、その中のどんな氏族なのか。そこまではイブリースには分からなかった。
「珍しい。とても物珍しい存在が、二人も我が船内にお越しだったとは」
不敵? 挑発的? それとも、威風堂々?
つい少し前まで、自分たちと会話を交わしたあの女性だというのは見て取れる。
女王が座るソファーの前にある長椅子に、二人は案内されて腰かけていた。
いや、半ば無理矢理というべきか。
あの誘いを断ろうとして部屋に戻ろうとした瞬間、上空から降りてきた接弦口がイブリースたちのいた通路の、はるか先に接続してしまい、前後を挟まれた二人は逃げそびれたのだった。
「どうぞ、発言を許しますよ? ラッセル様にアンリ様?」
まるで見透かしているような余裕。
誰だよ、十六歳なんて言ったやつは。
これでは数百年生きた魔猫だって言われても信じてしまいそうになる。
「こんにちは、女王陛下。本日は拝謁賜れて光栄ですわ‥‥‥」
「立たれないのですね?」
「我が国には、座式での簡略礼法もありますので」
「そう、あなた、アンリ様。不思議ですね、我が国ルダイナル王国を含め猫耳の国は十四程世界各地にあります。その多くが我が傘下ですが‥‥‥。座式での礼拝は知りませんね。まるで、狼のよう」
「‥‥‥女王陛下がお知りにならないだけかもしれませんね」
「かもしれません。まあ、あの蒼い駄犬どもにかけてやるべき敬意は持ちませんけど」
「駄犬ですか。黄土色の粘土を全身に塗りたくって空を行こうとし、しくじって崖から転落しそうな猫もいるようですが? ああ、泥が塗られている時点で既に重しを背負っていましたね‥‥‥自殺願望の猫耳族」
リーゼよりは少し身長が低い。
それでいて足はすらりと長いアンリエッタは、これ見よがしに膝を組み直して不敵に返して見せる。
「何ですって!」
「貴様っ、女王の眼前でなんたる発言!」
「無礼なっ。即刻打ち首に! 女王っ!」
数名の親衛隊と思しき近衛兵と呼んでもいいだろう。
騎士たちから憤慨と弾劾の声が上がる。
女王は片手でそれを制して、肩ひじをソファーの肘かけに建てた。
傍らはその身には似つかわしくない、漆黒の鞘のついた幅広の長剣を立てかけている。
事情を知らない男なら、こう嘲笑していただろう。
あんた、それが満足に使えるのかい? と。
しかし、イブリースは知っている。
いくつかの種族の女性は、男性よりも並外れた膂力を発揮する、と。
あれが振り回される事態は回避したいものだ。
買い言葉に売り言葉。
相手への敵意を隠そうともしないアンリエッタは、涼しい顔でふふんっと得意気な顔をしていたが、それは女王リーゼの一言で瓦解した。
「良いお前たち。こちらは、見た目にも我が同族。ウォルシャオの棄民だそうだ。致し方ない、あの地は魔王様よりの依頼をうけて大陸間最高高度を移動するべき飛行鑑定の実験場だった。それが、あのような‥‥‥」
「あのような? 私の祖父母に何かあったとでも?」
「おや、あなたの祖父母ではないでしょう?」
「‥‥‥え?」
「例えば炎の精霊を宿す炎豹族、例えば闇の精霊を宿す黒狼族。あいにくと絶滅しましたが。例えば、銀の月の精霊を宿した銀翼人、例えば風の精霊を宿す蒼狼族、そして、金麦の龍帝から連綿と連なる、陽光の精霊を我が身に宿す猫耳族。ですが、あなたには陽光の精霊はおらず、不思議なことに大地と風の精霊を見ることができる」
「‥‥‥何ですって‥‥‥」
「おや、御存知ありませんか? 魔眼という名を。東のエルムド帝国は天才魔導士シルド公が開発されたこの左眼に宿る白日の魔眼には――相手の真の姿がよく見えます」
正体が‥‥‥バレた!
ガタッ、とアンリエッタは席を立ち戦闘態勢を取ろうとする。
しかし、その行動はイブリースにより、止められてしまった。
「ほら、そこまでだ。御姫様、ここから俺が話をする」
「イブリースっ、やだ!」
「‥‥‥イブリース?」
女王は彼の名を耳にして、顔をしかめた。
「それはあの‥‥‥南の大陸は、公国の精霊剣士。公子イブリース殿のことかな?」
そのあまりにも危険極まりない一言が、展望ラウンジに緊張感をもたらす。
それは衛士長と思しき女性の次の指示で一気に緊張を加速させた。
「敵である! 抜刀!」
シャリシャリンジャリン―――小気味善い音と共に、数十本の白銀が室内に煌めいた。
常人なら息を呑んで、唖然とし、恐怖に立ちすくむだろうその中。
イブリースの声は更に強く、周囲の誰にも畏怖を感じさせた。
『剣を引け。偉大なる魔王の勇士たち。これは賢者の命である』
そのたった一言が、戦士たちの、乗客たちの、別の船に乗る猫耳族たちの戦意を喪失させた。
アンリエッタと他は、たった数名。
女王リーゼに、司令官ニーニャ。
あと複数の猛者だけがその場に険しい顔をして立っていた。




