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金の龍

 大空に空間がひしゃげるような音が響いていた。

 船の力場の中にだけしか伝わらないそれは、船内から重たそうな音を上げながら巨大な接弦口とともに降ろされていく。

 その先に浮かんでいるのは、イブリースたちが乗る巨大な円盤に四つの帆先が並んだような飛空船。

 今から始まる作業を航空艦の指令室から、眺めることができた。

 自分が乗船している艦船から接弦作業開始の報告を受けた人物は、指令室の最上段から組んだ足に片手を置いてうろんな瞳で頷くと、部下に気取られないように小さくあくびをした。

「あとどれくらいで行き来が可能だ?」

「約十分後かと思われます」

「そうか。まあ、事故が無いようにな」

「はい!」

 足元から部下の元気がいい返事が返ってくる。

 昼間の大空は猫には眠たすぎる‥‥‥。

 この身体はなんとも不便だとぼやきながら、手袋をした片手で目元をこすっていた。

 しかし、片方の視線は眼前に揃った計器類から離れることはなかった。

 目まぐるしく数値が変わって行くそれらを見下ろしながら、船内外に異常がないかを確認していく。

 大気圧、力場内の各種波動の数値、結界を維持している船内の魔素貯蓄槽に異常がないかどうか。

 普段はあまり気にしない魔素貯蓄槽を指揮官自らが確認しなければならないほど、船と船の空中での接続は危険率が高かった。

「まったく‥‥‥女王はなにを考えておられるのだ。あのような下士官が乗るものに同乗するなんて」

「御心配ですか?」

 階段式に配置された指令室の一段下に座る一人が、それを聞きつけて反応する。

 彼女は自分の席を立つと、上司の側に上がってきてそこに立った。

「お前はどう思う?」

「司令官、どう思うと言われましても。女王がなさることに一士官が意見を述べるなど‥‥‥」

「構わん。言ってみろ。どうせ、私もお前も同じ考えだ」

「そうですか? 司令はそのお席が気に召さない気もしますが?」

「ここか? それはそうだろう。ここは私の船ではなく、単なる一時的な管理を任されただけの話だ。艦長でもないのに、運行管理から戦闘や女王の安全までやれと言われても、な」

「割に合わない、と?」

「そうは言わん。だが、重荷だと思う者もいるかもしれんな」

「確かに、ここは帝国領空ですからね。いかに同盟国とはいえ、指導者が乗り継ぐのに相応しいとは言えないかもしれません」

 とはいえ、司令官の目は少し上に移動する。

 さきほどイブリースが作り出してみせた光球よりもはるかに巨大なものが、彼女の座席の前面に浮かんでいた。

「天空航路を横断する我らの艦船をどうにか出来るものなど‥‥‥竜族でもなかなかいないがな」

「この高度まで上がってこられる魔族も少ないかと」

「安全どうこうではないよ。ただ気まぐれに困っているだけだ」

「確かに。せめて騎士団程度は同乗させてくるべきでしたな」

「女王の思い付きを止められるのはあの方々だけですから」

「まったくだ。次はもう少し気を配ることにするかな」

 司令官が細長い尾の先につけた銀色の環を手入れし始めたのを見て、副官は席に戻ろうとする。

 しかし、ふと思い出したように振り返ると彼女に質問した。

「ところで」

「ん?」

「我らが女王リーゼは何故、帝国に? まだ魔公国にいなければならないと思うのですが」

「ああ、それか。確かに魔王リクト様はいま大事な時期だ。王妃様を迎えたばかりだからな」

「ええ、そうです。神々との戦争もまだ終わってはおりませんし‥‥‥」

「そうだな」

 短毛種特有のシュッとしている耳を後ろに立てると、司令官は面白くなさそうにふうっと息を吐く。

 どうやら彼女は今回の出迎えを喜んでいないらしい。

 副官は三毛猫のような斑な体毛を見せながら、返事を待った。

「皇帝陛下‥‥‥グレン様から領地を下賜されるそうだ」

「領地? では我が猫耳族が帝国の傘下に?」

「いや‥‥‥これは魔王様の思し召しらしい。東と西を統一した雄、エルムド帝国の爵位を女王様が得ることで魔公国の勢力拡大を望まれるのだとか。しかし」

「司令はお気に召さない?」

「そんな発言ができるか。ただ、我が猫耳の王国が蒼狼どもとの戦いに勝てているのは、帝国側の支援によるところも大きい。だがな‥‥‥二つの首を持つ竜は果たして優秀か、そういうことだ」

 副官は察した。

 上司が危惧しているのは、一族の行く先だと。

 魔王の元から、帝国に取り込まれるのではないかと。

 彼女はそう危惧しているのだ、多分。

「我が猫耳の王国ルダイナル。その紋章は金の竜。首は一つだけですね」

「そういうことだ。さて、そろそろかな。私は降りることとしよう」

「お気を付けて、ニーニャ様」

 不機嫌そうに銀環を振りながら、司令官はデッキを降りていく。

 その後ろ姿はどことなく不満をためこんでいるように見えて、副官は巻き込まれないようにしようと軽く身震いをしていた。


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