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飛行船と狼姫

 ――数日後。

 飛空船に乗ったのは失敗だった。

 イブリースは大海を足元に一望できる、大型の航空飛行船のデッキから眼下を見下ろしてそうぼやいていた。

 真下に見える海は群青よりは碧に近い。

 南の大陸の周辺の海域は荒く、近隣の大陸の海溝よりも深いからだという。

 六つある大陸間での航海・交易の中でイブリースとアンリエッタが住む南の大陸は、亜熱帯にあり鉱物資源なども豊富だったのに出遅れていた。

 すべてはこの荒い海のせいだ。

 そんな声が長い年月をかけて、大陸南北間に位置する高山地帯から空の道を発展させることにつながった。

 とはいえ、六大陸と天空大陸ハグーンを含む空路の交易路が整備されたのは、ここ数年のことだ。

「不安だ」

 いつ落ちるかも分からない。

 そんな空の旅に対する世間の信用度は低く、しかし、発展はすさまじい。

 そこには、南の大陸の北部地域を支配する第八の魔王リクトのグレム魔公国と、西・東の大陸に領土を拡大したエルムド帝国やルゲル枢軸連邦などの超大国による支援が見え隠れしていた。

「何よ、不安って。あなた、天空大陸ハグーンにいたのではなくて?」

「落ちるかどうかって不安じゃないよ、アンリ」

「そうなの?」

「落ちたら落ちたで生き延びる方法はあるさ。心配なのは、それだよ」

「それ‥‥‥?」

 目当てのものを指先で示されて、アンリエッタが動かしたのは金色毛並みの猫耳だった。

 それはアンリエッタの頭のうえに二つ、機嫌良さそうに立っている。

 まるで、眼下の海のような青黒い髪の中に金色の島が存在しているように見える。

 そこに猫らしくない、切れ長の緑の瞳だ。

 普通の猫耳族は金色の毛並と青い瞳、それもアーモンド型の目のはずだから、彼女の容姿はいやでも人目を引いた。

「これ? やっぱり目立ちますか」

「目立つな、やはり」

「でも、これはあなたがこんな物にしたんですよ? ほら、尾だってこんなにフサフサ‥‥‥」

 服裾から見えるその尾は確かに長毛種の猫の尾にも見えた。

 猫耳族は高山地帯に住む種族なのに、長毛種は珍しいのだという。

 それも、毛色は銀か黒。

 アンリエッタはその長毛種の一種だということにしているが、やはり本物の目からすると違和感があるらしい。

「それはそうなんだが。別物にした方が良かったかと思った」

「犬とかにしたら本気で噛みますよ? 普通の人間で良かったのでは」

「それができれば、苦労しないんだがな。どうしてもその耳と尾には特別なものがあるらしい。うまく変化してくれないんだ」

「変化? 見た目を変えるだけでは?」

「それなら光を操作したり幻覚を見せる魔法があるが、だめだな」

「どうして?」

「猫耳族は産まれながらの優秀な精霊使いが多い、誤魔化したらバレた時に面倒だ。肉体を変化させる魔法が効かない。そうなると、肉体から誰でも発している魔素をいじるしかなくなる」

「魔素? 生命力のようなものですか」

「そんなもんだ。それでどうにか誤魔化しているからな」

「困ったわね。蒼狼族のままだとさらに困るだろうし」

 ふう、とため息一つ。

 船内の足元に張り巡らされた透明な耐圧壁の上で、二人はソファーに対面して座っていた。

 広いラウンジ、朝夕と食堂にもなるそこは、昼前のいまも人で賑わっている。

 狭い部屋では息が詰まるというアンリエッタを連れて、イブリースはここに来ていた。

「蒼狼族は勘弁してくれ。まず、この船に乗せてもらえんよ」

「そうね。おじい様ったら、グレム魔公国とも戦端を交えているもの‥‥‥」

「グリムガル国王は戦いがお好きだな」

「前は帝国、後ろは魔公国。さらに、猫耳族はその魔公国に所属しているなんて、グリムガル王国は罪深いわ」

「そして飛空船の交易路は猫耳族が独占しているからな。ま、それで我慢してくれアンリ」

「その呼び名にも慣れないといけないわね」

「クロエと呼ばれるよりはいいだろう?」

 婚約者や家族、親しい友人にしか許していない隠し名を呼ばれて、アンリエッタは耳を閉じてしまう。

 不機嫌か、分かりやすくていい。

 イブリースはそれを機嫌のバロメーター代わりにしながら、彼女との対話を楽しんでいた。

「それで、イブリースことラッセル。そんなに不安なら部屋に戻った方が良いのではないでしょうか? わたしはまだここにおりますから」

「おりますから、は構わないが戻れるのか? あなたが方向音痴だとは笑ってしまったが」

「まあ、ひどい。慣れない場所では仕方ないではありませんか」

「王宮よりはましだろう? ここはそれほどには入り組んでないぞ。むしろ、規則的なほうだ」

「だから分からないのよ‥‥‥」

「不思議なもんだ。先に部屋に戻るが、大丈夫なのか?」

「分からなかったら、またそこかしこにいる船員さんに訊ねるわ」

 それが一番心配なんだ。

 とは口に出さず、イブリースはアンリエッタの判断に任せることにした。

 船員はそのほとんどが猫耳族。

 また妙な疑いの目を向けられなければ良いが。

 飛空船に乗って二日。

 目的地は西の大陸エゼアは城塞都市セダ。

 帝国最南端の交易都市だ。

 あと一週間程度の旅程、御姫様にはいい刺激になるかもしれん。

 イブリースはアンリエッタになるべく多くの種族と出会い、広い世界を知って欲しかった。

 亡き妻ミーシャと同年代の彼女に、妻の面影を重ねているのかもしれない。

 そんな自分を苦笑しながら、彼はラウンジを後にしたのだった。


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