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アンリエッタの告白

 アンリエッタはさっさと話して欲しそうだった。

 イブリースも、狙うなら自分だけにしろと意味ありげな回答をしていた。

 関連するものがあるとすれば、公子イブリースに対する何かに限定されてくる。

 ああ、そうか。

 彼女はさっき、こう言ったのだ。

 公子イブリースに対する殺意は‥‥‥消せない、と。

 旅を始めた頃は、愛情だけが消せなくてつらいと言っていたのに。

 この数日でそれは大きく変わってしまったようだ。

 いや、違う。

 変わったのではなく、認識したのだ。

 本能がそう、させたのかもしれない。

 我が子を兵器として扱おうとし、愛した自分の死まで利用しようとしたことを。許せない?

 なるほど。

 それがどうやってか、彼女に真実が伝わったのだろう。

 本能か、それとも魔法か何か。

 彼女に眠る、蒼狼族や精霊剣士の血がそうさせたのかもしれない。

 便利なようで、力があるというのは不便なものだ。

 その能力が最初からあれば、俺もミーシャを諦めずに済んだのに、とイブリースはまた心で嘆息する。

 過去を振り返るのは、自分の悪い癖だ。

 いまは自分より、この少女をどうにかしなければならない。

 復讐なんて道を歩むのは、できるなら止めて欲しかった。

 だが、真実は伝えないといけない。

 いつかはバレるなら、早い方が良いというものだ。

「知っているかどうかわからんが、その子供は公子イブリースの子供じゃない‥‥‥」

「そう。そうかもしれないって思っていた。夢で見たから」

「見た‥‥‥のか」

「見たわ。酷い夢。あなたがイブリース様の代わりなっていたの。懐かしい記憶から最近のものまで全部、入れ替わっていた。苦しくて辛くて、助けて欲しかった。子供のことを思ったら、目が覚めたの。さっき聞いたような夢も出てきたし‥‥‥」

「それは、ミーシャもいたのか?」

「いいえ。でも、あの人が‥‥‥イブリース公子が何かしたってのは理解できた。だから、殺意が沸いたの。それだけ」

「そうか。夢でな」

「ねえ、イブリース?」

「なんだ?」

「お腹空かない? もう我慢の限界なんだけど‥‥‥」

 アンリエッタの腹が盛大に、それを要求していた。

 恥ずかしさに顔を赤らめる彼女を尻目に、イブリースは背負っていた二人分の荷物から解放された。

「やれやれ、これでは俺がまるで執事のような気分だな。この荷物も、虚空に入れたままで移動できるのに。その技すらも使わせてもらえない」

「もともと、部下になりなさいと命じた時点で、快諾しないあなたが悪いのよ。そうすれば、いまごろは騎士の称号だって与えたのに」

 不満げに、言いながら少女はどこかでイブリースが失敬してきた料理が装った皿を受け取る。

 あら、このベーコン大きいわねと喜んでいるその様はまだ、十代の少女のものだった。

 母親だの大きな波を担う子供が産まれるだの。

 神とはひどいものだ。こんな少女に棘の道を歩けというのだから。

 イブリースは、アンリエッタから生涯離れられないかもしれない。

 そんな予感めいたものを感じていた。

「追われている自覚があるかどうか怪しい主人に付く、騎士などいるものかよ。だいたい、俺は騎士どころか大公だ。世が世なら、あなたとだって‥‥‥いや。止めよう」

「何よ? 私とだって釣り合いが取れていると? 同列だから騎士にはなれないと? なら、私だけの騎士にでもなればいいではないですか‥‥‥」

「あのな。それは好きな男を口説く時にいうセリフだぞ?」

「‥‥‥え。それは――知りません」

「迂闊だな、アンリエッタ。西の大陸に行きそこから地下に行く。おまけに王国は敵だときた。俺たちに勝機はあるのか?」

「さあ? それより、もう一杯頂けない?」

「食欲があるのは良いことだ‥‥‥」

 色恋沙汰も満足にしていないこんな少女を、どうして都合よく扱おうとしたのか。

 公子イブリースに対する疑念が更に湧いて出た。

 例え数年がかりで子供が産まれるとしても、その時、彼ら二人は夫婦になっているはずなのだ。

 アンリを抱いた半年前の状況なら、いまの惨状を予見しにくいだろう。

 そうなると、公子イブリースはそれ以前からアンリエッタを道具として見ていた可能性がある。

 では、復讐か何かの道具としてアンリエッタとその子供を使うに相応しい相手は誰か‥‥‥。

 と、イブリースは考えてしまうのだ。

「まあ、妥当なところで公国だろうな‥‥‥」

「は? おじさま夫妻がなにか?」

「ああ、お茶はいるかい?」

「温かい飲み物がいいわ」

「注文が多い‥‥‥」

「良いから出して。寒いの」

 火を起こしながら、ラッセルは言葉を続けた。

 アンリエッタはまだ? と我慢しきれない様子で食べかけた硬いパンを片手で揺らして待っている。

 子供みたいだ。

 イブリースはそれを見て、微笑んでいた。

「あのな、アンリエッタ。俺と旅をするということで良いのか?」

「そうしないといけないのなら、それでも良いわよ。裏切らないなら」

「え‥‥‥?」

「だって、この子。イブリース様の子供じゃないんでしょ? それでも、幸せにしたいじゃない?」

 あまりにもあっさりと返事が返ってくる。少女は仕方ないでしょ、と猫の耳を伏せていた。

 それで本当に良いのか? あなたの幸せは無くなるのに?

 女は強い。

 俺には真似できない存在だ。

 ミーシャもこうだったのかと思うと、イブリースは自分が情けなくなっていた。

「起きてみれば、お胎の中がなにかこう‥‥‥ぽっかりと空いているような感じになっていたの」

「あ、ああ‥‥‥それ、で?」

「それで? うーん、そうですね。恥ずかしながら、公子イブリース様にはまだ抱かれたいとずっと思っていました。もう一度、妻としてあの方を受け入れたい、と。その感覚は‥‥‥種族的なものといいますか。蒼狼族のメスは、一度惚れたオスに生涯を尽くしますから。まあ、普通なことだと思っていました」

「ほう‥‥‥」

「でも、今朝、目覚めたらそれが心の中からもぽっかりと浮いてしまっていて。女ですから、身体から何かが消えればそれは直感で分かります。ただ、子供を身ごもっていたのにそれを失ったら、これはあくまで予測ですけど。虚無感や悲しみにうちひしがれるというか。実際になっていないから‥‥‥? でもいまそうなのですよね? 不思議‥‥‥混乱しているのかしら? 子供はいるって感覚はあるし。変な感じ」

 不可思議だと困惑するアンリに、ラッセルは問いかけてみた。

 今は、どんな気分なんだ、と。


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