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大きな誤解

「なにが、誤解なのですか?」

「そう、誤解だ。君はいまどこにどうやって寝ている?」

「どこって‥‥‥わたしのベッドはどこにったの? それにわたしの頭があなたの膝上にあるなんて、もう二度目かしら? 一体、どういうつもりなの」

「悪いが、襲撃を受けた。それで虚空に君を送ったんだ。そのまえに、目覚めないように深く眠る魔法をかけて?」

「へえ、それは大した言い訳ね。それから、どうするつもりだったの、寝たままの女を抱くのは楽しかった?」

「それも誤解だ。俺は君を抱いてはいないぞ?」

「じゃあ、そうするつもりはあったんだ?」

「それもない。ついでにイブリース様とか言いながら、俺にキスを求めて無理矢理、迫ってきたのは君だからな? 俺はそれに巻き込まれたんだ」

「嘘っ! 信じられない、なんて人なの‥‥‥」

「本当のことだ。俺は被害者だよ」

「じゃあ、こうしたらどうするの、被害者のイブリース様?」

 からかうようにそう言い、アンリエッタはイブリースの首に手を回した。

 もう一度、キスをどう?

 そんなふうに誘っているように見えるアンリエッタ。

 だが、イブリースは恐怖しか感じなかった。

「やめろよ、アンリエッタ。俺の喉元を噛みきろうなんて考えているのは分かっている。まったく、女ってのは恐い存在だな」

「このっ、最低‥‥‥っ!」

「おっと? いきなり、引っぱたこうとするのは頂けないな。俺は犠牲者だぞ?」

「良い夢を見られたでしょ! その代価くらい頂きたいわね! この不貞のイブリース様!」

 ふん。

 誉め言葉と受け取って置こう。

 ラッセルの微笑みは消えないまま、起き上がれるかとアンリエッタを引き上げる。

 少女が上体を起こすと彼は軽々とアンリエッタを抱き上げていた。

「どうするつもり? 立たせればいいのに‥‥‥」

「立てないからだ。試しに足を動かしてみろ」

「え、そんな‥‥‥立てないはずが‥‥‥あれ? 嘘っ‥‥‥」

「理解したか? まだ眠りのまじないが効いていてな」

「その魔法をかけた犯人は? あなた? それとも襲撃をかけた犯人たちなの?」

「なあ、落ち着いてくれないか? かけたのは俺だが、それでも大変だったんだぞ? あんな黒い大蛇なんて見たことが無い。心当たりはあるか?」

「蛇? そんな気持ち悪いもの、興味がないわ。でも、黒蛇ねえ、蛇‥‥‥?」


 アンリはそれでも小首を傾げて、何かを思い出しているようだった。

 黒い蛇‥‥‥?

 それって、と言葉が続く。

「公国の旗に、確か黒い蛇がいたような気がするわ? それがどうかしたの?」

「その黒い大蛇が襲ってきたのさ。まるで知らない魔法を使っていた。心当たりがあるかと思ったがないようだな‥‥‥

「無いというか、そんな魔法すら知らないわ。イブリース様、あなたとは違うけど。あの人なら、あるいは可能かもしれないけど‥‥‥」

「俺は不貞のイブリース様だからな。ああ、不貞のラッセルでもいいかもしれん。自分はさんざん、人を襲っておいて俺を不貞呼ばわりするとは。なんたるひどい扱いだ、まったく」

 そんな言い方ないじゃない。

 紳士なら、せめて何もなかったくらい言いなさいよ。

 アンリエッタは心でそうぼやいていた。

 なら、あの夢の中で得た心地よい感触は‥‥‥やすらぎを与えてくれた存在は誰だったの、と。

 そんな夢の中でしでかした行為を自分で咎めることが出来ないままに居心地の悪さを感じてしまう。

「そこまで言うなら降ろしなさい。わたしが悪いのでしょう?」

「夢の中の行為を悪だとは、言いづらいな。こんな美人に迫られるなんて、俺も役得だな。そんな日もある」

「最低、奥様にあわせる顔がないわ‥‥‥」

「なら、その分後悔しといてくれ。俺の分の謝罪も頼む」

「知らないわよ‥‥‥」

「後で話があるんだ」

「話? 何よ、今更改まって」

「昨夜、妻が降臨した。神の代理人として、風の精霊王の伝言も携えてきたんだ。ああ、冗談じゃない。本当の話だ」

「嘘。だって、死んだって‥‥‥どういうことなの?」

「あれは何というかな。そう、聖女と言えば分かるか?」

「聖女? あの現世における神の代理人? 勇者や英雄と並ぶ、神聖な存在? 誰がそうだったの?」

「だから、妻が。そうだったんだ。大地母神の‥‥‥聖女だった」

「何よ、それ。意味が分からないわ‥‥‥」

 アンリが黙ったからこれ幸いとばかりに、ラッセルは彼女を抱え直して歩き出した。

 その背中には、爪を伸ばしてさんざん夢の中で動いたままにひっかかれた、無残な掻き傷と血がうっすらと流れ出ていることにアンリは気づいていなかった


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