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帝国と公国の狭間にて

「つまりな、いまは王国と帝国。どっちかと言えば、帝国と枢軸の仲が良くてな? 帝国に新しい皇帝陛下が立ったんだが、これが十年も行方不明の皇太子殿下だった」

「へえ、十年も行方不明、ですか‥‥‥」

「そうなんだよ。殿下は稀代の魔導士とも呼ばれていたんだがな。凄いんだよ」

「その、何が凄いんでしょうか?」

「まあ、本当に凄い女大公様だ」

「女大公? 女性が大公家の当主になられたのですか? それがどういう??」

「女大公ユニス様っていうんだがな。婚約者だったグレン皇太子殿下が行方不明の間、枢軸や東の大陸のムゲール王国と戦いを繰り広げて、とうとうムゲール王国と同盟を組んでしまった」

「それは大したものですね。軍師としても有能だった、と?」

「そう! だが、殿下も負けちゃいない。ユニス様が戦っている間、殿下はそれまで敵対していた枢軸を支配していた太陽神アギトの法皇猊下をやっつけ、しまいには、三国同盟なんて立ちあげてしまったんだよ」

「ああ、だから帝国はこの南の大陸にまでやって来たんですね‥‥‥戦争ばかり」

「つい、数年前のことだ。その影響で、南方大陸の亜人国家とも帝国は交易網を広げた。つまり、亜人もたくさん帝国領には存在する。奴隷もたくさんいる」

「はあ、それで詮索する暇がない、と?」

「まあ、うまく作れた身分証を持っていれば、な? 俺のような凄腕なら、それくらいは簡単なもんだ」

「凄腕‥‥‥?」

 チラリとラッセルを伺うアンリ。

 同行者の視線に、彼は咳をしていた。

「そんなに凄腕だから、高額だし自信もある。イブリースがそれを評価せず、値切られて不快だった、と。そういうことですか?」

「そういうことだ。 俺はきちんと評価してくれる相手、金払いのいい相手にはちゃんとしたものを渡すようにしている、その方が後からのトラブルも少ない。バレた、バレなかった。それで逆恨みされるなんて、命がいくつあっても足らんだろう?」

「確かに合理的なお話だと思います。イブリースが、いえ‥‥‥旦那様が、ケチでなければ出会いもありませんでしたから、そこには感謝していますけど」

「ああ、そういう経緯か。良かったのか、悪かったのかよくわからん話だな。で、どこに泊まる予定なんだ」

 イブリースは、いや、決めてないんだ。

 そう答えるとアロンは呆れた顔をしていた。

「お前なあ、仮にも逃げている身だろう? まだ公国の領内だぞ? 俺が紹介してやるよ‥‥‥こんなお嬢さんに旦那様なんて呼ばせるとはなあ。あんたもツイてるんだが、ツイていないんだか‥‥‥」

「信頼できるんだろうな?」

「紹介屋のグレイオの顔を潰す真似をしたら、俺の命がないからな。そこは、安心していい」

「どうだか‥‥‥」

「信用しろよ。流れ者のあんたの値切りにも応じただろうが。まったく、この街のだな‥‥‥」



 ☆



 そう、偽造屋アロンから紹介された宿屋は至極、まともなところだった。

 数階ある宿屋というよりは、多少、些末なホテルという感じのそこは一般の商人なども出入りしている格式は低くない。

 場末の宿屋よりは、安全という意味ではまだましだと、イブリースは頷いていた。

「存外よいところですね、旦那様? いつまでこんな呼び方しなきゃいけないのかしら‥‥‥」

「そう言うな、公子妃。いや、アンリ。俺たちは死んだことになっているはずだが。それでも警戒はしておいた方がいい」

 あの後、イブリースとアンリエッタは死骸を発見させて公国側からも王国側からも、イブリースに至っては枢軸側からも死んだことにされた。

 数日間、虚空の中を歩きようやくこの街にたどり着いた。

 現世に出た時、なぜかアンリエッタはその耳と尾がまだ生えたままだった。

 ふさふさの蒼い尾に蒼い耳。

 これはさすがにまずい、とイブリースは外観そのものを少しばかり変えてみた。

 それが、狼なのになんで猫なのよ!

 と、アンリエッタは怒ったのはいうまでもない。

 我慢してくれとなだめすかして、やってきたこの公国の東の端にあるサクゾの街。

 交易の要衝として栄える陸の港は、さまざまな種族でごった返していた。

 そして、あの偽造屋に行き二人は宿屋に入る。

 そして、アンリエッタは部屋の様子に絶句していた。

「同じ部屋、ですか。ベッドも一つしかないわ‥‥‥」

「まあ、俺は人間。あなたは亜人で、この公国では亜人の地位は低い。蒼狼族が特別なだけだ」

「それは理解していますけど、だからといってベッドまで一つにするなんて聞いていないわ」

「心配するなよ、公子妃補様。ああ、もう違うか‥‥‥アンリエッタ。俺は床で寝るから、安心していい。奴隷用のベッドを作ると言って、シーツを貰ってくるよ、寝ワラもな。それで、手製のベッドにすればいい」

「だから、同じ部屋‥‥‥」

「仕方ないだろう? 湯浴みの時は室外にいるから。我慢してくれよな?」

 がっくりと肩を落として彼を睨みつけるアンリエッタは簡単には頷かない。

 彼女を部屋においたまま、イブリースは階下にあるカウンターに行く。

 宿屋のメイドに夕食はどうすると尋ねられて、彼は部屋に運んでくれとチップを渡して頼んでおいた。

 それを食べてからアンリエッタは満足したのか疲れが出たのか、しばらくして軽い寝息を立てて寝てしまった。

「やれやれ‥‥‥ミーシャ、お前も生きていればこんなにわがままに育ったのか? さて、これからどうしたものかな」

 亡き妻の面影をどこかに見て、ラッセルもまた手製のベッドに横たわる。

 その夜、彼は数年前に出会ってから結婚するまでの短い期間の記憶を夢に見ていた。

 ミーシャ。

 幼い彼の亡き妻は、出会った頃は家庭教師が大嫌いで、勉強よりもお菓子を愛した美しい少女だった。




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