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世界の狭間

「待って! 秘密があるの‥‥‥お願い、助けて」

「秘密? 何をいまさら、あなたは彼等に保護されるべきだ」

 アンリエッタは首を振った。

 バレたら、殺される、とも言った。

 なにを言っているんだ?

 イブリースはいぶかしむ。

「子供が‥‥‥いるの」

「子供? 誰だのだ」

「イブリース公子の‥‥‥」

「だが、見た目はそうは見えないが。あの話だと半年前に一夜を過ごしたと言ってなかったか? それなら、そのなんだ。もう少し腹が膨れていても‥‥‥なあ?」

「違うの!」

「何が違うんだ? 要領を得んな」

「人間は一年だけど、蒼狼族の女は三年かけて産むの。まだ、半年しか経過してないから、外見は変わらない」

「それは初耳だな‥‥‥だが、三年すれば確かに、立場は微妙か」

「そう、側室に下がったとしても、公国と王国の関係は悪くなるわ。それに、帝国の皇女様がもし子供を産んでいたら、もし、イブリース様が知れば‥‥‥」

 生かしてはおかない、か。

 これはまた大した厄介事をしょいこんだな。

 イブリースはそう自嘲気に笑い、アンリエッタに手を差し伸べる。

「なら、俺について来いよ。話はそこからだ」

「ありがとうございます、イブリース‥‥‥」

 そう言うと、アンリエッタとともに穴へと飛び込んだのだった。



 そこは不思議な空間だった。

 すべては闇色の中にある、だけど銀色の瞬きがその辺り一面に広がっては消えていく。

 足元はどこまでも埋まりそうなほどに歪み、感触が全てだった。

 くるぶし程度の高さにまで伸びた植物か、なにかわからないものがたくさん生い茂っている。

 それは、瞬間的に煌めいていた。

 銀色の葉の筋と外側をみずから照らし出し、これがあの銀色の光の正体なんだとアンリエッタは理解した。

 まるで蛍火のように淡い金色のなにかが、草むらから草むらへと銀色の灯の中を飛び交っていく。

 目の前にきたときにふと手でつかもうとしたが、それはあっけなく溶けてしまって跡形もなく消えてしまった。

 奥行も、天空も見えず、大地すらも不可解な感触。

 自分がどこにいて、何をしているすらも忘れてしまうような世界。

 アンリエッタはひとり孤独などこかに、取り残されたような心境になっていた。

「不思議。なにこれ‥‥‥」

 忘我の境地に至るとはこういうことをいうのかしら?

 このまま、何もかも忘れて生きていけないかな?

 あの人のことすらも捨てて忘れてしまいたい。

 国も、家族も、愛した男性の子供もー‥‥‥?

 そこまで考えて、アンリエッタははっと我に返った。

 どうしてそんなことを考えたのかしら。

 不意に現れた自由になりたい、そう思うことがなによりも罪深いことに思えてしまって涙が出そうになる。

 ああ、これが捨てられるってことなんだ。

 そう自覚したとき、世界の暗闇に引きずられそうになって悲鳴を上げていた。

「おいっ! しっかりしろ、ここは現世じゃないんだ。俺がいる、なあおい、分かるか」

「えっ‥‥‥ああ、はい‥‥‥」

「大丈夫だ。大きく息をしてみろ。分かるか?」

 夢見心地でアンリエッタはイブリースに返事をする。

 ここでは彼女が見たいものが、そのまま表れる不思議な世界。

 そんな中で、イブリンだったイブリースはアンリエッタの目には、公子イブリースとして映っていた。

「イブリース様‥‥‥なぜ?」

「あん? おい、待て、待て。だめか? やはり虚空に最初に入ると酔うのは避けられんなー」

「待って、イブリース様。なぜ、捨てたの? あなただけを愛しているのに?」

「だから、俺は違うって。しっかりしてくれ、公子妃補様‥‥‥」

「そんな! なぜいまさら、公的な名前で呼ぶのですか? なぜ、いつものように‥‥‥クロエと? 呼んで下さらないのですか、ライオット?」

「ライオット? クロエ? ああ、あれか‥‥‥貴族の通俗名か」

 イブリースには思い当たる節があった。

 貴族には家族や親しい存在にだけ教える、隠し名があることを。

 ここはそのライオット? とやらになった方がいいのか。

 それとも、どこか次の出口を開けるまで眠って貰ったほうがいいのか。

 判断に迷うところだった。

 とはいえ、この状況でイブリース公子の真似事をしたとなれば――アンリエッタは、ずっと恨み続けるだろう。

「さすがにもう一人の俺と同名のやつのふりをして言い聞かせたらー後から恨まれるだろうなあ。短剣を飛ばすのが趣味と言っていたし、ここで恨みを買ってはかなわんな」

「ライオット! どうして? あなたの子供がここにいるのに‥‥‥わたしは公国も王国も捨てたのよ?」

「それは俺も同じだよ、なあ、公子妃補様。そろそろ、気付いてくれないか? あなたはさっきまでどこにいた?」

「どこ‥‥‥って、それはさっきまでいたところ‥‥‥」

 わたしはどこにいたのかしら。

 確か、家臣を返してそれから公宮に上がろうとしてダメだって言われて‥‥‥?

 誰がそれを取り次ぎしたのかしら、確か衛士にお願いして、待って、あれ?

 そこまで思い出して、アンリエッタはようやく現実に気付いた。

「‥‥‥あなた、イブリン? イブリース様の偽物? 追われていた衛士見習い? なぜ、わたしはここにいるのですか?」

「偽物呼ばわりは心外だ‥‥‥」

 その返事を聞いて、イブリースはほっと一安心した。


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