二人のイブリース
「きゃっ?」
「下がるんだ、公子妃補様!」
「えっ、ええ?」
いきなり、腕をつかまれたかと思うと引き寄せられる。
そして目に入る、飛来してきた矢の群れにアンリエッタは肝を冷やしていた。
それ以上の声がでず、目のまえでまるで飛んで来る矢は自分を殺そうとしていると思える。
人の目では捉えきれない矢を、見えるかのように叩き落とし、斬り捨てていく一人の衛士。
イブリンの勇ましい姿は、婚約者であるイブリースを彷彿とさせた。
この衛士もひょっとして、精霊剣士?
アンリエッタは思わずそう勘違いしてしまった。
「あなた、何? 見えているの?」
「いまは返事する余裕がない!」
「だって‥‥‥」
この広い大陸に十数人しかいないという、かれらにアンリエッタは二人出会っている。
二人とも、自身の血縁にいるのだから当たり前だが、とてつもなく強かった。
祖母や婚約者に匹敵するような強さをアンリエッタは目の当たりにして、言葉を失っていた。
そんな中、イブリンは一度、矢の雨が止んだのを見計らってアンリエッタを抱きしめた。
「ちょっと、何をするの!」
「あとで非礼は詫びる!」
「後でなんて、ちょっと、触らないで!」
緊張で全身がこわばるのを、アンリエッタは感じた。
イブリンは大地に剣の切っ先を叩きこむと、何かを呟いてその場から離れる。
同時に、土そのものが意思を持つように動き、二人を包みこめるだけのボウル状の壁ができた。
「‥‥‥ねえ、あなた、精霊剣士なの!」
「いや、違うな。そんな素晴らしい者じゃない」
「嘘っ? なら、なんでそんな技を‥‥‥使えるの?」
「さてな? これのせいかもしれないな」
けげんな顔をするアンリエッタに、イブリンは指先にある幾つかの指輪をしめした。
それは何?
一瞬戸惑うも、アンリエッタは自分も同様のものを指先にはめていることを思い出す。
これは‥‥‥魔法を封じたものだ。
でもなぜ彼がこれを持っているのかしら。
そんな疑問が頭をよぎった。
「あなた、単なる衛士じゃないわね? まさか‥‥‥わたしを殺しに?」
「どういう飛躍をすればそういう結論になるかな? 残念だが、違う。それに、あんたとは‥‥‥公子妃補様とは俺はなんの関係もない。あの矢も襲撃もあなたには関係が無いことだ」
「でも、現にああやって狙われたではないですか!」
「すまん」
「えっ? なぜ謝るの?」
アンリエッタは納得がいかない。
矢の群れは、確かに自分を狙っていたはずなのに。
どうして彼はそう言うのか。
まるで理解が追い付かなかった。
「あと数か月か、数年は逃げられると思っていたんだがな。巻き込んですまない」
「巻き込んでって? だって矢の向きはわたしに‥‥‥」
ああ、それかと気付き、イブリンは違うんだよ、と言い訳のように言う。
「あなたに向けられたものではないのだよ」
イブリンは緑の宝石がついた指輪をさしだしてみせた。それはもう、中に溜め込んでいた魔力を失ったのだろう。綺麗に爆ぜてしまっていた。
「どういう‥‥‥こと?」
「あなたに向いていると、そう思わせたかっただけだ」
「馬鹿にしているのですか!」
「違う、怒るなよ‥‥‥あれは全部、俺に向かって横から放たれただけだ。それらに、指輪で集めた風を当てて、こちらに向けたんだ。俺じゃなく、あなたに当たる可能性があるようにしたかったからな」
「つまり‥‥‥? あなたは、わたしを囮にしようとした?」
アンリエッタは心が冷たくなった。
一瞬でも、彼を勇壮だと思った自分が恥ずかしくなる。
なんて男性なのだろう、自分を。
女を盾にしようとするなんて!
そう思うと怒りが沸き上げてくるが、いまはそれどころではないことに再度、気付かされてもいた。
「すまない。そうしなければあなたを巻き込んでしまう」
「もう巻き込まれていますけど!」
「だから、悪かった。連中、公子妃補様に当たると思い、いったんやめたはいいが、すぐに再開するだろう見えないが、足音は近づいてくる」
「あなた、一体、何をしたんですか。弓矢まで持ちだす相手なんて、どんな罪を犯したの?」
何を?
イブリンは申しわけなさそうな顔をして、目を敵から離さずに再度、すまないと謝っていた。
「すまないって! こんな状況に巻き込んでおいて?」
「頭を突き出すな、危ないっ」
「えっ、て、きゃっああッ!」
「だから、すまんと言っている! あまり、外を覗くな。まだ狙われているからな」
少しだけ壁の端からでていた衣服の裾めがけて飛んできた矢。
それにびっくりしてアンリエッタは何度も悲鳴をあげていた。