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仔犬のような狼姫

「いいか、様子を見てこい。入り口をノックして、どこか怪しけりゃ、それを報告すればいいんだ。できることなら奥まで入って来い。確認してくるんだ」

「えっと、それはつまり、公子妃補様がご在所かどうかの確認、ですか。班長?」

「ああ、そういうことだ。だが、奥までは入らなくていい。かもな‥‥‥めんどうくさいことは要らん。いないなら、即戻って来い。いるなら、尊顔を拝謁して来い。可能なら、だ。わかったか、新人?」

「はあ、まあ‥‥‥何とかなるでしょうね。行って観察してくるだけですから」

「まあ、その前に蒼狼の騎士につまみ出されるかもしれん。適当にずうずうしくやって来い」

 そんな命令を新人の彼は詰所の端で上司に言われていた。

 黒い帽子、衛士用の槍に黄色の詰襟の上着と白いズボンにブーツ。帯剣と肩からかけているたすきは、衛士の最下層の証明である、白。二十代半ばなのに、十代前半の従僕卒がするのと変わらない格好。彼は自信がなさそうに見えるのに、どこか悠然として上司に返事をする。

「お前、嫌に落ち着いているな? まともな任務でもないのに」

「まとも‥‥‥な任務じゃないんですか、これ?」

「いちいち余計なことを口にしなくていいんだよ。お前、ここに来る前にはどこにいたんだ?」

「田舎です。枢軸の、誰も知らないような小国で親のあとを継いで村の役人をしていましたが、飢饉で家族が死んだので止めて、出てきました」

 ああ、そういや枢軸にはそんな年もあったな、と班長はふと思い出した。

 あれは二年ほど前だったか、こいつも苦労したんだなとその顔を見る。

「二十代前半ならもう少し覇気を出せよ、お前。元気がなさすぎるぞ?」

「すいません、いろいろとありまして」

「いろいろってなあ、これから仕事をするんだろうが。しっかりしろよ」

 新人はまるで、三十代に見えるような苦労をその顔に刻みこんでいた。

 班長は本当に、こいつで良いのかなあ、と頭をかいて不安を顔に表す。

「まあ‥‥‥いかつく見えるのは悪くない。苦労したんだな、任せたぞ?」

「適当に、やってきます」

「そうだ、お前名前は?」

「俺ですか? イブリン・バートンですよ、ルケル衛士長殿」

「そっ、そうか。家名があるのか」

 まともな家名があるじゃないか。家名があるということは、すくなくとも貴族や商人の子弟が学ぶべき常識は知っているはず。

 そう考えたら、班長はこいつに任せてみよう、と思うことにした。

 しくじっても、クビにすればいい。

 ルケルはそう思って、彼‥‥‥曰くありげなイブリンをアンリエッタの元に送り出した。

 イブリンが、彼らの視界からおぼつかない足取りで消えてすぐのことだった。

 アンリエッタが住む館に赴いた彼は、いきなり本命の相手に出会ってしまい、驚いて息をのむ。

「失礼‥‥‥致します」

 アンリエッタは衛士に驚きながらも挨拶を交わすが、もしかしたら自分を捕まえに来た? そう覚えのない不安を胸に感じていた。

「あら‥‥‥こんにちは」

「これは、公子妃補様‥‥‥」

 見慣れない、とういうよりは見たことも数度しかない公国の衛士。その名前が誰かをアンリエッタは覚えていない。

 しかし、公国の人間にしてはどこか品がある感じの衛士が、引いた玄関の先に立っていて、アンリエッタは意表を突かれた。

 どうしよう、いきなりあちらから来るなんて。

 そう思いながらも、言うべきことは決まっていた。

「これから城に行きたいの。家人を全員クビにしたから。何も伝令すら出せないのよ」

「クビ‥‥‥で、ございますか?」

 失礼とは思いながら、イブリンはそっと室内を伺うが確かに誰も気配もしなかった。

 聞いていいことか?

 それとも、気の利いた返事をするべきか?

 一瞬悩んでから、返事をする。

「では公子妃補様、馬車のご用意を致しますからお待ち頂けますか。上に報告してきますので、ところで‥‥‥誰も、どなたもいらっしゃらない? 馬はありますか? 御者は?」

「馬は分からない。全員、辞めちゃったから。どうにもならないわ」

「左様ですか‥‥‥衛士長に確認して参ります。しばし、奥でお待ちを」

 と、その返事にイブリンは呆れながら詰所に戻るのだった。


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