番外編 山口ヤラセ探検隊
なぜ挿絵のために書き下ろさなきゃならんのか……
ヤスオたちがキャンプを引き払った翌日、入れ替わりにとある一団がその場所を訪れていた。
♪チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララっ!
おなじみのBGMをひっさげ現れたのは、いま日本で一番アツいバラエティ番組の取材クルー、山口ヤラセ率いる土曜スペシャル略して土スペこと、その中でもトップクラスの視聴率を叩き出すお化け番組、山口ヤラセ探検隊の一行であった。
(ナレーション:田中◯夫)
『今回、山口隊長がここ、中東の山岳地帯にやってきたのは、この地に生息すると言われる幻の珍獣を発見するためである。その生物は虹色に輝く体毛に覆われ、手に入れた者は億万長者になったり、大統領になったりと、所有者に幸運をもたらす神の使いとして現地人の間でまことしやかに伝えられる。山口隊長はその生物をカメラに収めるべくこの危険な中東の紛争地帯にクルーと共に踏み込んだのだった。だが、そこは一切の人の侵入を拒む地上で最も過酷な場所だったのである。そんな極限とも言える場所へ命の危険も顧みず、探検隊は秘境の奥地へと歩を進める。と、その時である!』
「おい、あれは何だ!?」
『山口隊長が早速何かに気付いた。カメラが大慌てで隊長の後を追う』
「これは……焚き火の跡だぞ!」
『そこに残されていた痕跡に一同は戦慄。こんな荒野に焚き火の跡があるということは、人間がいるということである! 同時に、山口隊長の洞察力にもクルーは驚嘆と共にある種の安心感を覚えていた。が、山口隊長はクルーの安堵を吹き飛ばす、残酷な事実を口にした!』
「ここは原住民、ボボンゲ・モグモグの生息地に違いない!」
『ボボンゲ・モグモグ。それは中東に棲むといわれる原住民である。現代文明とは隔絶され、言葉も通じず、地元の家畜や時には人をも食料にすると噂される未開の部族である。探検隊は幸運の生物を追っているうち、非常に危険な場所に踏み込んでいたのである! 探検隊は山口隊長の指示に従い、速やかにその場所を後にした。人をも食べると言われる謎の部族に出会わないことを祈りながら』
♪チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララっ!
『探索開始から数日、さすがに隊員の疲労も色濃くなってきた。そんな時でも一番に声を上げて隊を鼓舞する我らが山口隊長。と、その時である!』
「うわあああっ! 助けてくれーっ!」
『突如後方の撮影スタッフから悲鳴が上がり、一目散にカメラが向かう。と、彼らの頭上から大量の蛇が降ってきていたのだ! 密林でもないのになぜ蛇が降ってきたのかは分からないが、人跡未踏の秘境ではどんな現象が起きても不思議はない。しかし、この状況下にありながらも山口隊長は冷静さを失わない。こんな時のために連れてきたマングース部隊を放って蛇を迎撃すると共に隊員たちのパニックを鎮め、的確な指示を出して蛇の巣窟から逃げ出す事に成功した」
「よ〜し、蛇はもういないな!? 全員、揃っているか!?」
『あんな危険な状況だったにも関わらず撮影スタッフと隊員の点呼を取り安否確認を怠らない山口隊長。どんな危機的状況にあっても真っ先にスタッフの身を案じる、それが山口ヤラセなのだ。と、ここで重大な事態が起こった!』
「大変です! 音声さんが、蛇に……!」
「何だと!? 毒蛇に噛まれたのか!?」
『焦燥のあまり隊員の主語を欠いた報告でも即座に状況を正確に把握する山口隊長。隊長が駆け寄ると撮影スタッフの音声が足を押さえて苦しんでいるではないか』
「うわあああ! へ、蛇に噛まれたあ! もうダメだあ〜!」
『音声は蛇に襲われた際、たまたまズボンの裾をまくっていたらしく、たまたま露出していたふくらはぎを毒蛇に噛まれたらしい。果たしてそこには、安全ピンで刺した跡のように2箇所、血がわずかににじみ出ていた。これは間違いなく蛇の牙の跡である。番組始まって以来の危機。このまま撮影スタッフの死亡という大事件と共に番組は終わってしまうのだろうか。隊員全員が絶望しかけていたその時であった!』
「ええい! どけ! 俺に任せろ!」
『なんと山口隊長がなぜか上着を脱いで音声の足から直接毒を吸い出し始めた。こんなことをすると口に口内炎や虫歯でもある場合そこから毒が侵入して死に至るのだが、我らが山口隊長は探検家として常に健康管理に気を遣い、虫歯は一本もないのであろう。この隊長の命がけの応急処置にスタッフ一同はただ黙って見守るしかできない』
「よ〜し、毒はだいたい吸い出した。これでもう大丈夫だ!」
応急処置も済み、音声の足には包帯が巻かれ事なきを得た。命がけの探検に身を投じながらも、常に人命第一の山口隊長にスタッフ一同は胸を打たれ、もらい泣きする隊員たち。そんな隊員に気さくに声をかける隊長。この細やかな心遣いが、今までの過酷な探検を成功させた秘訣なのかもしれない。隊は九死に一生を得、覚悟も新たに探検を続行するのだった』
♪チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララっ!
『幻の生物がいるエリアには到着したものの生物の気配はない。数日間捜索するも成果はない。このまま探検は終わってしまうのか? そんな不安がよぎる中、たまたま回っていたカメラの前に一匹の小動物の影が!』
「隊長! 生物です! 生物がいました!』
『現れた生物は素早く逃げまわり追いかける隊員の間をすり抜ける。山口隊長も加わり必死の捕獲劇が続く。ここまできて逃すわけにはいかない。スタッフも捕獲に加わり謎の生物を追い詰める。すると隊員の1人がついに生物を取り押さえた! カメラが駆け寄ると隊員が一匹の小動物を脚で踏みつけ身動きが取れないようにしていた』
「よ〜し、よくやった! お手柄だぞ!」
『隊員の大活躍に労いの言葉をかける山口隊長。動物はいまだ隊員の足の下で唸り声を上げている。相手は未知の生物、どんな危険が待ち受けているか分からない。山口隊長はスタッフを下がらせ動物の調査に入る。調査の結果、捕獲した生物はクオッカワラビーという生き物であった。探検隊が追い求める生物もこのクオッカワラビーなのだが、今回追っているのは全身虹色の体毛に覆われている奇跡の一頭なのだ。珍しい生物には違いないが、目的の生物ではないことに落胆しつつ捕獲したクオッカワラビーを開放。逃げてゆくその後ろ姿は山口隊長に感謝しているように見えた』
『普通のクオッカワラビーは発見できたものの、それ以降はまったく生き物の気配はない。やはり今回の探検は失敗であったのか。番組始まって以来、未発見のまま終了になってしまうのだろうか。だが、撮影スタッフが大慌てで山口隊長のテントに入ってきた。どうやら設置した罠に幻の生物がかかっていたらしい。隊長は隊員と共に罠の元へと向かう!
そこでカメラが捉えたのは、紛れもなくケージの中で唸り声を上げるクオッカワラビーであった! その全身は虹色に輝く体毛に覆われ、まさに伝説の通りの姿をしていた! その信じられない姿を、ついに探検隊はカメラに収めることに成功したのである!』
『山口隊長は隊員、撮影スタッフを労い、所有するものに幸福をもたらすという幻の生物は自然に返すことにした。探検隊の目的は世界に眠る謎の解明であって、一攫千金などではないのである! こうして探検隊は中東の秘境を後にし、帰国の途についた』
『当番組の視聴者には信じられない人もいるかもしれない、ヤラセを疑う人もいるかもしれない、動物にラッカースプレー噴きかけただけだと嗤う人もいるかもしれない。しかし! 山口隊長以下、隊員及び撮影スタッフたちはまさに命がけの探検に挑み、死と隣り合わせの秘境へと飛び込んだのは紛れもない事実なのだ! その彼らの行動が事実か否か、その判断は視聴者ひとりひとりの良識に委ねられているのである!』
♪チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララ〜、チャララっ!
※ なお、検索したところによるとクオッカワラビーはオーストラリアの固有種とのことで中東には生息しないと思われます。
たぶん番組で捕獲したのはペットとして飼われてた個体が逃げ出したものでしょう。




