第28話 アントンマンを待てない
「なんということだ。ハカセまで中東へ来ることになってしまったとは」
「はやっ! もう到着したのかよ! いくら何でも端折りすぎだろ」
「しーっ! そう正直に言うんじゃない! 途中で空軍に追われたとか置き引きに遭ったとか、ちょっとは危機的な展開でもあったっぽいコメントをしてくれ」
二人はすでに中東の山岳地帯に到着していた。わずか数キロ向こうにはブーブルアースで調べたテロ組織のアジトと見られる山も見える。
「そんなこと言われてもなあ……実際なんもなかったし、ただアントンマンにしがみついて飛んできただけだし。そういやあのアントンマンのオッサンの姿が見えねえぞ。一体どこ行っちまったんだ?」
ヤスオが辺りを見回す。いつのまにやらアントンマンが姿を消していた。
「ああ、アントンマンはたしかこの国、ハンセンスタン王国にアントンハッスルとかいう食肉加工会社を持ってたはずだ。たぶん来たついでに会社の様子でも見に行ったんだろ」
「ずいぶんいい加減なオッサンだな。公私混同も甚だしいわ。政治家には絶対なってほしくないタイプだぞ。てゆうか諜報部のトップエースが会社経営なんかやってて大丈夫なのか?」
「映画の見過ぎだ。諜報員が一匹狼のアウトローなんてのはフィクションの出来事だ。真に有能な諜報員とは、違和感なく社会に溶け込み、決して目立たず、社会的信用も得ていてる場合がほとんどなのだ」
「まあ言われてみればそんな気もしなくもないが、アントンマンのオッサンに限って言えば違和感バリバリだぞ。スーツ着て街歩いてたら誰でも注目するぞ」
「そこはそれ、持って生まれたカリスマ性は如何ともしがたい。まあ心配はいらん。アントンマンとは後で合流する手はずになってる」
「なんかもうすでに逃げてるような気がしてしょうがないんだが……ここまで来ちまったからにはその言葉を信用してやるよ。とにかくこっから俺とお前は一蓮托生だ。タイヘーンを取り戻すまでは嫌でも協力してもらうぜ」
「当然だ。タイヘーンがなければハカセの立場もエデンの存在も危うくなるからな。ついでにアツ子ちゃんとの関係も清算しなければならなくなる。まあそれは別にどっちでもいいんだが、やっぱり面倒は極力避けたい。ハカセの経歴には一点のシミもあってはいけないのだ。タイヘーンを奪還し、全てをなかったことにするためならこのハカセ、犬馬の労も厭わぬつもりだ」
二人がそんなことを言い合ってると、どこからか車のエンジン音が聞えてきた。




