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「なあ、どこに向かってるんだ?」
森を出てお着換え騒動があって暫くトモコの後ろを歩き続けてどれくらい時間が経っただろうか。
徐々に怒りのオーラが収まってきている気がしたので、声を掛けてみる。
「え?」
「え?」
「ルイが知ってるんじゃないの?」
『何を言っているんだこいつ』みたいな顔で見られた。
「え、いや、だってトモコが先をずんずん歩いてるんじゃないか。俺はついて行ってるだけなんだけど。」
「え、あ、そっか。勢いよ勢い。間違ってたらルイが教えてくれると思ってたし。っていうか城の外に出たことない箱入り娘に道案内を期待しないでよね。」
「ん~そっか~。俺もこの森の外に出たのは一度だけだからな。しかも、あの時はユイって姫さんの馬車に乗って、物珍しくて興奮してたからさ。」
なんと、いきなり行き詰ってしまった。
因みに森を出たと言っても背後の森以外、周りは見渡す限りの草原だ。
馬車に乗ったときも酷く揺れたのを覚えている。
でも、途中から道に乗ったので揺れが小さくなったはずだ。
「多分どっかに道はあるはずなんだよね。ちょっとこうやって見ていても分からないけど。」
「誰か人とか通らないかしら。」
確かにそれなら道を教えてもらえばいいからな。
辺りをぐるりと見てみたけど、全く人はおろか獣すら見えない。
このままでは埒が明かない。
「しょうがないなあ。ちょっと待ってろよ。」
俺は足に魔力を集中して脚力を強化すると、真上に飛び上がった。
幸い、草原の先の方に馬車の一団が見えたのでそこには道があるはずだ。
「よし、あっちに行けば道があるはず。馬車が見えたから一緒に行かせてもらおっか?」
「相変わらず無茶苦茶な身体能力ね・・。どれくらいで馬車に追いつけそう?」
「う~ん、俺が走ればあっという間かな。トモコの足に合わせると、多分引き離される。」
観念したトモコを腕に抱いて馬車が見えるところまで一気に草原を駆け抜ける。
流石に今回は事前の覚悟もあったし、飛んだり跳ねたりしなかったのでトモコも大丈夫だったようだ。
相手に警戒心を抱かせないためにちょっと遠目でスピードを落として近付いていく。
馬車は全部で10台も連なっており、まるで蛇みたいだ。
2頭立ての馬車が10台というだけでもかなり迫力があるが、前後左右を並走する馬に乗って武装した騎馬が8頭もいるのも実に壮観だ。
取り敢えず道を聞こうと隊列の横で並走している騎馬に声を掛ける。
ガラガラと馬車を引く音で結構うるさいので大きな声でだ。
「お~い!お~い!ちょっと教えてくれ~!」
すると、乗っていた男は流れるような仕草で弓に矢をつがえてこちらに狙いをつけながら馬を止めた。
「何者だ!?」
俺は慌ててトモコを下ろして背中に庇うと、両手を上げて害意がないことを示す。
「驚かせてしまったなら謝る。俺たちは道に迷っているから道を聞きたいだけだ。」
「迷ってるだと?こんな一本道でか?益々怪しい奴だ。」
矢は下ろしてくれたものの、いつでも抜けるように剣の柄に手をかけながら首にかけていた笛を吹くと、馬車が一斉に停止してどこからか2騎近付いて来た。
「ルイ・・・どうしよう・・・」
か細い声でトモコが背中の服を掴みながら呟く。
「大丈夫だよ。別に何も悪いことしてない・・・はず・・・」
今なら分かる。
どれだけ自分たちが怪しい奴だったか。
俺たちは見渡す限りの草原を突っ切る街道をロクな装備もせず荷物も持たずに若造と女の子の2人っきりで迷っていると言ったんだ。
普通なら食料や水筒、身を護る武器防具に狩りに備えての弓矢、寝具等を身に着けて旅をするものだ。
まして、いつ何時盗賊や動物に襲われるか分からないから通常ある程度纏まった数で動く。
そして何より、服が綺麗過ぎた。
いくら街道とはいえ、草が少ないだけで土だらけの道を徒歩で旅をしたら、それなりに服には土埃が染みついて汚れるものだ。
それらを総合して、『怪しい奴』と断じた騎乗のおじさんの目はかなり正しかったのだ。
「怪しい奴、名を名乗れ!」
「俺はルイ・・・こっちはトモコだ。本当に道に迷って困っていただけだ。道を教えてくれたら直ぐに行くから手荒なことはしないでくれ。」
「どこへ行きたいんだ?」
「町へ行きたい。俺たちはずっと人里離れた森の奥で暮らしていたから、どこに何があるか全く分からないんだ。」
「森の奥だと?そんな小奇麗な格好で森に住んでいたというのか?」
「普段から着てたわけじゃないよ。外の世界に出るために初めて着たんだ。」
「お前たちだけで暮らしていたというのか?」
「育ててくれたのはじいちゃんとばあちゃんだけど、こないだ死んじゃったから遺言で外に出ることにしたんだ。」
こうやって余計なことを言わないように気を付けながら正直に目的を話していくうちに、徐々に相手の警戒心が薄くなっていくのが分かった。
「良いだろう。警備の関係上一緒に同行させるわけにはいかないが、俺たちが向かっているのは王都マヤトで、反対に行くといくつかの農村と港町オーマがあるな。行ってみると良いだろう。」
「ありがとう。」
お礼を言って立ち去ろうとする。
「あ~おい、ちょっと待て。お前たちそんな軽装では危ないぞ。」
そう言うと男は馬から降りて何やらゴソゴソとした後、俺に大きな動物の皮で出来た袋を渡してきた。
「少ないが水と干し肉とナイフと路銀を入れておいた。妹を大事にするんだぞ。」
「え?こんなの貰ったら悪いよ。俺大丈夫だって。」
「馬鹿野郎。お前のためじゃない、妹のためだ。それにな、子供は大人に遠慮なんかするもんじゃねえぞ。」
そう言って荷物を俺に押し付けて、さっさと馬に乗って周囲にも異常がないことを告げて行ってしまった。
「悪いことしちゃったな。。。。でも、かっこよかった。」
初めて家族以外から受けた善意に胸が熱くしながら、俺達は王都を離れて港町オーマを目指して歩き出した。
アッテ家家訓
『完全個室マイスペースは存在そのものを隠すこと。見つかったら面倒は避けられないのだから。』