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「さて、これからどうしようか・・・」
思わず口を突いて出た愚痴に隣で休憩していた少女がピクリと反応した。
こちらを窺うその瞳には怯えの色が濃い気がする。
俺は落ち着かない気持ちを静めるために火を熾し始めた。
『怒りや悲しみ、動揺なので気持ちが落ち着かないときは温かい飲み物を飲みなさい。』
という死んだばあちゃんの優しい声が聞こえるようだ。
俺が死んだじいちゃんとの修行が進まずにやけくそになった時とか、怒られて泣いている時とかに必ずばあちゃんがお茶を煎れてくれた。
ついでだから、さっきからキョロキョロと落ち着かない様子で家の外を警戒している彼女の分も煎れてあげよう。
「ほら、飲めよ。落ち着くぜ。ここは安全だから心配するな。」
木をくりぬいただけのコップに素焼きの薬缶で入れたお茶を注ぐ。
薬缶の中には気分が落ち着くハーブを乾燥させた葉っぱが入っていて、注ぐと共に良い香りが部屋中に広がった。
「ありがと。」
ようやく席に着いた俺達はお茶を同時にすすり、体中に染み渡る温かさと鼻をくすぐる香りにホウっとこれまた同時にため息を吐いた。
温かいお茶には気持ちを落ち着かせる不思議な力がある。
ばあちゃんが煎れてくれるお茶には同じ茶葉のはずなのに何故か味も香りも及ばないが、それでも暫くぶりの我が家でお茶を飲んだことでようやく気持ちが落ち着いてきた。
「ふぅ・・・キャメールのハーブティーなんて・・・いえ、暖かい飲み物なんて何年ぶりかしら。」
少女は目を閉じて感慨に耽りながら少しずつお茶をすすっている。
「俺のばあちゃんが残してくれた茶葉だ。ばあちゃんが煎れた方がずっと美味いけどな。」
「ううん、とっても美味しいわ。何だか生き返った気分。」
少女が柔らかく微笑んだ。
その柔らかい表情にドキリとする。
初めて会った時はまるで話に聞く死霊か幽鬼のようだったのに。
そう、あれはほんの1週間程前。
マヤト王国王都の地下牢での話だった。
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俺が何で地下牢なんてところにぶち込まれてしまったのかは後で語るとしよう。
森の奥深くでひっそりと1人暮らしをしていたところに女2人が闖入してきて、帰るに帰れないというから送り届けてあげたんだ。
森には結構色々な獣たちが出るから、大して強くもない女2人組では森を出る前に餌になって終わりなのは明白だった。
我が家に来る前には沢山いたらしい護衛が来る途中で全滅してしまったことからも、それは火を見るよりも明らかだった。
どうせ1人で暇だったし、あわよくば嫁にと思って保護して飯も食わせて彼女たちの家まで護衛したので大変感謝されて親父さんにお礼を言われて話をしていたら、急に親父さんが怒り出して気付けば地下牢に入れられていた。
なんか偉そうなおっさんでムカついたし暴れちゃおうかとも思ったけど、娘の方をあわよくばと狙っていたので暴れ時を見失って、気が付けば大人しく捕まってしまった。
どうせいつでも逃げられるし、せっかく人里に出たんだから何でも経験かな~なんて思っていたのもある。
手足に枷をはめられて地下深くの窓もない小さな部屋に閉じ込められた。
壁と言ってもゴツゴツとした岩で、ドアの代わりに鉄製の棒が格子状になった牢屋だ。
『これが物語で聞いた地下牢か~』なんて思って最初はちょっとワクワクしたけど、実際に入ってみると楽しいことなんて何もなかった。(物語の中でも楽しそうではなかったが)
食事は不味いし少ない上に、糞尿は壺に溜めて何日かに1回だけ回収されるという最悪の環境に早々に出ていこうかと考えていた。
だけど、そんな時斜め向かいの牢から声が掛かって思いとどまった。
見張りはどうしたかって?
こんな悪臭漂う空間に見張りがいる訳もなく、階段の入り口を外から見張っているということらしい。(これもその声の主からきいたことだが)
声の主は『トモコ』と名乗る目の前にいる少女だった。