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恋患いと悪い蟲  作者: 砂七布巾
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其ノ五 恋患いと先生と焼肉屋

やった、やったぞ!シリアスパートを抜けました。゜ヽ(゜`Д´゜)ノ゜。

戻ってきた先生と助手のだらしない調査にご期待下さい!

――あれからも私達(実際には一人だけど)は夜な夜な狩に出かけた。


 少しずつ捕食に慣れていくうちに、もう私は思い出や幸福感だけでは満足できなくなっていた。


 自己嫌悪と罪悪感は、一時ひとときの間だけ私の足を止めるも、虚無感と得体の知れない焦燥感はそれを麻痺させた。


 私の胸の痛みは『もっと、もっと』と、餌食を求めたのだ。


 今まで受けた世界の理不尽を、傾いたままだった幸福の天秤を元に戻しただけだと自分に言い訳した。


 罰を受ける事もなく、のうのうと暮らす他人に悪意を振り撒く連中が善良な人達に害をなす前に間引いているのだ。


 そうやって私達は狩を続けていた。


そんな日々の中で私は診療所へと辿り着いたのがあの事件(藪診療所強盗未遂事件)の発端であった。


そして、今夜も私達はまた夜の街に紛れ込む。


「もー! カマトトぶっちゃって! 嫌よ嫌よも好きのうちってねー!」


 ワタシは上機嫌に夜の街を歩く。


 夜の闇に爛々とその瞳を輝かせるのであった。





 一方、その頃夜の街の片隅では先生の苛酷極まる調査が始まっていたのである。


 香ばしく立ち昇る白煙の向こうでは、時折上がる火で炙られ、油ギッシュに顔をテカらせた先生が辛辣しんらつな顔をして、重々しくその口を開いた。


「貧ずれば鈍ずる。 お金の事ばかりを考える事は非常に疲れるし、ナンセンスではある。 が、しかし、思わずには居られない事も真実である。」


「ええ、先生。 忘れる事(お金を)なんて出来やしません!」


「うむ。 金は魔物であり、そこには天使と悪魔が混在しているのだ。 ヤツは人を一瞬にして変えてしまう。 他人ひとの心さへ、ともすれば買えてしまうのである…。 そんなに悲しい事が他にあるかね…。」


「いいえ、ありません! あってはなりません、先生!」


「君は、本当に素直な奴だなあ」


「これも全ては先生の教えの賜物たまものでございます。 主は我らと共に、アーメン」


「君は本当に素直だなあ」


 じうじうと焼ける牛肉によだれが垂れる。


 その刹那、箸と箸が交差し火花を散らす。食うか食われるか、否。食われてたまるものか。


 表面上の和平のその水面下では、貼って付けた笑顔の下で何が起こっているのかは事が起こるその一瞬まで分からないのである。


 勝ったと思った方が負ける。


 私は静かに全身全霊を箸に乗せた。


 来るなら来い、来ないなら来なくても良い。時は満ちた、今こそ我が満腹中枢をダルンダルンにすべき時である。


「今っ!!」


 私は獲物を狩る翡翠カワセミの如くカルビを摘まんだ。


 しかし、先生はいくさの最中にその瞳を閉じた。


 おかしい。何事か。


 そして先生はおごそかに呟いた。


「…怪しい。 実に怪しいとは思わないかね?」


 不味い。私の計略がバレたのか、いや、そんな事はない筈である。


 私は平静を装ってカルビをもう一つ摘まんだ。


「はい、先生。 怪しいに決まっております」


「そうだとも。 君、肉をただ焼いただけでこんなに美味い訳は断じて無い筈なのだ!」


 違った。先生は肉の美味さを疑っていたのである。


 先生は興奮気味に涎で口の端に泡を吹きながら箸をカチカチと蟹のように鳴らす。


 私はハッとした。そして自分を恥じた。


「はい、先生! 焼けば焼くほどに硬くなり不味くなるものこそが本物です」


 私はおまものたぶらかされていたのだ。


 先生こそが私のモーゼである。そう、これは導きであった。


「そうだとも! では、この焼いても焼いても柔らかく、口の中で溶ろけるこれは一体なんだね?」


 私はさらにハッとした。そう気付いてしまったのだ。


「先生、それは…し、幸せかもしれません!」


「なんだとっ!! ではまた調査は失敗か。 我々はここに幸せを探しに来た訳ではない。 では、即刻次の調査に向かう事とする。 いいか! 君! この後は別行動である!!」


「しかし、先生! このままでは、先生の腹が(食い過ぎで)破裂してしまいます! どうか今日はこれまでに」


「いや、ダメだっ! 患者が私を呼んでいる!」


「おお、モーゼ!」


「え?」


「いえ、先生。 ではお身体にはくれぐれも気をつけてください」


 不本意ながら我々は腹を満たし、幸せを見つけてしまった。しかし、何故焼肉屋で、何を調べる為の調査だったのかは私には分からなかった。


 先生モーゼは悔しそうにゲップをし、奇しくも降って湧いた調査費を浅ましく守ろうとはせずに一人の患者の為に満腹の腹にムチを打ちネオン街へと消えていく。


「私は清廉潔白せいれんけっぱくな医者である為、これから夜も眠らずに健気にも働く女史達に少しの寄付をしなければならない。 しかし、これは調査において非常に重要な部分である、なので私はきっと朝まで帰れない事になるだろう。 しかし、案ずる事はない、君は君で頑張ってくれたまえ」


「はい、先生。 では、私は何をすれば?」


「うむ、そうだなあ…うん。 案外好きな様に過ごしておけば勝手に物語は進むであろう。 これで好きにやりなさい」


「おお! モーゼ!!」


「え?」


「いえ、分かりました。 では先生!」


私は久々の焼肉の余韻を牛の様に反芻はんすうし、香ばしく匂い立つニンニクと炭の匂いを漂わせながら帰路をふらふらと歩いたのだった。

明日も投稿する(絶対ではない)( ´_ノ` )

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