其ノ四 恋患いと私とワタシ
シリアスパート長い!。゜ヽ(゜`Д´゜)ノ゜。
でも、あとちょっとだから!( ´ཫ` )グハァ
――彼女は生まれて初めて化粧を施された。
少しずつ変わっていく自分の姿に息が止まった。
まだ幼かった少女の顔からは次第に幼さが消えて、大人の顔へと変化していく。
眉は細くきりりと整えられ、目は不思議な憂いを帯び、赤く塗った唇は艶めかしく色を湛えていた。
鏡の中には最早別人が座っているようであった。
――私は自分の姿に見惚れていた。本当にこれが自分の姿だとは到底思えなかった。そうして、じいっと見つめていた鏡の中からワタシが私にウィンクをしたのである。
「え?」
私は驚いて我に返った。
◯
「アレは私で、私は…あ、あれ?」
訳が分からなかった。が、しかし、鏡の中のワタシは慌てる私を見て楽しそうに微笑んだのである。
釣られて私も笑ってしまった。そして、ハッとする。
化粧をしている所を動けば叔母に叱られる。
「すいません…」
私は俯き殴られる覚悟をした。しかし、いつもなら直ぐに訪れる痛みと衝撃は、いつになっても訪れる事は無かった。
不審に思って私は薄く目を開ける。鏡の中のワタシと目が合った。
鏡の中のワタシはまだクスクスと笑っている。それを叔母が叱っていた。
「え?え?」
私は頭がこんがらがってしまった。
鏡の中のワタシは、茫然とそれを眺める私(きっと酷く間抜けな顔をしていたんだろう)を見て堪えきれずに吹き出した。
そして、頬を張られた。
思わず目を瞑る。しかし、私の頬は無事だった。そこでやっと私は自分が鏡の中に居る事に気が付いた。
そして私はまた驚いた。
ワタシが叔母の頬を張り返したのである。更にあろう事か、叔母にワタシが接吻をしたのだ。
「えええ! な、なな何…し」
「何って? キスじゃない?」
あまりの事に狼狽える私に向かって、さも当然の事のようにワタシは言う。
「え! あ、うん。」(そうだけど、そうじゃなくって…)
「大丈夫、大丈夫! ほら見て」
叔母はあまりな事の顛末に、茫然自失し、驚いた顔のまま固まってしまっている。
ハッとして私は言った。
「違う! 違う、早く逃げて!」
「なんでよ。ていうか逃げるって何処に逃げんのよ?」
そこで私は逃げる場所など無い事を思い出した。そうだった。行く当てなど、とうの昔に無くしてしまった。
「ごめん、何処にも行けない…」
逃げる場所なんか無い。
「だよねー、てかさ、ずうっとそうやって色々諦めるのもうしなくっていいよ!」
「え…?」
ワタシはそう言うと、もう一度叔母に接吻をした。
そして、重ねた唇を少しだけ離した。
すると叔母の口から白い靄の様なものが現れ、それをワタシが吸い込んでいく。
その瞬間、ナニカが生温かく私の喉へと流れ込んだ。
私は心の奥へと消えかけていた自分の感情を思い出していた。
嬉しい、楽しいといった感情が蘇る。代わりに不安や虚無感が消えていった。
その度に恍惚とした満足感が胸をじんわりと充していく――
《祭屋台の林檎飴》シャリシャリ甘ク酸ッパイ。
《夕暮れ、自転車、汗の匂い》マタアシタ、マタアシタ。
《花束、指輪、教会》オメデトウ、アリガトウ。
――ふと、そんな感覚に紛れて不思議なイメージが断片的に浮かんでは消えた。
見た事も無い、経験した事もない様な事が幸福感と共に、実体験の様に私の脳裏に焼き付いた。
新鮮な知識程その快感は格別だった。
「やーっぱり! 悪党の心は別格だわ! 善人はアッサリし過ぎてダメだねどうも味が薄いもの」
そんなワタシの声で私は我に返った。
「え…? 何? 何がどうなったの?」
「うん? ああ! そうだよね。分かんないよねー、食べたんだよ。この女の今まで溜め込んだ幸福を」
「へ?」
「ああ、まあ、なんて言うんだっけ…。ああ! 『思い出』ってやつ? それを全部食べたんだよ、美味かっただろ?」
ワタシはなんともない様に、今朝食べた朝食のメニューを思い出す様な素振りでそう言った。そして続ける。
「あたしの主食は人の心なのだよ、そしてあたしは綺麗好きだ! なので喰い終わった残飯はホイなのだ! うぅーーー、いぇい!」
ワタシは戯けて、まるで魔法使いの弟子がその稚拙な魔法を、床に転げた箒にかけるかの様に、床にへたり込んだ叔母へと手をかざした。
――すると、叔母は急に立ち上がり、化粧台の上にあった鋏を手に取ると虚ろな目をしたまま部屋を出て行った。
その後、叔母は叔父を刺して、鋏で自らの喉を裂き自殺した。
◯
会場のホテルは一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。
刺された叔父は救急車へと運ばれ、その現場に居合わせた見合い相手も卒倒し運ばれた。
叔母は突発的な心神喪失による狂行とされるも、既に救急隊員が到着する前に事切れており、被疑者死亡のまま事件はあやふやにその幕を下ろしたのであった。
――あれから私の生活は一変した。
叔父の入院中に私の世話と称してやって来た見合い相手。
ワタシの手引きにより屋敷を抜け出して歩いた夜の街。
彼女の容姿に当てられて寄ってくる有象無象は格好の餌食となっていった。
それは宛ら、誘蛾灯に群がる羽虫が蜘蛛の巣へと自らの飛び込む様で、彼女はそれを嬉々として捕食した。
その度に私は恍惚とした夢の中で、今迄の自分がゆっくり溶けていく様な感覚に身を任せた。
そして毎夜捕食が終わると、全ては夢であったかの様に私はいつの間にか入ったベッドの上で目を覚ますのであった。
そんな日々から少しして叔父が退院し、私は見合い相手の男が自殺した事を知る。
叔父はあの事件以来、何かを感じ取ったのか、更に自殺者が増えた事により私を薄気味悪がり、直接何かを言ってくる事も無くなった。
その事だけ見れば(普通に生活できるようになったことを思えば)良かったと思う反面、人が更に死んだと言う事実に私は困惑した。
私は自分が怖くなった。
「どうして見合い相手も死んだの? あなたが殺したの?」
私はワタシに尋ねる。
「え? 急にどーしたの?」
ワタシはキョトンとしたまま、鏡の向こうで眠たそうに欠伸をした。
「ちゃんと答えてよ!」
「え? なんで怒ってんのよ、まあ…いいけどさ。うーんとね、それはあたしが『心』を食べたからだよ? たぶん?」
ワタシは事もなさげにそんな事を言う。
「幸福感、もとい思い出だけならまた人間は作り出せるけど、あの時は…ああ、えーっと。叔母と見合い相手はあんたにちょっかいかけるからさ、『欲望』ごと喰ってやったんだよね」
「分かんないよ! そんな事言われても。私は知らない間に人を殺したって事なの?」
益々、分からなくなっていく。私はワタシが怖くて仕方なくなっていた。
少なくとも、もう既に私は、私は…。
二人の人を殺してるのかもしれない…。
「なんであんたが怒るのよ? 良いじゃん別に、他人がどうなったって。そのままだったらウチらが殺されてたかもしれないのにさ!」
ワタシは心底分からない様な顔をして続ける。
「とりあえず、ちゃんと答えるけど、さ。 欲望を丸っと全部喰ったんだよ。人間は欲と一緒に生きてるわけだからさ、欲が無いと生きれないんだよ。 例えばさー、お腹が減ったからなんか食べたいとか。疲れたから眠たいとか。 ヤリ…あーこれは、まーあれだ、あれだけど…。要はそういう欲望が重なり合って人間は生きてるって事になってるわけでー、叔母はまあ、かなりイラッと来たからアレだけども。見合い相手は知らないよ? 勝手に死んだんでないの? 人間なんて腐る程いる訳だし、一人や二人減ったって変わんないでしょ? それに何があったってあたしがあんたを守ってあげるからさ!」
そんな事よりさ、今日はどうしょっか?等とワタシは言った。
それから私は、捕食を拒み、ワタシにもさせなかった。
忘れよう。何もかも、知らないフリしていられれば、もう普通に暮らせるんだから。
そうやって私は日常に戻ろうとしたのだ。
でも、そんな日々は長く続かなかった。
日が経つにつれてあの感覚を思い出し、その度に胸が苦しくなった。
それからは、直ぐだった。何日も苦痛に耐えられる筈もなく、私達は夜な夜な屋敷を抜け出したのだった。
コンスタントに書いてる人はどうやって書いてるんでしょうか、凄く尊敬する反面、恐ろしくもあります。筆速い人すごい((((;゜Д゜)))))))