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恋患いと悪い蟲  作者: 砂七布巾
2/7

其ノニ 恋患いと先生と女の子

心が夏バテ気味です( ´_ノ` )

やる事あるとあるだけダラけてしまう…( ´ω`)


 ――私は、勝ち取った。やっと、勝ち取ったのだ。


 お給金を握りしめ、私はひとしきり勝利の余韻に浸ってから、フレンチにしようかエスニックにしようかと、本日の晩ご飯に想いを馳せる。「あ、久々にパクチーが食べたい」とメニューが決まった所で入口の扉がガタガタと鳴いた。


「すいませーん、あのう…すいませーん! 大丈夫ですかー? 何かあったんですかー?」


 シンと静まりかえる診療所には、鈴を鳴らす様な少女の高い声と、啜り泣く中年男性(せんせい)の湿っぽい声が響くなんともブキミな状況に陥った。


 二、三秒の沈黙の後で先生がボソッと「大丈夫…じゃないでふ。」と呟いた。


「え、えっ!?」と言う声の後、扉が勢い良く開き、同時に女の子が駆け込んで来た。


 肩より少し長めの黒い髪が、西日の切れ端に燃えてキラキラ光る。慌てた彼女の動きに一つ遅れて愉しそうにそれは跳ねた。


「どうしたんですか! 大丈夫ですか?!」


「大丈夫じゃない、大丈夫じゃない…」


 啜り泣く中年男性に、慰める女の子。


 それはさなが月九ゲツクのドラマのワンシーンの様であった。



 ・・・二十もある歳の差を乗り越えるハッピーエンドに憧れる彼女、ラブロマンスは、しかし現実は、残酷でその後待ち受けていたのは介護生活。


 早々に先生は呆け、深夜徘徊を繰り返す不良中年と化し、彼女の事をなぜか「トメさん」と呼ぶ様になった。


 恋の魔法が解けたその時、新たに始まるのはサスペンスドラマである。


 先生の介護で苦しむ彼女へ、若いイケメンの担当医が優しい言葉で口説き寄る。


 多額の生命保険をかけられた先生は、晩飯のお使いに青木ヶ原の樹海へと秋刀魚を買いに出かけ、そこでうっかり食べてしまった毒キノコのせいで笑い死にしてしまう。


 そして始まるは、愛の逃避行。


 それを追うトレンチコートの渋い刑事、箱根温泉で繰り広げられる愛と狂気のメロドラマ。


 女の涙は甘い罠。嗚呼!愛のバカヤロウ・・・。



 ――などと、私が妄想のサスペンスドラマを膨らませている間に状況は悪化の一途を辿って行く。


 めそめそしながら呻く中年せんせいに状況が飲み込めずに混乱する女の子、さらに泣く中年。


「ど、どこが大丈夫じゃないんですか? ん? ん?」


「フィ、フィ、フィアットが…」


 噛み合わない会話は誤解を招き、さらにその誤解は混沌を生み出していく。


 世界初のオートメーション化に成功し、量産されて行く混沌はこの診療所を埋め尽くし、果ては宇宙規模のカオスがこの空間を占拠しようとしていた。


 私はその危機をいち早く察知し、愛しのパクチーの元へと急ぐことにした。


 先生はこのまま謎の少女と共に亜空間へでも転移すれば良い。そしてこの物語はこれから繊細微妙な美食と戯れ、全国津々浦々の美味しいエスニック料理店を紹介する私のグルメ行脚の旅に成り代わるのだ!


「アディオス、先生。Que ()sera (セラ)seraセラ


 しかし、焦りは禁物である。


 ここで万が一にも彼女に見つかればこの事態に巻き込まれる事は明白である。


 幸いにも彼女はまだ私の存在に気が付いてはいない。私は腰を低くして、一歩、一歩と、慎重に後ずさる。


 不意に、かかとへ違和感を覚えた。


 さっきもぎ取った車のミラーである。


 先生の怨念か、はたまた車の仕返しか。私はバランスを崩し、もんどりを打ってひっくり返った。


「ぐえっ!」


「誰! 誰か居るんですか?」


 くそっ、気付かれた。私は脊椎反射で盛りのついた猫のフリをした。


「にゃーお?」


「猫ちゃん?」


「違う、猫じゃない」


 が、しかし、上手くはいかなかった。


 しかしながら依然として、彼女からは車の横でひっくり返っている私は見えていない筈である。「どうする?どうすればいい?」などと仰向けのまま悩んでいる間に何を勘違いしたのか、女の子は叫んだのだった。


「はっ! 強盗!? 強盗にあったんですね?」


 彼女は先生に尋ねる。


 先生は未だにめそめそして、何かあうあう呟いている。


 その時、彼女の勘違いは確信へと変わったのである。


「た、たたた、大変! 警察、警察ー! あ、百十番(110)!」


 不味い、これはマズイゾ。


 私は慌てて声を上げ、急いで起き上がった。


「違う! 違う、大丈夫! 私はここの助手です!」


 急に現れた私に驚いて、彼女は悲鳴を上げながら携帯電話を放り投げた。そして事態はさらに混沌を極めたのであった。





 その時既に、緊急電話は繋がっており、オペレーターが「事件ですか?事故ですか?」と尋ねるより前に女性の悲鳴と共に通話が途切れた事により、事件性が極めて高いと判断されたのである。


 十分もしない間に、診療所周辺はお祭り騒ぎとなったのであった。


 啜り泣く中年男性に寄り添う少女、ボロボロの車、そしてその横に立つ私。どう見ても犯人とその被害者の親子である。


「違う! 違うんです!! 誤解です誤解なんです!!」


 必死で無実を訴える私の声は虚しくも喧騒に掻き消される。


「動くな! 両手を上げなさい!」


 警官の物々しい声が響いた。


 不穏な気配を察知し、あっという間に集まって来たご近所の方々は口々に「あたしはずっとここが怪しいと思ってたんだよ」とか「時々奇声が上がってました」などと警察官に話している。


 事実ではある。


 事実ではあるんですが、誤解なんです。


 あっという間に私は筋骨隆々の警察官に取り押さえられ、地面に這いつくばった。


 それから私は連行され、取り調べを受け、誤解を解いて診療所に戻るまでに半日かかったのだった。


 私は帰りのタクシーの中、人生で一番泣いた。






「フザケンナよ! このヤブ医者め!」


 私の怒りは心頭に発し、怒髪は天を突き、昨晩の内に堪忍袋の緒はブチブチに千切れ、最早二度とは元に戻らないであろうと思われた。


 今ならば私の名誉の為に、このヤブ医者をぶって殺すこともいとわない覚悟である。否、今しか無い! そうに決まった。


「いや、待ちたまえ! 早まるな!」


 先生はニヤニヤし、何故か余裕の表情でこちらを見る。


 そんなに私が勾留こうりゅうされていた事が嬉しいのか。やはりぶって殺すしか最早道はないと決意を新たにする。


「待ってくれ! 殺してくれるな、君はそんなに留置所あそこが気に入ったのかね?」


「おっと、口に出ていましたか。しかし、バレてしまっては仕方がない。死んであの世で詫びるが良い! ちぇすとおおおお!」


「否、生きる!!」


 先生は私の手刀チョップを白刃取りし、バックステップで鮮やかに間合いをとった。そして、斜に構えると同時に懐に手を突っ込み不敵な笑みを浮かべた。


 こいつデキる。いつもの先生じゃない。


「武器に頼るとはこの卑怯者めっ!」


「違う、黙れ! これを見よ! そして私をあがうやまたてまつへつらい給いたまえ!」


 先生は徐ろに懐から『ソレ』を取り出した。

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