第三話 提案
「それで、話ってなにかな?」
放課後、クラスメイトの皆が帰って、残っているのがレンと希だけになり、レンが希の近くまで行き話しかけた。
「……えっとね、その……、斎藤君、家事が忙しいって言ってたよね。忙しいから遅刻してしまうって」
「うん」
「それでね! あの後、ずっと考えて……頼りになる友達にも相談して出した結論なんだけど……」
一度間を置いて、落ち着いて、希はレンにある提案を口にする。
「私に……家事の手伝いをさせて貰えないかな!?」
「………………は?」
「……ほ、ほら! 家事のせいで遅刻してしまうって言ってたでしょ? だったら、私が家事を手伝うことで遅刻しなくなるんじゃないかなって!」
希は少し顔を赤らめて一気に捲し立てた。ただ、レンは何を言われるか放課後までずっと想像していたが、その想像の斜め上を行っている提案に頭が追い付かないで、「は?」やら「え?」としか言えないでいた。
「ダメ……かしら?」
「……えーと、なんていうか、その……確かに委員長が手伝ってくれたら、遅刻せずに済むかもしれないけど……ほら、僕たち相手の事ほとんど何も知らない関係じゃない。そんな相手の家に行くなんて嫌じゃない?」
「それはこれから知っていけばいいし、嫌じゃないわよ」
「え? ええと、じゃあ……部活とかは?」
「入ってないわよ」
「彼氏は?」
「いないわよ」
「親に反対されるんじゃ……?」
「理由を話せば何とかなるわよ」
「べ、勉強は……?」
「問題なし」
「…………」
レンは、他に何かないのかと必死になり頭を回転させるが何も見つからず沈黙する。
「決まりね」
そう言って希はそう締めくくろうとする。しかしレンは引き下がらない。
「ま、待って! やっぱりそれは委員長に申し訳ないよ!」
「別に私はどうってことないわよ」
「いや、僕が気にする! だってクラスメイトに、それも女の子に家事を手伝わせるなんて……流石に出来ないよ」
男としてそれは情けない。正直、希が家に来て家事の手伝いをしてくれるなんて、とても魅力的に思えてしまうが、どうしてもここは譲れない。後から後悔しそうだが……。
「ありがとう」
「え……?」
「僕なんかのためにそんなに必死になって考えてくれて」
レンは今までに家庭の事情を話したのは、中学の時の2年と3年の時の担任の先生、高校1年と2年で担任を務めている先生、そして希だけ。僅か4人のみ。その少なさは、レンが苦労話を語りたがる性格でもないからだ。どうしても話さなくてはならない時だけ話している。
だから当たり前と言えば当たり前なのだが、希のようにレンのことをここまで考えてくれたのはいない。だからレンは、嬉しかった。
「それは……」
「だけど僕は大丈夫! 委員長に元気貰ったよ。またこれからも頑張れる」
「……そう。なら良かった。……で、何曜日がいいかしら?」
「……え?」
「だから、手伝い」
「…………え? 話し聞いてた? 僕、嫌だって言わなかったっけ?」
「嫌だとは言っていないわ。出来ないとは言ったけれど」
「いや、それもう一緒じゃん!」
「それで、いつがいいかしら? どうしてもというなら、土日だけでも構わないけれど」
(は、話聞かねぇ……。委員長って結構強引……)
少し凄むように希を見るがどこ吹く風であった。
「あぁぁ、もう分かったよ! 分かりました! 土日だけお願いします!」
希はレンが折れると今まで決して見たことがないような微笑みを見せた。その微笑みを直視できずにそっぽを向くレン。
そのレンに向かって希は手を差し出した。
「じゃあこれからよろしくね、斎藤君」
「……よろしくお願いします」
その手を軽く握った。レンの頬が赤みを帯びているのはきっと、夕陽のせいだけではないだろう。