第二話 母さんありがとう
「……緊張した」
レンは教室を出てからしばらく歩いて、ほっ、と息を吐いた。緊張のためか手は少し汗ばんでいた。
どうしてレンが緊張していたのかというと、それは、
「委員長……可愛すぎ」
と、いうわけである。
実はレンは、1年の時から希のことを可愛いと思っていたのである。クラスは別であったが、廊下などですれ違う時などに毎回思っていたのだ。そして2年に進級したときにクラスが同じだと知り嬉しく思っていた。
「正直、役得だよなぁ」
遅刻するから希と話せる。コミュニケーション能力がさほど高くない自分が希と話すなど、こうでもなければ絶対に無理だろう。なにせあの希だ。
本人はあまり自覚がないのだが、まずその容姿。可愛いに尽きる。クラスでは客観的に見て1番可愛い。実際にクラスの男子から好意を寄せられているし、違うクラスにもいる。その上コミュニケーション能力が高く、友達が多い。それは女子に限らず男子にも。ただそのせいで勘違いする男子もいるのだが……。
「でもだからって、遅刻していい理由にはならないよね。……よしっ、明日は遅刻しないように頑張ろう!」
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「ただいまー」
晩御飯の食材をスーパーで買って家に帰ってきたレン。玄関の扉を開けて中に入ると、
「ん?」
しかしこの時間帯にはあるはずのない見慣れた靴があった。
「母さん……。帰ってるんだ」
どうやらレンの母親、菫が帰っているようだ。
「あっ、おかえりー」
リビングに入ると、菫が妹である結衣と遊んでいた。
「あ、お兄ちゃんだ! おかえりー!」
「ただいま、結衣、母さん」
レンはとりあえず、買った食材を冷蔵庫にしまう。
「今からご飯作るから、ちょっと待っててね」
そう言って準備に取り掛かっているレンに菫が、
「それなんだけど……せっかくだし久しぶりに外でご飯でも食べない?」
「はい! お寿司がいいです!」
菫のその提案に結衣が手を挙げて、寿司が食べたいと主張する。
「……そう、だね。じゃあそうしよっか。結衣がお寿司食べたいみたいだし」
「決まりね」
「わーい! お寿司だお寿司だ!」
斎藤家では、外食はめったにない。月曜から土曜日までは菫が夜まで働いているし、日曜日はレンがバイトで家にはいない。そのためいつも食事は家で食べることとなる。
「てか、早く帰って来るなら連絡してよ。食材買ったじゃん」
「忘れてたんだって、メンゴメンゴ。まあいいじゃない、1日で腐るもんでもないし」
「いやそうだけど……、はぁ」
こうして3人は菫の車に乗り込み回転寿司の店に向かったのだった。
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(……また遅刻してしまった……)
レンはゲッソリとした顔で学校の正門を通る。
(昨日ははしゃぎ過ぎたせいか、あの人、全く起きないし。はぁ……。もうなんか疲れた……。委員長に合わせる顔ないし。どうしよう……)
などと考え事をしていたら、いつの間にかクラスの前まで来ていた。
(……もう、開き直ろ。うん。全部、母さんが悪い)
そう考え、教室の扉を開ける。相変わらずに注目の的だが、一年間も、いや中学も合わせれば数年間も繰り返してきたのだ。今更どうってことはない。
慣れって怖いなぁと思いながら自分の席に座るレン。そして近づいて来る一人の女の子。もちろん希だ。
(母さんのせい母さんのせい母さんのせい母さんのせい母さんありがとう。……!)
ガン!っと机に頭を打ち付けるレン。
「な、なにしてるの? 斎藤君」
「は、ははは。なんでもないよ」
「そ、そう?」
強く打ち過ぎたせいか、少し耳鳴りがするがなんでもないったらない。
「そ、そんなことより……、また遅刻してごめん。頑張って間に合うようにしようとしたんだけど……」
「そのことなんだけど……!」
「ど、どうしたの?」
いきなり顔を近付けて話してくる希。その整った顔が近くにあるというだけでドキドキしてしまうレン。近くに来たせいで希の髪の匂いが……
(……いい香り……)
ガンガンッ!
「ど、どうしたの!?」
「な、なんでもないよ。ははは」
「でも……」
「それより! さっき何か言おうとしてなかった?」
「ええと、その……、放課後、時間あるかしら? 話したいことがあるの」
「……まあ、大丈夫だけど……? 話……?」
「よかった!」
そしてチャイムが鳴り、「じゃあ、放課後に!」と言い希は自分の席に戻って行った。