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【7】 導きの声

「シド様、トールミンの城市ですぞ、もう大丈夫です」


「すぐに太守に使いを出せ、生け贄を匿っておる者どもを見つけ出すのだ!いや、それだけではない。この機会にこの街を我が勢力下に治めるのだ」

 肩の傷を覆った包帯から血をにじませた狂戦士は、馬上から配下の兵らに指示を飛ばす。


 大混乱した兵らをなんとか立て直してケナガの竜と渡り合い、自ら深手を負いはしたものの、撤退に成功した。

 そして、虚界の魔物を召喚する目的は失敗に終わったと言え、その野心はいささかも衰えていなかった。



「ちょっと何ですか!うわぁっ」


 学堂の扉は誰にでも開かれている、そんな師の教えを守っていた扉から、突如兵が押し入ってきた。

「罪人を探しておる!隠し立てすると、ただではすまんぞ!」


「何事ですか、あなたたちは?」

 物静かだが威厳を漂わせたまだ若い女が、兵の前におそれげも無く立ち塞がった。


「お前は?」

「シャラムーン師の教えを受ける、ルカと申します。この堂の塾頭補佐をしております」


 兵の頭らしい男が、剣を抜いて突きつける。

「銀色の髪の子どもを追っている。またそのものの逃亡を助けたものが、このトールミンの神殿で与えられる杖と、神職の護符を身につけていたとの証言がある」


「そのような者は、ここにはおりません。それに杖も護符も学僧でなくとも買えるものです。旅の方がよく土産にすると聞きまする」

「うそかまことかは、こちらであらためる。裏口もふさげ!だれも逃がすなっ」


 塾頭のアントンはシャラムーンとファネリを探しに出たままだが、まだ誰も帰ってこないで、とルカは思った。

 その一方で頭のどこかで、みながそろって帰ってくるということは無いのではないか、と感じていた。


(これが師父が言っておられた大いなる変化の兆しなのかしら。だとしたらどうか、ウィルコニエの神々の加護がありますように)


-----------------------


 脳裏に最初に響いたのは、誰の声だったか。

 ファネリは最初に、これはどういう夢なんだろう?と感じた。


 遠くで記憶に無い「母」が自分を呼んでいた。自分は誰かの背に負われて、山を駆け、川を飛び越え、火と矢と人の悪意の中をくぐり抜けていた。それは果てしなく続くようで、一瞬でもあった。

 本当にあったことなのだろうか?


(人の記憶は、真に消えることはめったにないのだ)


 それは初めてはっきりと脳内に響く声だった。


「師父さま!無事だったのですね」


(無事かと言われれば無事ではないな、わしの肉は滅びたのだから)


「滅びた!?では、いったい」


(だが、こうしてそなたと話せておる、という意味では無事でもある・・・いまのわしは、まあ、魂魄のようなものだと思うておるがよい)


「師父の魂魄・・・それでは、やはり」


(うむ、ヨロイをもう一瞬長く留めておこうと無理をしすぎたか、喰らわれてしもうたが、その寸前に魂魄を実から虚へと移すが間に合った・・・)


「今の師父は虚界にあると、まことの意味で、ですか」


(ふむ、そなたは我が弟子の中でも最もこの世の理に近しい、今は概ねその理解でよい。この世は実と虚の重なり合い。我らが「心」とか「魂」と呼ぶものは、もちろん実たる肉体に依ってこの世に存在するが、その心の働き、魂の力というものは、虚界において蓄えられ、動き、そしてそれがまた実界に写像されたものに他ならぬ)


 堂で常々教えられていることだが、塾生のほとんどはそれをある種の心の持ちよう、よく生きるための象徴的な教訓話だととっている。だが、ファネリは、それは「本当の話」なんじゃないかと、ごく小さい頃からなぜか感じていた。


 術とか方力と呼ばれるものはその現れだ、と感じられるようになった時から、実際にそれが使えるようになったからだ。


(そうだな、それは例え話では無い。だからわしは肉を失っても、虚界に蓄えられた「えねるぎー」を使い、このように魂魄としてのみ存在し続けられる。やがてそれを使い切るまでの間だけだし、その言葉に耳を傾けられるのは資質を持つ者に限られはするがのう)


「師父さま、ごめんなさい・・・それから」


(謝らずとよい、それは無用のことだ。いまと定められておったとは言わぬが、いずれ形は違えど起きることであった。これは、前にも話した「始まり」なのだからな)


 その言葉にはっとしたファネリに、シャラムーンは姿は見えずとも慈愛あふれる声で続けた。


(それから、とそなたが言いたいこともわかっておる。そなたは、これからどうすればいいのか、よな)


一呼吸の間を置いて言う。


(そなたはトールミンには帰れぬ。追っ手がかかっておるし、なによりもはや世界は動き出してしまった。虚界の力を用いて実の世に混乱と災いをもたらそうとする者たちがおる。一方でそうとは知らずこの世の理を守るために力を尽くし、おそらく人の世と行く末を少しばかり良き物に変えられる者たちもあらわれた・・・)


 その言葉は、今のファネリにはまだ理解できぬ。


(だから、そなたは、その者たちに出会いに行くのだ。トニス・ロウエ・ファ・ネリウス)


「トニス? ファ・ネリ・・・?」


(うむ、そなたの真名は、トニス・ロウエ・ファ・ネリウス。その名を知られることは、ひとたび幼きお主を亡き者にしようとした者らにまた命を狙われる危険をはらむ故、そなた自身にも教えておらなんだ。ファネリというのは、幼かったそなたを負うてこの地まで逃れた者が、死ぬ間際に名前の一部だけをかろうじて伝えることができたから、その名を聞いた神殿の者らがそう呼んだのだ)


 幼い頃、母とも姉とも慕うルカが彼が言いつけを聞かなかったときに、

<ファネリは鬼の子、傷だらけの鬼が背負って山を駆け、神殿の前に幼子を置いて倒れた。だからあんまりわがままばかり言うと、また鬼がつれてっちゃうよ>

と叱りつけたことがあった。

 その時は、あまりのおそろしさに大泣きし、アントンが「ルカ、小さな子にそんな話をするなよ」と取りなしてくれた記憶があった。

 当時はまだルカも少女と言える年頃だったが、あれはもしかして本当の話だったのだろうか・・・


(そなたはあのノールの子と共に南へゆけ。そこからはあの吟遊詩人を頼んで、ネリウスへ向かうのだ)


「ネリウス? ネリウスってぼくの名前の・・・」


(碧き大河ネリウスの上流に位置する河畔公国、そなたの故郷へ帰るのだ。そなたの母君がまだそこに生きておる。わしのかつての教え子じゃ・・・)


「ネリウスって国の名前なの?そこに母君!?師父さまの教え子?」


(そなたが鬼に背負われこの地に来たとき、それ故にわしにはすぐにわかった。良いか、みだりに術を使ってはならぬ。そなたに教えたは、方力で理を曲げることではなく、方力で曲げられんとする理を守るすべだ。みだりに力を振るえば運命神の罰をうけよう、そうだ、そなたの宿り神は運命神、さだめの神・・・)


 徐々に師の声が小さく遠くなっていく。


「待って下さい。ネリウスってどこに?そこに行って何をすれば・・・」


(そなたに与えられた務めはこの人の世を動かす呼び水となること、それがどこに向かうものかは誰も知らぬ・・・ただ、出会いを恐れるな、みだりに力を誇示する者を信ずるな、そして、小さき者に心を寄せよ・・・)


 声はかすかに、遠くへと去って行く。


「師父!」


 夢の中で伸ばす手はどこへも届かず、声もむなしく闇に飲み込まれていった。

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