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【5】 竜の襲撃

「ゲルガン導師ッ・・・そやつらを調伏せよ!」


 ローブ姿の一人が鋭く叫び、男たちは再び口々に何やら呪文を唱え、手で印を切る。すると、まわりの地面に転がる大小の石が、突如浮き上がって石つぶてとなり、ノールの騎士らを襲う。

 ノスベートもナイフを投げることは出来ず、騎士らと共に逃げることを選ぶ。幸い、結界が破れたことで、一行を運んで来た馬は木立の中に再び姿をあわらしていた。


「きみもこっちへ!」

 ノスベートの声にファネリは素直に従って、遺跡の大岩の陰を伝って木立に向かう。


「逃がさぬ!」

 だが、ローブの男たちの中でただ一人、先ほど倒された男と同じ装束を着た者だけは、詠唱に加わらず、腰の剣を抜いて斬りかかってきた。


 一回り大きな体格の騎士がそれを迎え撃つが、ローブの男は見事な剣技でそれをさばき体を入れ替えて、銀髪の子どもをかついで先頭に立つ年配の騎士に追いすがろうとする。


 横合いからノスベートがナイフを投じる。

 その騎士は振り向きざま剣で弾き飛ばした。その拍子にフードが外れ、意外にもまだ若い、ほとんど少年と言えるほど若い風貌があらわになった。

 このあたりの顔立ちではない。浅黒く精悍な、北か東の騎馬の民のような人相だ。


「ほう、これは珍しい・・・もしや草原の覇王に従う魔方士か?」

 ノスベートの呼びかけを若い男は無視して、再び先頭の騎士を追おうとする。


 その時だった。

 風に乗って、生ぐさい血の臭いが届く。それとともに、人の心胆を寒からしめずにはおらぬ咆吼がとどろいてきた。


「ばかな、竜を呼んだのか!?」

 声をあげたのは逃げる騎士らではなかった。追う側の方士たちが、味方の暴挙に「信じられぬ」という顔をしている。


「ケナガの竜だ!」

 一人が叫び声をあげたときには、もう廃墟の奥から何頭かの巨体が現れ、盛んに鼻をひくつかせながら向かって来た。


 ようやく地下から出てきた数人の兵らが、あっという間に食いちぎられ、踏み潰される。

 ケナガは竜の中では小物とは言え、体長は3エルド以上、人の倍近くある。動きが速く、群れを作り、“獲物”に最初に気づいて集まるのは常にこれらだった。


 もはや人どうしで追跡など出来ぬ。方士らも自ら結界を張って身を隠すことしかできず、騎士たちは、ようやく馬に飛び乗って力の限り逃げるよりほかなかった。

 ケナガに続いて現れるであろう、より上位の捕食者たちに出くわす前に。


 ファネリもノスベートの馬の前に乗せられ、騎士らと共に小径を駆け始めた。


 だが、街道へと再び出られる手前で、高山地帯を覆う低い木立の彼方に、さらにおぞましい巨体が姿を見せた。

「ヨロイだ! もう逃げ切れんっ」


 豪胆な騎士の絶望的な声があがった。

 太古の伝説のような、二足歩行、巨大なあぎとと巨大な尾を持つ肉食の竜。他の竜さえ喰らう、捕食者の中の捕食者だ。


 後ろからはケナガの群れ、そして前方には全長10エルドにも達する、山のような巨大なヨロイの竜。一本道で竜に挟まれた騎士らが、せめて奪還したユイラたちだけでも逃がせないか、と立ち尽くした時、そのヨロイの動きが止まった。


(ファネリ・・・)


 少年の耳に声なき声が届いた。

「師父さま?」


(そうだ、なんとかヨロイを「説得」して足止めするゆえ、その間に通り抜けよ・・・)


「そんなことが・・・はい」


 馬上で突然、やりとりを始めた少年を、ノスベートが凝視する。

「今なら行ける。全力で足もとを駆け抜けて」

「無茶を、信じられるのか?」


「わからない、けど、シャラムーン師父がそう言うなら」

 先に進めず馬を止めてしまった騎士らに、二人の馬が追いつく。

「“理神の預言者”シャラムーンか!? きみの、師匠だと?」


「どうした?ノスベート」

 騎士らに尋ねられたノスベートは迷ったものの、再びヨロイに向かって馬を進める。

「おい!」

「あの竜を、この子の師匠の方士が押さえてくれてるらしい、信じて通り抜ける。なるべく馬をなだめて声をあげさせるな」


 後ろからは既に、ケナガの群れが迫っている。

「正気か?」

「わかった、えーい、こうなりゃ一か八かだ!」


 騎士たちは意を決して一列になり、小径と街道の合流点に立ちはだかるヨロイの足もとに向かう。馬の胴よりもはるかに太い、鱗に覆われた脚すれすれをすり抜けるときには、誰もが息すら止めていた。


 巨大な竜はグォーッっとうなり声を上げながらよだれを垂らし胸を脈打たせつつも、それらを見向きもせず、街道側をにらみつけている。


 そこには、灰色のマントに身を覆い、強風に白髪をなびかせた痩身の老人が一人杖を持って立ち、強い眼光を放って立っていた。

 巨竜の血走った視線に真っ向から目をあわせ、途切れること無く詠唱を続けている。そのおもては過度の集中に蒼白になっている。


「師父さま・・・」

 ファネリはその姿を見つめる。老人の目が一瞬、こちらを見たように思う。


(ゆけ!振り向くな)


 脳裏に確かな声が届く。

「急いで、反対方向へ、南へ」


 ファネリの声が聞こえたのか、騎馬の列は一目散に、あの馬車が最初に来た方角へ、トールミンの街とは反対方向へと向かう。


 空気がびりびりと震える。


「急いで、もうもたない!」


 ファネリの胸を絶望的な思いが包む。


 一行を追いかけてきたケナガの群れが、ヨロイの姿に一瞬脚を止め、しかし動かぬと見て、再び追いすがろうとした時・・・張り詰めていた力が突如、解けた。


「ゴォォウォーッツ!」

 凄まじい咆吼が、木々を、岩を揺らす。


 馬車一台でも丸呑みできそうなその巨大な頭部が振り下ろされ、ぐしゃっと何かが潰れる音がする。

 そこにちょうど突進してきたケナガの群れが、止まりきれずにヨロイの足もとをすり抜けた途端、長大な尾が一閃され、2,3頭のケナガがまとめて吹き飛ばされた。


「シャーッ」

 と叫びを上げて無謀にもヨロイに相対した一匹は、巨大な牙に一瞬でかみ砕かれた。


 血まみれの大口から、さらに激しい咆吼が上がる。


 トーニスはノスベートの鞍前で嗚咽を漏らしながら、決して後ろを振り返ることはしなかった。

 騎馬の列はそのまま速度を緩めることなく、街道とは名ばかりの山間の道をかけ続ける。



「いかがする、モスハーン?」

 ケナガの後から追跡してきたローブ姿の男らの一団は、木立の間からヨロイの姿を遠く見ながら、剣を吊り下げた若い魔方士に問うた。


 モスハーンと呼ばれた魔方士は、馬首を帰し、吐き捨てるように口にした。

 

「もはや我らの手は離れた・・・あとは神の御心のままに」

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