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【4】 騎士と戦士と吟遊詩人

「・・・間に合った、いや、助けられたのか?」


息を切らせて洞窟の中を走ってきた、鎧姿の屈強な男たちは、目の当たりにした出来事をまだ飲み込みかねているようだ。


「サラマンドラをあのような方法で異界に追い返すなんてね・・・驚いた」

 絶句しているのは、一行の中では一人異質な軽装で華奢とすら見える若い男だった。

「だが、この機に乗じぬ手はないだろう?」


 男の言葉に、鎧姿の者たちも我に返る。

「うむ、これは天恵だ。ユイラ様の御身を、急げ!」


 混乱の中、狂戦士に従う兵士らは、ほとんどが洞窟の横穴に向かい、残された者らも右往左往し指揮系統らしき者は見えぬ。

 銀色の鎧をまとった十人ほどの男たちは、本来なら戦わずに侵入するなど出来ぬはずだったのが、一度も誰何さえされなかった。


 洞窟の壁に刻まれた階段を駆け下り、祭壇に向かう。


 僧形の者たちはそれに気づいているのか?関心がないのか?見とがめようともせぬ。

 その間に、祭壇に飛び上がった銀鎧の男の一人が、壇上の子の姿に唇を噛む。


「由緒正しき海将家の至宝に、このような非道を!」

 四肢を縛り付けた鎖を、腰から抜いた長剣で叩ききっていく。


 その音に、狂戦士配下の兵らがようやく気づいた。

「おい!こっちに曲者だ、生け贄を・・・」

 黒い鎧の兵らが祭壇に群がってくる。


 だが、圧倒的に数の多い兵を相手に、十人ほどの銀鎧はまったくひるむ様子を見せぬ。

 まず、体格が違った。銀鎧の男たちは、一人一人があの狂戦士に匹敵するほどの体躯だ。

 その上、剣の技も違った。並の者なら両手でも持ち上げるのがやっとの大剣を、片手で軽々と、腕の一部でもあるかのように自在に操って、銀鎧の男たちは群がる狂戦士配下の兵らを次々と屠っていった。


 その間に鎖が解き放たれ、気を失った銀髪の子は、もっとも年かさの肩に軽々と背おわれた。


 だが、その時、暴風のごとく飛び込んできたのが、血塗られた大剣を振るう狂戦士だった。

 兵らを圧倒していた銀鎧の剣士の一人を瞬時に跳ね飛ばし、さらに一人を鎧の上から一太刀でたたき伏せる。

 

 体格も膂力も差があるようには見えぬ。

 だが、狂戦士のまとう激烈な闘気と凶々しい殺気が、剣技以上の力となって相手を圧倒していた。


「きさらま、ノールの追っ手か!」

 狂戦士が叫ぶ。


 そのまわりを包み込むように立つ、銀鎧の男らが叫び返す。

「メルヴェロイの僭王が狂王子シドよ、ノールの騎士の名誉にかけ、我らが至宝に刃を向けた愚行をこの場で償ってもらうぞ!」


「ほざけ!われが玉座に着いたあかつきには、きさまら流民の末など海の泡と消えるさだめよ」

「許さぬ!」


 再び狂戦士と騎士らの戦いが始まる。しかし、虚を突かれた先ほどと違い、まともに斬り合えば3対1、いや4対1ではさすがの狂戦士も包囲をやぶることは容易ではない。

 その間に、銀髪の子を背負った年配の騎士は、通路を地上へと急ぐ。


「追え、追うのだっ」

 シドは騎士らの剣を防ぎながら兵に命じるが、騎士らの剣の前では並の兵では相手にもならぬ。


「もうよかろう」

 ノールの4人の騎士は、時間は稼げた、と見て取るとじりじり下がる。そして、機を合わせてきびすを返し、仲間たちの後を追って地上へと駆け上がっていった。


 肩で息をつくシドの元に、黒いローブの男が一人、歩み寄る。

「シド閣下、やはりサラマンドラは完全に異界に戻ってしまいました。無念なれど今回はこれ以上は・・・」

「わかっておるわ!」

 怒りをぶちまけたシドは、ローブの男に向き直る。


「されど、このまま逃がしはせぬ。贄だけでも確保しておけば次がある、そうだな」

「はっ、われらの方士団が先回りしております。中でも二人は東方の大王より遣わされた、真の魔方士、よもや取り逃がしは致しますまい」


「それだけでは足りぬ。竜を呼べ」

「閣下、それはあまりにも危険かと」

「構わぬ!地下に潜めば食われぬ、餌を撒け!」

「・・・御意」

「われも後を追うぞ!」


-----------------------


「ユイラ様は?」

「傷は浅い、気を失っておられるだけじゃ」


 銀鎧の騎士らは、古代遺跡の洞窟を抜け、地上へと脱出した。幸い、先ほど狂王子シドに切られた者たちも、強固なノールの鎧のおかげでさほどの深手ではないようだ。しかし、先ほど侵入する際に片付けたメルヴェロイの兵の姿だけで無く、彼らがつないでおいた馬の姿さえも見当たらぬ。

 それだけではなかった。


「これは我らが入った場所に、よく似ているが、なにかがおかしいな・・・」

 先頭に立つ騎士が足を止めた。あたりは不気味なほど静まりかえり、虫一匹の気配さえない。

 一行の半分が手分けして馬を探し始める。


「ヘンクどの、今のうちに血止めだけでも?」

「そうだな、アムゼン頼む」


 ユイラを遺跡の石畳の上に寝かせ、壮年の騎士が傷薬を塗り込み始める。


「これは・・・結界に捕らわれているな」

一人だけ隊列に加わらず、どこからまた現れたのか、軽装の優男が周囲を注意深く観察する。


「結界、とな?」

 最年長のヘンクが尋ねる。

「ああ、あの儀式には、妖しい方力を使う者たちが何人もいたからね」

「なんとかせよ、吟遊詩人」

 若い騎士が優男に焦りをぶつけるように言う。


「そうは言ってもねー、僕が引き受けたのはユイラ殿の追跡と古代遺跡までの案内だ。魔方士の相手までは契約外じゃあないかな?」

「やめよ、エイリク。ノスベートどの、お主が頼りだ、礼は弾む」

 追跡隊を率いるヘンクが頭を下げ、優男・吟遊詩人のノスベートは困り顔をする。


「まあ、できるだけのことはするけどね、僕は魔方は専門じゃないからなぁ」


 その時、まわりの空間がゆらゆら歪み始めた。

「こ、これは・・・」


「虫の声が聞こえる」

 一瞬の後には、風の音、虫の声が聞こえ、空の青ささえ戻ってきた。


「なんたることか、誰がわが結界を」

 遺跡の大岩の上に黒いローブの男が立っていた。

 一人だけでは無い。7人の目深にフードをかぶったローブ姿の男たち一行を取り囲んでいた。よく見れば、結界を張った男ともう一人の男だけは、ローブの意匠が異なり、腰に剣を佩いている。


「ありがとう、きみ、助かったよ」

 ノスベートが視線を積み重なった岩陰に向ける。ギョッと、みなが目を向けた先では、あの少年が詠唱を終えて右手の杖を下ろすところだった。左手にはなお、胸元の鎖につけた護符を握りしめている。


「誰か知りませんが、言わなくていいのに」

 隠れていた場所をあかされて、迷惑そうにファネリは眉をひそめた。


 年端もいかぬ少年に術を破られたと、ローブの男が驚いて他から注意がそれた、その瞬間、首にナイフが鋭く突き刺さっていた。

「すまないね、おかげで隙を見せてくれた。また結界なんて張られたら、お手上げだからね。僕も愛用の楽器を取り戻さなきゃいけないし」

声も無く岩から落ちた男を平然と見つめながら、ノスベートは次のナイフを手元に構えた。

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