ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・
「ただいま」
「おかえり」
無機質で淡白な挨拶が、少し狭いダイニングに響いた。
寒風で冷え切った身体がだんだんと沁みるように温まっていく。ダッフルコートをハンガーに掛け、テーブルを挟んで向かい合って座った。
出迎えてくれた彼女は、次席で現役合格した東大生だ。彼女とは高校の時からの同級生で、そして今は同じ大学に通う仲であり……夫婦でもある。
「ご飯にする? お風呂にする? それ……」
「いや、もう用意されてるんだからメシ以外の選択肢はないだろ」
「用意されてなかったら別のを選ぶのね?」
「そんな反実仮想には付き合わないぞ」
「妻の〝たられば〟くらいは付き合うのが夫ってものでしょう?」
「そうか、そうだな。じゃあ最後のオプションを」
「え、え?」
「ん、どうした? ご飯か風呂かしか言ってなかっただろ。食事が用意されていないなら俺は風呂に入る」
「はぁ……。二択なら最後じゃなくて後者って言うべきだと思いますけど」
「おい、メシ冷めるぞ」
「もう」
そう、既にテーブルには彼女が用意した美味しそうな和食が並んでいるのだ。白米に味噌汁、生姜焼きにキャベツと玉ねぎのサラダ、それにきめ細やかなお豆腐。
しっかりとした一汁三菜だ。
湯気と匂いが鼻孔をくすぐり、食欲を掻き立てる。
「じゃあ、食べるか」
「ええ……」
「というわけで」
「「いただきます」」
まだ齢二十の男女が同じ屋根の下で、なぜ夫婦として食卓を囲んでいるのか。
しかも別に俺たちは、お互いのことを愛している訳ではない。
静かに口と皿とを往復させる彼女の箸を見ながら、俺は事の発端を思い出していた。