明ける少女
鉄鎖の創出に立ち会い、ユエラがなにも言い残さずに去ってからおよそ三年。かつてと同じように草原の一隅で仰向けになっているユエラを見つけたシタンは、掛ける言葉も自分の気持ちも見失ってしまっていた。だから、それらを一つずつ思い出し、今だからこそ出せる答えを、今だからこそできる選択を、見つけようと思った。
始まりの日を思い出した。一七日の出来事を思い出した。語られ、語り、語りあったことを思い出していった。
鉄鎖の創出を思い出した。ユエラの動揺を思い出した。ユエラがシンタロウと話しあわなければならないと言い出した時に後押しをしたことを思い出した。
いなくなってからの日々を、思い出したくはなかった。
そして、とうとうわかってしまった。
実のところ、シタンにとってユエラはすでに確かな存在だった。感じていたはずの情も、結びたかったはずの繋がりも、残り続けてきたのは、すでに確かめてしまっていたからに違いなかった。
たった一七日だけだったというのが、きっとシタンの思っていた以上に大きく響いていた。たったそれだけだと思えてしまうほどに、シタンにとってユエラを待った月日は途方もなく長かったのだった。
わかってしまえば、掛ける言葉も自分の気持ちもすぐに決まった。
「おかえり、ユエラ」
掛ける言葉は、過去を今に繋げるものを。
「ただいま、シタン」
自分の気持ちは今を未来へと導くものを。
ユエラの話を聞きながら、シタンはこれからのことを考え始めた。一つだけ確かに決めていたのは、今度こそユエラと共に行くということだった。
それを告げた時、ユエラは喜ばなかった。シンタロウと再会した先の未来はまるでわからないし、またどこかへ行くとも限らない。そんな返事を聞いて、シタンは笑い出してしまった。ユエラがまだシタンのことをわかってはいないのだと気づいたからだった。
あの日と同じように、シタンはシンタロウのもとへ行くユエラを見送った。同じように、仰向けに寝転がった。
あの日と同じように、ユエラは草原に戻ってこなかった。
空は白み始めていた。
「はじめまして。きみがシタンだね。私はシンタロウ・チトセだ。ユエラから私のことは聞いているかな?」
目を覚ましたシタンを、シンタロウが見下ろしていた。
「聞いています」
シタンはとても穏やかにシンタロウを見上げた。
「いい話ではなさそうだ」
「はい。それも、嘘ではない話です」
「“本当の話”と言わない辺りは、もしかしたら私と似ているかもしれないね」
互いにまったく笑顔にならずに会話を進めてゆく。聞かせる側と聞く側の立場はすでにはっきりしていて、二人とも自分がどちら側なのかを正しく理解していた。
「きみはユエラと一緒にいようとしてくれている。ならば、きみはきっとユエラを追いかけてくれる。どういう場所なのかを聞いてもいないというのに、もう行く気になっているくらいだからね」
「はい、そのとおりです」
「ならば、きみは私の持つあらゆるものを借りることができるよ。まあ、きみは最初からそうするつもりだったんだろうけれど」
「ええ、そのとおりです」
「賢明だ。その賢明さが必要なんだよ。あとは、私ではないことも。きみなら、きっと為し遂げることができる。だから、尽くしてくれないか。ユエラが、私の……私たちの愛する宝物が、最後の鉄鎖となれるように」
「はい。わたしに、それができるのなら。できないんだとしても、ユエラのいる世界、いた世界、在りゆく世界を、見ることができるなら」
「ありがとう、シタン・フジカ」
シンタロウはようやく微笑んだ。ユエラには見せたことのない、心のすべてを預けた微笑みだった。