外伝1、闇を屠る者
「あうぅ……ママどこなの?」
そう言ってうなだれているのは、まだ五歳になったばかり幼子だ。
名前はミア、瓦礫の中に座り込み手足は傷だらけだ。
ミアが住んでいるのはロジェディンドという小国の城下町だ。
父親を亡くし、貧しいが母親と二人でつつましく暮らしている。
先ほどまで楽しく母親と食事をしながら笑っていたのに。
今は何か強力な爆発の衝撃波にあったように、家が原型をとどめないほどに壊され、母親の姿はどこにも見えない。
「ママ! ママぁ!!」
ミアは母親を求めて叫んだ。
すると、瓦礫の陰から声がする。
「み、ミア……」
「ママ!!」
ミアの目に希望の光が宿る。
声がした方に必死で走ると、折り重なる瓦礫の奥に母親が横たわっているのが見えた。
「ママ! うえぇええん!」
母親の顔を見て安堵した気持ちと、自分ではとても母を助けることは出来ないこの状況にミアの目からは涙が零れ落ちる。
幸い家の梁が崩れた家の屋根を支えているお蔭で、母親のエリーは一命をとりとめていた。
彼女は娘を見つめながら唇を噛む。
「ミア、逃げるのよ! お城にある教会に行きなさい、そうすれば聖女様が……」
まだ五歳の娘には、こんな状況下で一人で城まで辿り着くのは難しいことだとはわかっていたが、それでも僅かでも娘が助かる可能性があるのならとそう言わずにはいられなかった。
一体何があったのかはエリーにも分からない。
あまりにも突然のことで、自分たちに起きたことが把握できないのだ。
ただ、村が何者かに攻撃を受けたことだけは分かる。
瓦礫の中から辺りを見渡すと、彼女たちが暮らす町は原型をとどめていない程に破壊されていた。
(どうして?)
エリーは思う。
魔物はこの国には手を出すことが出来ないはずだ。
この国には聖女と称えられる少女がいるからだ。
ロジェディンドの第一王女であるマリア・ロジェディンド。
彼女が作り出した結界のお蔭で、今までこんな小さな国であるにも関わらず平和に暮らせてきたのだから。
だとしたら……
エリーは背筋がゾッとした。
もしも、彼女がいるにも関わらずこの国が襲われたと言うのなら、つまりそれは結界が破られたということだ。
聖女と呼ばれるマリア王女の結界をも破るほどの力を持つ魔物。
噂では聞いている。
西の方で、自らを魔王と名乗る化け物が現れたと。
その化け物は、恐ろしい力を持ち配下の者どもと一緒に幾つかの国を滅ぼしたという。
「まさか……このロジェディンドにも!」
エリーは絶望を感じながら泣きじゃくる娘を見つめていた。
その時──
いくつもの黒い影が、空から舞い降りてくるのを瓦礫の中からエリーは見た。
黒い翼を持つ悪魔。
グレーターデーモンと呼ばれる高位魔族だ。
それが数体も群れをしてこちらにやってくる。
「ミア! 逃げて!!」
エリーは叫ぶ。
涙が零れた。
さっきまで娘と幸せに食卓を囲んでいたと言うのにどうして。
エリーは神に祈った。
自分はどうなってもいい、せめて娘だけでも救ってほしいと。
だが、その願いも空しく悪魔たちはこちらに向かって降りてきた。
中でも一際、巨大な黒い体がミアを見下ろしている。
群れのリーダーだろう。
その個体が放つ威圧感は他の者たちとは全く違う、ロードと呼ばれる特異な存在だ。
魔王を名乗り、この町を破壊したのはこの化け物だろう。
それ程の恐ろしい力を感じる。
そして、悪魔たちは邪悪な顔で笑った。
「ほう、うまそうなガキがいるではないか。俺の攻撃で消し飛ばなかったとはついてるな」
それを聞いて、そのグレーターデーモンに従う他の悪魔たちは愉快そうに笑った。
「ふはは、ついていたとは酷いですなバルジェオル様」
「確かに。あれで死んでいれば、このガキも生きたまま食われることもなかっただろうに」
ミアは恐怖にボロボロと涙を流して動くことも出来ない。
それを聞いてエリーは叫んだ。
「や、やめて! 私が代わりになります! 娘の代わりになりますから!!」
目の前で娘が化け物たちの餌食になるなんてとても耐えられない。
エリーは必死に訴えた。
それを聞いて悪魔たちはゲラゲラと笑う。
「馬鹿な女だ。どうして人間ごときの頼みを聞かねばならん?」
「貴様がいくら願おうと、この娘の命はもう助からん」
「どんなに泣きわめこうとな! ふは! ふはは!!」
そう言うと、ロードであるバルジェオルに仕える一人の悪魔がミアの体を鷲掴みにして宙に掲げる。
その手の爪がミアの首筋に食い込んでいた。
エリーは悲痛な叫びをあげた。
「やめてぇえええええ!」
「馬鹿め! お前も娘の後死ぬことになるのだ、そこで大人しく待っておれ」
エリーが絶望したその時──
残忍に笑う、ミアを掴む悪魔の腕がゆっくりとずれていく。
そして、地面に落ちた。
まるで何かに切り落とされたかのように。
「よう。ずいぶん楽しそうだな」
いつの間に現れたのだろうか。
そこには一人の男が立っていた。
背は高く真紅の髪を靡かせている。
どうやって取り戻したのか、その腕にはミアが抱かれていた。
腰から剣は提げているが、抜いた形跡はない。
ならさっきのは誰がやったのか?
エリーはそう思った。
直感的にエリーは思った、彼がやったに違いないと。
でももしそうなら一度剣を抜いて魔物の腕を斬り、そして鞘に収めた上でミアをその腕に抱いたことになる。
そんなことが出来る人間がこの世にいるのか?
いるとしたらまさに超人だ。
エリーは呟いた。
「倒魔人……」
魔を倒し、闇を屠る者。
そう呼ばれる者がいると聞いたことがある。
でも、こんなあり得ない芸当をすることが出来る人間がいるなんて。
エリーには信じられなかった。
その体から立ち上る獅子のような闘気に、腕を斬られた化け物でさえも声も上げられずに後ずさった。
だが、その後、気圧されたことに怒り狂ったように声を上げた。
「ぐぉおおお!! 貴様! 許さんぞ!!」
赤い髪を靡かせた精悍な顔立ちの青年は、ミアの鼻をツンと指先でつつくと地面に下ろす。
そして笑った。
「ちび助。暫く目をつぶってな。俺がいいと言うまでな」
自分を助けてくれた男を見上げてミアはこくんと頷いた。
知らないうちに涙が止まっている。
男のどこか不思議な温かさを持つ声が、こんな状況の中でもミアを安心させてくれたのだ。
赤い髪の青年は静かに化け物たちを眺めた。
そして口を開く。
「死にたい奴から前に出ろ。俺は貴様らのような外道を一匹たりとも逃すつもりはない」
いつもお世話になっています。
今回はレオンの前世、二千年前のジークの姿を描いた外伝になります。
本日もう一話更新しますのでよろしければご覧くださいね!
最近忙しくて更新が中々出来なかったにも関わらず、沢山の方がご覧になってくださっていることに感謝しています。
先日ご案内しましたように皆様の応援のお蔭で『追放王子の英雄紋!』がアルファポリス様から出版されることになりました。
本当にありがとうございます!
出荷日は本日になりますが書店に並ぶのは25日頃になるところが多いかなとは思います。
また、この度の書籍化に伴い本編部分は取り下げの必要がありますが、外伝は残させて頂きますので今後ともよろしくお願いします!
本編をお読みになってなくても外伝だけでお読み頂けるようなストーリーになっていますのでご安心下さい。
それから本編部分の取り下げについては当初の予定からは少し遅れましたが本日中には行う予定です。