お宝とフーラン
期待と若干の不安を抱きながら俺は石塔の森へと辿り着いた。
土の中からいくつもの白い石で出来た塔が生えている。
その塔が、まるで森の木のように沢山生えていることから、石塔の森と名付けられたらしい。
今日は初めての遺跡調査ということもあり、その中でも背の低い塔を選んだ。
「小さくても、ここに生えている塔の一本一本が超古代文明の遺跡、魔物もいっぱい潜んでいるから注意して」
「分かった。よし、行こう」
「あ、トワとファナディルは前に出ないで。フーランお願い」
ようやく冒険者らしいことが出来ると思って、意気揚々と足を踏み出したらセラに突然止められた。
まだ入り口の前に立ったばかりだぞ? しかも、魔法使いのフーランを先に出したら余計に危ないんじゃ?
「まったく、セラは相変わらず心配性だなぁ。うわあっ!?」
フーランが入り口から一歩足を踏み入れた途端、足場が崩れた。
嘘だろ? いきなり落とし穴のトラップ!?
「ぎゃー!? 落ちる落ちる落ちる!」
フーランは何とか崩落から逃れて、床の端に捕まっているらしい。
「ファナディル、助けにいってあげて」
セラの指示にファナディルは何故僕が、とぶつぶつ言いながらも穴へと近づいていく。
そして、穴の縁にしがみついているフーランに手を伸ばした。
「仕方ない。フーラン、今僕が助け――ぎゃあああ!?」
「ありがとう。ファナディル君って、きゃあああ!?」
床がもう一度崩れた。
「……これがフーランの力よ」
「あの人、疫病神か何かか……?」
まだ遺跡に入って一歩目だぞ。それでこんなにもトラブルが続くのか。
「とりあえず、これで安全は確保出来たわ」
色々と犠牲を出してけど、良いのかこれで……。
まぁ、三度目はさすがにないよな?
と思いながらも俺とセラは慎重に穴の縁に近づいた。
「フーラン、生きてるー?」
「生きてるよー。後、何か宝の地図っぽい本を見つけたよー?」
宝の地図だって?
いきなりそんな物を見つけるなんて、案外ラッキーだな。
「ね? 役に立つでしょ?」
「……みたいだな?」
「ちなみに、経験上、フーランに不幸がない時はお宝も出てこないわ。不幸と幸運が釣り合うようにイベントが襲ってくるのがあの子の特性みたい」
「幸運と不幸の等価交換なのか……」
フーランはトラブルメーカーだけど、幸運を引き寄せる力もあるみたいだ。
迷惑なのか役に立つのか判断に困る特性だなぁ。
そんなことを思いながら、俺達は下に降りるロープを用意して、地下へと降りた。
すると、何故か祈りのポーズをとっているファナディルがいた。
「ファナディル、お前何してんの?」
「ミリアたんがいなければ即死だった。だから、生きていることを感謝しているんだよ。君もそこの白骨死体のようにはなりたくないだろ?」
そういったファナディルの指さす先には椅子の上に座った白骨死体が鎮座していた。
冒険者は死と隣り合わせというけれど、確かにあぁはなりたくないな。
まぁ、変態はおいておいて、宝の地図だ。
「フーラン、お宝の地図は?」
「これだよ。古代文字っぽいから、セラ、読んで」
セラが本を開いてみると、紙をつまみあげ、未来を生きる者へ。と読み上げ始めた。
「未来を生きる者よ。どうか俺の宝を受け取って欲しい。あれは俺が未来へ残せる唯一の希望だ。隠し部屋にある封印式宝箱に入れておいた。解除術式は以下の通りだ」
「ね? 絶対お宝を隠したんだよ!」
「未来へ残す希望か。よし、今日はこのお宝を探しましょう」
「ところで、他にはなにが書いてあるの? 本は随分分厚いけど、お宝の情報?」
確かに友へのお願いだけにしては本が分厚すぎる。お願いだけなら手紙で十分なはずだ。
皆の期待に押されてセラが二枚目をめくる。
「日記みたいね。人が操れる魔物を森に解き放ち、魔物で魔物を駆除する新しいプロジェクトのリーダーに抜擢された。この研究が成功すれば、人が魔物に立ち向かい命を落とすことはなくなる! 俺はこの国の英雄になるんだ。と書かれているわ」
「へぇ、この人はすごいことやろうとしていたんだね。もしかして、お宝もその関連かな?」
フーランが続きを急かす。
すると、セラは一瞬顔をしかめた。どうやら月日が一ヶ月ほど飛んだらしい。
「とりあえず、読むね。あのクソ上司、また無茶を言ってきやがった。これでもう三十連勤だ。それなのに、それだけやっているのに成果が出せないのは君の努力が足りないからだ、とか言われた。明日の休みも来て研究に励みたまえ、じゃねぇよ。死ね」
淡々と語るセラの語り口に俺達は思わず目を反らした。
夢見る日記の主の精神がおかしくなっているのが嫌というほど伝わる。
そして、さらに一ヶ月ほど間が空いた。
「予算がカットされ、人手がさらに減った。おかげで激務がさらに酷くなり、眠っていないのが当たり前になりつつある。そして、今日、また一人耐えきれずに辞めていった。クソ上司は相変わらず休みもくれなければ、給料も残業代もくれなかった。死ね。何であいつは定時で帰って、休日は休んでるんだ。死ね」
「あ……あのさ、セラ、もうやめよ? 私、なんか辛くなってきた……」
フーランが耐えきれないといった様子で耳を塞いでいる。
何故か分からないけど、俺も胸の奥が痛かった。
あのファナディルですら、日記の主のために祈りを捧げてあげている。
「あ、でも、この次の日記で研究は完成したみたいだよ?」
「あぁ、そうなんだ! 努力が報われたんだね。良かったぁ……」
「ついに魔物を操る術式が完成した! そう上司に伝えたら、社長や国のお偉いさんがたをつれてくるから、プレゼンをしろと言ってきた。ハハ、やったぞ。これで俺は一躍この国の英雄だ! この国から魔物の脅威を取り除くんだ!」
日記の文字は震えた手で書かれたのか、今まで以上に文字が汚かったけど、それだけ日記の主は嬉しかったのだろう。きっと、涙を流しながら書いたに違いない。
そうだ。もう文字を正常に書けないほど壊れたワケじゃないはずだ……。
「次で最後ね。プレゼンは成功した。皆の前で俺は暴れ狂う古代龍に術式をかけ、自由自在に操ってみせた。社長は満足そうに頷き、王や大臣は手を叩いて褒め称えていた。そこまでは良かった。でも、手柄も開発の苦労も全部あのクソ上司に持って行かれた。開発に苦労しましたよ。まぁ、私にかかれば当然ですけどね。って笑ってやがった。んで、思わず死ねって言ったら、上司が王様達と一緒に古代龍に焼き殺された。超ウケル(こなみかん)」
「おいいいい!? 何か大変なことになってるぞ!?」
「待って。まだ続きがある。あー、腹が痛くなるほど笑ったら超スッキリした。でもなぁ、王様殺しちゃったもんなぁ。もう死刑じゃん。国ごと滅んじゃえば良いのに、って思ったらドラゴンが街を滅ぼしちゃった。やっちゃったぜ! ということで、日記は途切れているわ」
「やっちゃったぜ! じゃねぇよ!?」
もう最後の方完全に日記の主さんの精神が壊れてるよ!?
「後世に希望を残そうとしたのも、この人なりの贖罪だったのかしら」
「なんてことだ……。あぁ、ミリアたん、この哀れな男の魂に救済を与えたまえ」
「どれだけ繕っても美談にならないからね!?」
色々な意味で最悪な日記だよ。
日記の主が可愛そうで涙が出そうだ。
というか、そんな魔王みたいなやつが残した希望ってろくなもんじゃないだろ。
「トワ、過去に犯した人の過ちを後世に伝えるのも、今を生きる私達のつとめだよ」
「そこまで言うなら……分かったよ」
意外と押しの強いセラのお願いに、俺はあっさりと折れた。
まぁ、元々お宝探しのために探索に来たんだから、何かは持って帰らないと格好がつかないしな。
なんて談笑をしていて、フーランから目を離したのが間違いだった。
「あれ? 何だろう? この魔法陣」
フーランが魔法陣を見つけ、ジャンプして踏みつけたのだ。
そして、パリンと音がなると、魔術の音声が鳴った。
「対古代龍ヴォルカニオルス封印術式が解術されました。研究員は至急避難してください」
「あり? 古代龍? どこかで聞いたような? ねぇ、セラどこだっけ?」
フーラン以外の全員の顔からサーッと血の気が引いていった。
どう考えても古代文明を滅ぼした日記の主の龍です。本当にありがとうございます。
「逃げるわよ!」
セラが間髪入れずに撤退指示を出すと、俺達は大急ぎでロープをよじ登って遺跡の外へ出た。
けれど、外には古代龍どころか、魔物の一匹もいない。
とても静かな森が広がっているだけだった。
「ふっ、ミリアたんへの祈りが通じたのか。何事もないようだね」
「本当だよー。セラ焦り過ぎ。そもそも古代文明って滅びたの何百年も前でしょ? 魔物もそんな長生き出来ないってー」
そういって、ファナディルとフーランがハハハと笑い出す。
その瞬間だった。
地面から空に向かって巨大な火の柱が現れた。
それはまるで火山の噴火のような激しさと轟音で大地を割ると、真紅の巨大な龍が現れた。
「「でたあああああ!?」」
俺達がみんな揃って叫んだ。このパーティで心が通じたのってこれが初めてだった。感動して涙が出そうだった。