犬が増えました
とはいえ、試験は大成功だった。
歴代参加者の中で最も速く、最も多くの魔石を持ち帰ったらしい。
不本意ながら、ファナディルが不用意に大奇跡を使って魔物を集めたおかげだろう。
普通は迷惑行為でしかないんだけどな……。
「では、こちらが冒険者カードです。これからもよろしく頼みますね」
そして、手渡されたカードには鉄と書かれていた。
どれだけ好成績を収めようが、所詮は試験。階級には影響せず、始まりは誰もが鉄かららしい。
ちなみに鉄の次は銅、銀、金と続いていくらしい。
「後は帰りにクランの勧誘があるので、自分にあったクランを見つけて所属すると、良いですよ。やっぱり人が集まると情報の手に入りやすさって全然違いますし、報酬の山分けも楽ですから」
言われてみればギルドの入り口らへんで冒険者達がプラカード持ってこちらを見ているな。
とはいえ、もう俺は所属先が決定しているから、関係無いか。
なんてのは甘い考えだった。
「君! うちのクランに是非来てくれ! 君ならすぐに上級冒険者になれる!」
「そんなところよりも、うちに来て、お姉さんと良いことしましょ?」
「おい、色仕掛けに騙されるなよ? こいつら、意外と年が――うぼぁぁっ!?」
「あぁ、君も神の導きに従わないか!?」
という争奪戦に巻き込まれてしまったのだ。
全裸なのにこういう争奪戦をされると、冒険者になると感覚がおかしくなるのか、俺の成績がよくて手の平返ししているのか分からなくなる。
「いや、あの、俺はすでにルイン・シーカーに所属しているので、すみません。あぁ、後、一緒に戦ってくれたファナディルはあそこです!」
「「なんだって!?」」
押しくらまんじゅう状態の中、ファナディルを指さすと、みんなが一斉にファナディルの方に流れ、彼を捕まえた。
それにしても、手の平返すの速い人達だなぁ……。
「押しつぶされて死ぬかと思った……」
「トワ、おつかれさま」
「ありがとな。おー……ファナディルのやつ、ぐちゃぐちゃにされてる」
「ファナディルは犠牲になったのね。犠牲の犠牲に」
「どういうことだよ……」
「犬死にしたのよ。教会の捨て犬だけに」
「あー……ピッタリの最後だな」
遠い目をしてファナディルを見守っていると、人だかりの中からあいつの腕だけが天井に向かって伸びていた。
恐らく今頃ミリアたん助けて! と救いを求めているのだろう。
「ミリアたあああああん! どうか僕に救いの手を! 何故だ!? 何故僕が胴上げされているんだ!?」
「うわぁ……」
ファナディルのやつ、宙を二回転くらいしたぞ。おぉ、今度は縦回転だ。
すげぇ。手足があり得ない方に曲がり始めたぞ。
「「ファナディル! ファナディル!」」
「分かった! クランに入る! ただし条件付きだ!」
「「うおおおおお! こいつは渡さないぞおおおおおおおお! うちのもんだああああ!」」
場は異常なほど盛り上がり、ファナディルが宙に舞う高さがどんどん上がっていく。そろそろ天井にぶつかりそうだなぁ。
というか、下にいる人達が手を引いたら、背骨が折れそうな高さだなぁ。
「僕を主様と従うロリエルフが四人以上いて、ハーレムパーティを組ませてくれるなら、そのクランに入ろう! もし、それが果たせずとも、ミリアたんと親交があるクランであれば、それでも構わない!」
一番高く飛んだところで、ファナディルがぶれない主張をする。
その瞬間だった。
「ゴミは捨て置いて、次いこ次ー」
「そろそろ次の連中が戻ってくる頃だな。ゴミは死ね」
「ちっ、ミリア派かよ。聖女と言えばレン様だろ。にわかかよ。ゴミめ、死ね」
うわぁ……すげぇ速度の手の平返しだ。嵐でも巻き起こせるんじゃねぇかなぁ……。都会怖い……。これ、普通に入ってたら酷い目にあっていたんじゃなかろうか。
そんなこんなで突然、みんなが一斉にファナディルへの興味を無くし、散らばった。
そうなれば、宙に浮いているファナディルがどうなるかは明白で、俺は十字を先にきっておいた。
「え? あ、ちょっ!? ぎゃああああああ!?」
見事に机を真っ二つに折りながら、ファナディルが地面に叩きつけられる。
生きているという意味では、当たり所が良かったと言うべきだろうか。ファナディルはヒューヒューとヤバイ呼吸をしながら、タリスマンを天に掲げている。
「ミリアたんは……守った……。あぁ、ミリアたん……お兄ちゃんに元気を分けて……」
「ぶれない奴だなぁ……」
ピクピクと悶えているファナディルがあまりにも不憫だったので、気付いたら奴の側に近づいていた。短い間だったがパーティを組んだせいで、情が湧いてしまったのかも知れない。
こうまで他人のヘイトを集めながら、自分を貫くなんて一種の才能だよ。
「お前の勇姿は忘れない。安らかに眠れファナディル。きっと聖女ミリアも快く地獄に突き落としてくれるだろう」
「人を勝手に殺すな……。それにミリアたんはご存命だ……。あちらの世界にはまだいらっしゃらない。というか、僕が地獄に落ちるワケがないだろう」
しぶとく生きているというか、先ほどに比べてファナディルの顔色が随分と良くなっている。
こいつのしぶとさはアンデット並だなぁ……。
「だが、驚いた……。まさかあんなにもたくさんのクランが集まっても、僕の求めるロリエルフハーレムパーティが組めないなんて……。この世はなんて理不尽なんだっ!」
頭の中もアンデット並かもしれないなぁ……。腐ってるよきっと。
ガチ泣きしながら、床をどんどんと悔しそうに叩いている司祭の言う言葉じゃねぇよ。
頭さえ病んでいなければなぁ……。意外と強そうなのになぁ……。
「ねぇ、司祭」
「止めろセラ、こいつには話しかけない方が良い。変態が移る」
「大丈夫。バカと変態は予防済み。それに、これは聖女ミリア以外に興味が無い。私は守備範囲外だから安全」
確かに、こいつの異常な崇拝はミリアにのみ向けられている。
ロリエルフのハーレムパーティと言っても、結局それってミリアと同じ人を集めたいというだけだろうし。
そういう意味で言えば、ある意味かなり安全な男なのかもしれない。納得出来ないけど。
というか、予防ってなんだ!?
「何でそんなに聖女ミリアにこだわるの?」
「ミリアたんは僕の命を救ってくれたお方。誰もが匙を投げた僕の病をあの笑顔だけで癒やしてくれた。僕はあの時、初めて神を信じ、ミリアたんこそが神だと確信したんだ」
「外でも癒しの聖女の噂通りだね。うちに来た時もニコニコしているし、でも、あれで意外とお酒も強いから面白い」
「そうだろう。彼女の笑顔は最高の奇跡――ん?」
セラの言葉で俺も一瞬何かが引っかかった。
まるでしょっちゅう会っているかのような言い方だ。
「って、ちょっと待ちたまえ。今、うちに来たと言ったか?」
「お客さんとして年に数回来る」
「……本当でございまするでしょうか?」
ショックでファナディルがおかしくなった。
いや、もとからおかしかったな。
「一緒にお風呂も入ったことある」
「オフッ!? 一緒にございますか!? 真実でお風呂入る!?」
もはやファナディルの言葉は言語としてなりたっていない。
それでも、セラがこくんと頷くと、ファナディルは大きく目を見開き、頭をこすりつけながらセラの前に滑り込み、土下座をした。正直相当気持ち悪い動きをした。
「ファアアアアアア!」
ズサアアアという音とともに、埃が舞い、目の前に人型の槍が突き刺さる。
いや、槍じゃ無かった。ファナディルだった。
奴が奇声をあげ、地面に頭を突き刺しながら、真っ直ぐ身体を伸ばしてナナメに滑ってきたんだ。変態以外の何物でも無い。
一体何の力でこいつは床を滑ったんだ!? 奇跡の無駄遣いにも程があるぞ!?
「お嬢様っ! あなたのご尊名を教えて頂きたい! 僕の持つ全てを捧げても良い! 何でもしますから!」
「セラ=ピッカー。アストラル・コードは盗賊。冒険者ランクは銀。酒場宿バッカス&ユルトゥナの生まれ。クランはルイン・シーカー」
「あなたはまさに天の使いっ! あぁっ、ミリアたん、これで僕はまたあなたに一歩近づける!」
ファナディルが涙を流しながら、とても良い笑顔で祈りのポーズをとっている。
こいつにミリアの情報をあげて良かったのかすごく疑問なんだけど……。
出会ったらヤバイだろ。何しでかすか分からないぞ。
「それじゃあ、さっき何でもするって言ったよね?」
「あぁ、任せてくれ! 神に誓って、いや、ミリアたんに誓って必ず成し遂げる!」
「んじゃ、うちのクランに入って。ついでに、店の掃除と、ギルドの依頼表受け渡しと、酔っ払い達の介抱と、お風呂掃除やって。あ、もちろん、無償で、クラン活動費は払ってね」
「え? ちょっと待ってくれ。何かやけに頼み事が多くないか!? それにタダ働きの上に、金まで払うのはいくらなんでも――」
「店にミリアが来るよ?」
「犬とお呼び下さいっ! ご主人様!」
どやっ? じゃねぇよ!? セラさん何してくれちゃってるの!?
そんな誇らしげな顔されても、俺はどうすれば良いの!?
褒められないというか褒めたくないよ!?
というか、何でファナディルは跪いて最敬礼しているのさ!? 人間の尊厳捨ててるよ!?
「大丈夫。安心して。私はトワ一筋」
「そういう問題じゃなくて!? え? この変態拾うの?」
「この耐久力、ミリア以外に興味を示さない童貞力、ミリアの名前さえ出せばいくらでも言うこと聞かせられそうな脳みその腐り具合。とっても扱いやすそう」
「鬼かよ!?」
「間違えた。優秀な犬になると思う」
「余計ひでぇ……」
「自分で言ってたよ?」
そう言えば……そうでしたね。
まさか、こんな変態と一緒のクランに入って冒険するなんて、山にいた時には想像もしていなかったなぁ……。
何でこんな事になったんだろう。
「ところで、ご主人様、店にミリアたんが来るということは、ミリアたんゆかりの品もあるのですか?」
「うん、ミリアのマグカップがある」
「ふむ、ミリアたんのマグカップですか。ふーむ……ミリアたんの聖遺物」
何故かマグカップと聞いて、ファナディルが真剣に悩んでいた。
まぁ、確かに聖遺物とかって見ただけで本物かどうかなんて分からないって親父も言っていたな。有名な聖人は腕が六本あって、足が八本あって、頭が三つあるとか言うぐらいだし。
みんなが好き勝手偉大な人の何とかだって言って、本物かどうか調べることが出来ないから、どんどん勝手に増えていくらしい。
そういうワケだから、ミリアの狂信者であるファナディルは本物かどうか見分けがつくのか悩んでいるんだろうな。そもそも、マグカップを聖遺物と言う当たり大げさ過ぎるけど。
なんて、想いながらげんなりした目でファナディルを見ていると、何か画期的な手段を思いついたのか、奴の顔がハッと顔が明るくした。
「よし、まずは味見ですね!」
「やっぱり頭おかしいだろ!?」
「何をいう全裸で街を歩く変態め! 舐めて味見すれば、味覚だけでなく嗅覚でもミリアたんを感じられるだろう!?」
「やっぱりお前に変態扱いされるのだけは納得いかねえええええ!」
この先がすげー不安になる始まりの日だった。
「トワ、私の眼に狂いはなかった。やっぱりこれ犬だ」
あぁ、俺の周りろくなのがいねぇ。