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こんな酒盛りをするなんて聞いてない!

 衝撃的な出会いがあったその晩、俺が部屋に荷物を運び入れ終わったあたりで、俺の歓迎会が開かれることになった。


「……ただ、酒を飲んで騒げる理由が欲しいだけなんじゃないんですか?」

「本音はそんなもんだ。でも、それで良いじゃねぇか。飲める理由が出来る。すると、うちは儲かる、客は楽しむ。大歓迎さ」


 俺の嫌味にランドさんはカラカラと笑った。

 何故か嫌味を言ったのに機嫌は良さそうだ。だからこそ、不思議でしかたなかった。


「あんなに騒がれて、良い迷惑なんじゃないの?」

「まぁな。だから、騒ぐあいつら用と静かに飲みたいお客さん用に飲むスペースは二箇所あるんだ」


「そこまでするのは、どうして?」

「冒険者ってのは常に死と隣り合って生きている。意外に気を張る職業だから、こうやってバカをやれる場所と時間がないと、生きていけないのさ。いや、死と隣り合っていなくたって、辛い事があればバカ騒ぎをしたいと思うことはたくさんある。だから、そんな連中が少しでも生きていく希望を得られる場所を作るってのが、あの酒場の役目なんだよ」


「あの人達がねぇ……死と隣り合わせねぇ……」

「ま、それなりの実力者達だからな。いずれトワにもわかるさ」


 少しだけ、もやっとした感覚を残しながらも俺はランドさんの言葉に頷いた。

 そんな俺の心境を察したのか、ランドさんは苦笑いしながら何も言わずに俺を酒場まで連れて行く。


 そうしたら、意外なことにあれだけ昼間騒いでいた男達が静かに席に着き、驚くほど大人しくしていた。一瞬幻でも見たのかと思ったくらいだ。


 そんな中でわざとらしくセラの隣の席だけが開けられている。


 セラも昼間とは違って、可愛らしいフリルのたくさんついた白い服を着ている。まわりが男だらけだと、女の子であるセラの周りだけ花でも咲いたみたいな感じに明るい気がした。


「セラもそういう可愛い服着るんだな。久しぶりに見たから驚いたよ」

「オルラン団長が選んだ。何か作業着とエプロンじゃ色気もクソもないとかなんとか。男を倒す装備は可愛さと色気という攻撃力が必要とか意味の分からないこと言って」


「嘘だろ!?」


 脳みそまで筋肉で出来ていて、血潮は酒で出来ていそうなあの団長がこんなフリフリの可愛いワンピースだと!?


「変?」

「信じられない……」


「そっか。やっぱ似合わないよね。こんな服、もう着ないし、貰っても断るね」

「あぁ、本当にどうしてそんな服を選ぶんだ……。裸で外を走り回るおっさんが……フリフリ……」


「あれ? 信じられないのは私の格好じゃなくて?」

「へ!? あ、えっと、セラのその姿は可愛いと思うよ。驚いたのは団長のセンスの方だから、安心して」


「そう。なら、たまに着てみる」


 なんて話をしていたら、ランドさんが乾杯の音頭をとり、皆で一斉にジョッキを掲げる。

 本当に見た目も大人っぽくなって可愛くなったセラを見ていると恥ずかしかったので、ある意味助かった。

 本当に助かったのかはさておいて――。


「乾杯と聞いて!」

「「杯を乾すと応える!」」


「「かんぱーーーい!」」


 そんな頭のおかしい乾杯が鳴り響き、大人しかった男達が爆発したかのように騒ぎ、飲み、食い始める。

 意外なことに、その乾杯の音頭にはセラの声も含まれていた。

もちろん、声はそんなにはりあげてない。ちょっと控え目な声だったのに。だったのになぁ。

 セラのジョッキはしっかり空になっていた。

 この子、何の躊躇も無く一気に飲み干したぞ!?


「セ、セラ? これが普通なの?」

「ん? 何が?」


「いや、さっきの乾杯だよ」

「うちでは普通だよ?」


「うちでは……?」

「そ、うちでは。外は違うみたいだけど」


 もう、そうか、としか言えなかった。

 やっぱり、新しい下宿先を自前で探すべきかな……。俺、ここにいたら本当にホームシックかかりそう。

 俺はそんな思いを飲み込むように、ジョッキに残った麦酒を勢いよく飲み込んだ。


 あぁ、本当に辛い時に飲む酒は心にまで染みるなぁ……。


「お、トワも飲めるんだ」

「まぁ、それなりにね」


 ちょっと嬉しそうに俺を眺めるセラの目に、俺はちょっと見栄を張ってしまった。

 それが多分全ての間違いだったんだと思う。


「はい、どうぞ」


 いつのまにか、ジョッキにこぼれんばかりの麦酒が注がれていた。


「おかわりいっぱいあるよ」

「え?」


 そして、セラは自分のジョッキにも麦酒をなみなみ注ぐと、それを一気に飲み干して――また注ぐ。


「トワァ……。お酒はまだまだあるんだよぉ? 三年ぶりにあったのにぃ……、私とお酒はつきあえないのぉ……? 私達せっかくお酒が飲める大人になったんだよぉ!?」

「セラって酔っ払うと絡み酒するの!?」

「ほらぁ、乾杯と聞いたら、杯を乾して応えるのぉ。かんぱーい」


 どう見てもセラは酔っ払っている。

 しかも、セラが俺の椅子の端に身体をねじ込み、俺の身体に自分の身体をこすりつけるように、密着しようとしてくる。

 そんな状態で酒を飲むものだから、彼女のジョッキから零れた酒が俺の服にもかかってしまって、二人してビショビショになってしまう。


 しかも、セラの着ている服が白いせいなのか、薄いせいなのか、酒で濡れたところが透けて、下着の線がハッキリと浮かび上がってくる。

 酔いじゃない何かで頭がおかしくなりそうだ。


「誰か水を! セラが酔って面倒臭いことに!」


 このままじゃダメだ。色々な意味で!

 そんな俺の助けに応えてくれたのか、オルラン団長がコップ片手にやってくる。


 変態だけど、気配りが出来る辺りさすが団長の肩書きは伊達じゃないか。


「ここまで酔ったセラ嬢は初めてみたなぁ。ほれ、トワ、水だ。セラ嬢に飲ませてやれ」

「ありがとうございます。ほら、セラ、水」


 セラのジョッキを取り上げ、代わりにコップを手渡すと、セラは嬉しそうに目を細めてチビチビとコップに入った透明の液体をなめるように飲み始めた。

 ん? なめるように?

 まさかと思ってコップを奪い取り、その液体をなめてみると、喉の奥から鼻にかけて何かスーッとした涼しくも熱い物が通り抜けた。

 そして、それが何だったのかを知るために、魔法を発動させる。


「トーチフレイム」


 俺は松明代わりに使う魔法で小さな炎を指先に灯した。

 そして、コップの表面に小さな炎をのせたら、コップの液体に火が点いて、ユラユラと炎が揺れた。綺麗だなぁ。都会の水って火が点くんだ。


「って、蒸留酒(ウォッカ)じゃあねえええかああああああ!?」


 思わず机の上に叩きつけたら、コップが割れて、広がった酒を追いかけるように火も広がって、すぐ消えた。


「何を言っている? ウォッカとは生命の水を意味するものだぞ? 火がつくなんて、何かとても活きが良さそうじゃないか? 活が入るぜ!」

「そこは普通の水を持ってくるでしょう!? セラがこんなに酔っ払っているのに、これ以上酔わせてどうするつもりですか!?」


「いや、セラ嬢は酒にめっぽう強く、強い酒を水でも飲むかのように美味そうに飲むんだが、ってそうか。そういう演技を――っ!? 何でもございませんっ! 某が可及的速やかに水を持って参ります!」


 突然態度を変えたオルラン団長に俺は声をかけることが出来なかったが、結果的に普通の水はすぐに手に入った。

 今度は事前に毒味をして、セラに渡しておこう。


「うん、ちゃんと水だな」


 それなのに、セラは何故かコップにずっと口をつけたまま、なめるように水を飲んでいる。まるで、これを飲んでしまうのがもったいないと変な飲み方をする子供みたいな感じで。

 そして、その水を飲み終える頃にはセラは落ち着いた様子で俺から離れた。

 顔がやけに赤いのはまだ酔っ払っているせいなのだろうか?


「トワ……あたし……本当に酔ったみたい……だから……」

「ん?」


「飲んで?」


 ドンと葡萄酒の入ったジョッキを目の前に置かれた。

 そんなニヘラーとした口元とトロンとした目で見ないで!? 断れなくなるから!


「あの、セラさん? 俺、明日、ギルドの冒険者登録試験があるんだけど……」

「大丈夫。絶対に遅刻しないように起こしてあげる」


「……はぁ、仕方無いなぁ。でも、俺はあの人達みたいにならないぞ。良いかセラ? 俺達は自立した冒険者らしく、酒は飲んでも、酒には飲まれないようにしないと」


 って言った俺は死んだ。死因は急性アルコール中毒だろう。


 気付けば、俺はセラに押し出されるような形で、いつの間にか開催された腕相撲トーナメントに乱入し、腰布一枚になっている団長に挑戦していた。


「うおおおおおお! オルラン団長おおおお! 諦めろおおおおおお!」

「諦めるかああああ! 新入りに良いようにやられるワケにはいかないんだあああああ!」


「トワアアアア! がんばれええええ!」

「嘘だろおおお!? あの新入り! あの細腕でオルラン団長と競ってやがる!」


 俺はセラに勧められるがまま、何杯か飲まされたところで、俺は完全にできあがってしまい、それはもう酷いことになった。

 常在戦場、酒盛りの場ですらも戦いの場だというノリに、完全に染まりきっていたのだ。

 確かにランドさんの言う通り、嫌な事があったら騒がないとやってられなくなる! 酒の力は怖い!


「うおらああああ! 山育ちなめるなああああ!」

「バカなっ!? 某が力で押し負けるだと!? ぬおおおおおお!?」


 ガチャン! とコップが跳ねる音がするほど机に強く団長の腕を叩きつける。

 それが俺の勝利の合図だった。そして、ついに団長の腰布が宙に舞う。


「ふっ! さすが支配人の目にかなった御仁だ。この腰布は奪われたが、まだ勝負は出来る! このルイン・シーカー団長オルランがトワ=ティーニーに早飲みで勝負を挑もうぞ!」

「返り討ちにしてやらああああ! 田舎もんの底力を見せてやるぜえええ! 酒だ! 酒持ってこいやああああ!」


 こうして、記憶が飛ぶまで飲みまくったのだが、霞む記憶で自分の服が舞っていたのは気のせいだと思いたい。

 でも、そういう時って気のせいじゃないって相場は決まっているんだよな。

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