こんなクランに入るなんて聞いていない!
店から逃げ出していた俺はふとあることを思いついた。
「そう言えば、風呂屋って言っていたよな。もしかして、みんな風呂上がりで涼をとっていただけとか? 酒も浴びるように飲んでいたから服が濡れないように……とか?」
それなら裸でいた理由は何となく理解は出来るし、ランドさんがいつもの光景だと言うのも分かる。
納得は出来ないけどな!
とりあえず、セラにでも聞けば本当の所は分かるかな? あいつは女の子だし、よっぽどこういうのは俺より敏感なはずだ。
そう思って、後ろを振り向いた瞬間だった。
「待てぃ! そこの新米ぃぃぃぃ!」
「戻ってこい! 新米ぃぃぃい!」
さっき腕相撲をしていた全裸の大男二人が煙玉でも使ったんじゃないかと思うほどの土煙を立てて追いかけて来た。
しかも、全裸で。
「ぎゃああああ!? 変態だあああああ!? 衛兵さん助けてええええ!」
「何だと!? 変態はどこだ!? 俺達が代わりに退治するから安心してくれ!」
「あんた達がその変態だよ!? 全裸じゃないか!?」
「全裸がどうした!? 冒険者になるのに恥ずかしがり屋だと苦労するぞ!」
「あんたらの格好の方がよっぽど恥ずかしいよ! 恥知らずだよ!? 人としての尊厳はどうしたのさ!?」
「「安心しろ! この世界に平穏を取り戻すため、下らないプライドなどそこらへんに脱ぎ捨ててきた!」」
「全裸じゃなければ感動的な台詞だよ!? ってか、その図体のくせに足メチャクチャ速いな!?」
俺はもう全力で逃げた。でも、土地勘の無い俺は次第に二人に追い詰められ――店に連れ戻された。
泣きそうだった。それはもうランドさんの顔を真っ直ぐ見られないくらいに。
「おかえりトワ。ホームシックは簡単には治らないかもしれないが、数日もすれば慣れるさ」
ランドの優しさが何故かこの時だけは胸に痛かった。
違うよ。俺そんなことで悩んでない。
そんな俺の姿がよっぽど惨めに見えたのか、両脇を囲む大男二人(全裸)が俺の肩をぽんと叩いた。
「良いか新米。冒険者というのはいつか親元から離れ、自立しなければならない。お主にとってはそれが今日であっただけのこと」
「そうそう。困ったことがあったら何でも俺っち達に言うと良いよ」
「あんたらの存在に今困っているよ! ホームシックなんかじゃない!」
まるで俺がホームシックを起こして逃げ出したみたいされていて、思わず大げさに反応してしまった。
けれど、ランド含めた三人は俺よりももっと驚いた様子で飛び跳ねたのだ。
「「えっ!? ホームシックじゃないの!?」」
「店を開いてウホッ、男だらけの全裸腕相撲大会が開催されてたら、驚いて逃げもしますって……おかしいのは俺なのか……これが都会なのか……都会怖い」
俺はこの異常事態を普通だと受け止められる都会の度量の広さに、ある種の畏敬の念を抱かざるをえなかった。
都会がこんなに恐ろしい場所だと知っていたから、親父は俺の都会行きに待ったをかけていたんだな……。ありがとう親父、俺、弱かったらここで心が死んでいたと思う。
なんて思っていたら黒髪の男の方が申し訳無さそうに頭を下げてきた。
「新米、安心して欲しい。某らは好きこのんで全裸になっている訳ではない。それに、街を少しでも見たのなら、皆服を着ていることは知っておろう? 某達もそれと同じ人間だ。服は着る」
「そういえば……そうですね」
意外と落ち着いて話せば良い人なのだろうか?
酒も入っていて酔っ払っているんだろうし、誤解なく会話出来ればちゃんと意思疎通出来る人なのかな?
「ただ、某達はこの格好の方が気楽だというだけだ。開放感の快楽を知ってしまったら、もう抗えなくなる。君も男なら分かるな?」
「変態じゃないですか……」
やっぱ話し通じないわ。何も分かんないわ。
この人達が特殊だったんだ。俺は間違っていない。
「おい、団長。そんな言い方をするから、俺達が変態だって誤解されたじゃないか? ちゃんと俺っち達が脱いだことには意味があるって説明しないと」
「意味ですか?」
「良いか? 冒険者になるということは常に戦いの世界に身を投じるということだ。勝てば全てを得られるし、負ければ全てを失う」
褐色の男の言う通り、冒険者の生活は常に死と隣り合わせだ。
けれど、この人達が脱ぐのと一体何の関係があるというのか。
「故に常在戦場を心がけている。俺っち達はこういう酒盛りの場でも戦いに身を置き、常に感覚を研ぎ澄ますんだ。だから、何事も真剣勝負、勝負に負ければ何かを失わないといけない」
「だから、服を脱ぐと……? 賭けなら小銭とかで良いじゃないですか? それとも小銭じゃ全てを賭けた気がしないんですか?」
「いや、違うんだ。脱がないといけない気がしたら、もう勝手に脱げていたんだ。だから、俺達は自分から全裸になろうとしたんじゃあない。お前も冒険者になるんだから、分かるよな?」
「はい、あなた達が変態だということは良く分かりました。さっきの前振りなんだったんですか……微塵も関係無いんですけど……」
一瞬でも正統な理由があるのかと思った自分がバカだった。
この人達はただの脱ぎたがりの変態だ。
というか、この人達さっきから団長とか冒険者とか言っているけど、一体何者なんだろう? 随分ランドさんと親しそうだけど。
「あのー……ランドさん、この変態達一体なんなんですか? 衛兵につきだすか、冒険者に退治してもらったらどうですか?」
「あぁ、そういえば、紹介していなかったな。俺のクラン《ルイン・シーカー》のメンバーだ。そのでかい黒髪の奴が団長のオルラン、そっちの褐色が副団長のグラック副団長さ。これから一緒のクランでやっていくんだ。よろしくやってくれ」
「は?」
変態が冒険者なのは、まだ良い。
でも、何故か俺が入団することが既に決定事項になっている。
嘘だろ!? この変態集団に仲間入りするとか冗談じゃないぞ!?
「いやいやいや!? 何勝手に決めてるんすか!?」
「ん? そうか。トワは人見知りだったな。大丈夫だ。セラも所属しているから、ぼっちにはならないぞ。安心しろ」
「えええええ!?」
俺が人見知りだという誤解はこの際どうでもいい。さらっと言われたけど、ランドが一人娘をこの変態の巣窟に放り込んだことの方がよっぽど驚いた。
セラの純潔は大丈夫なの!? とは口が裂けても言えなかった。