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こんな始まりになるなんて聞いてない!

 魔王に立ち向かう俺に仲間の焦りの声がかけられる。

 俺を慕ってくれる可愛い女の子達は傷付きながらも、まだ俺に希望を抱いてくれているような眼差しを向けてくれる。


「ねぇ、トワ様、本当にやれるの!? 相手はあの魔王なんだよ!? 私達じゃ勝てないよ!」

「大丈夫。魔王の技も魔法もさっき全部見て覚えた。それにみんなとずっと一緒に過ごしてきたおかげで、みんなの技も使える。俺がみんなの想いを魔王にぶつけるよ」


 俺は自分の周りに魔法陣を展開すると、魔王にも勝るとも劣らない連続魔法を発動させた。


「俺は全てのスキルを手に入れる職業だ! 魔王だろうが神様だろうが全て覚えて使ってみせる!」


 そして、魔王のスキルと同時に神の奇跡も呼び起こし、魔王の攻撃を押し返し、圧倒する。


職業技典アストラル・コード! スキルシーカー! 全スキル同時発動! 俺達の絆の力を食らえ!」

「スキルシーカー! そうか貴様がやはり我に仇為す敵だったかあああああ!」


 そんな断末魔とともに魔王は砕け散り、俺は仲間のみんなに抱きしめられた。



 なんて、夢をみた。こんな夢を見たのは明日から俺も冒険者になるからだろう。

 目を覚ましてころには新しい街に到着した俺は、いてもたってもいられなくて、馬車の荷台から飛び降りた。


「トワ!? 急に飛び降りたら危ないぞ!?」

「大丈夫ですよ。山の中じゃ、これくらいの段差なんて当たり前なんで! うわっ! 人がすげーいっぱいいる! ここが今日から冒険の拠点になるんだ!」


 おじさんが俺を呼び止めたけど、押さえが効かなかったんだ。

 山の中に住んでいたときは人より魔物の方が多かったし、石で舗装された地面なんかもなかった。見るもの全てが新鮮で輝いて見えたんだ。

 俺はやっとあのド田舎から解放されて、街に出られたんだ!


「全く、はしゃぎすぎだっての。冒険者らしく冒険したいのかもしれないが、俺の店までは大人しく座ってろ。道に迷ったら一人で店まで来られないだろ? いくら剣聖の弟子でも地図がないまま街をうろつくのは無謀だぜ。魔王を倒す前に野垂れ死んだら笑えないぞ」

「はーい。そういえば、ランドさんの店って何の店なんですか?」


 俺はこの新しい地で冒険者になるために山奥から旅立った。

 そして、今俺を案内してくれているランドは親父の親友で、俺に居候先の店主でもある。

 見た目は元冒険者なだけあって、腕が太く、顔にも切り傷の痕が残っているものの、顔は意外と整っているダンディなおじさんだ。

 そのランドが切り盛りしている店は――。


「酒場と風呂屋と宿屋を足したような店でな。バッカス&ユトゥルナって店名だ。湯を山から引いているから町外れにあるのがちょいと欠点だがな」


 ランドはそう言ってしばらくすると、照れくさそうにとある店を指さした。


「あの店が今日からお前の家になる。親しき仲にも礼儀ありとは言うが、敬語は無しだぜ。トワ」


 そして、ワシワシと俺の頭を撫でてくる。乱暴だけど、優しい手だった。


 温泉付きの宿屋兼酒場の店、その店先には自慢の看板娘が立っている。


 ある程度離れていても、彼女の雰囲気は独特ですぐに誰か分かる。

 ちょっと人間離れしているように見える青みがかった銀の髪に、金色の瞳、真珠のような白い肌の彼女の名前はセラ=ピッカー。ランドさんの一人娘だ。


「セラ! 久しぶり!」


 けれど、セラは俺が声をかけると、何かにビックリしたように飛び上がり、ずっこけそうになりながら店の中へと姿を消した。


「何で!?」

「ハハハ、恥ずかしいんだろ。トワに飾り気の無い服とエプロン姿なんて見られて。あいつにとってお前は兄貴みたいでもあり、ヒーローみたいなもんでもあるからな」


「別に気にしないんだけどな。どんな姿でもセラはセラでしょ?」

「それはあいつに直接言ってやってくれ。多分、むっつり顔のまま照れるなんて珍しいモノが見られるぜ。さて、俺は馬を馬小屋に連れて行くんで、お前は店の中で待っていてくれ」


「分かった」


 そうして、俺は一足先にお店の正面玄関に備え付けられた大きな木の扉の前に立つ。

 数々の冒険者だけでなく、時には王族や大司教と言った重要人物がくぐり抜けたと言われる店の門。

まるで、ここが新しい世界の入り口だと言わんばかりの大きさと雰囲気に、思わず胸が高鳴った。


「ここから俺は一体どんな新しい世界と出会い、どんな冒険をするんだろう」


 たくさんの女の子と出会い、親父のように将来を共にする伴侶を見つけたりするのだろうか?

 そんな人達とともに魔王を討伐し、幸せな日々が待ち受けているのだろうか?

 って、そんな未来のことよりも、セラにちゃんと挨拶しないとな。

 そんな恥ずかしいことを考えながら、扉を思いっきり引くと――。


 地獄の底から鳴り響くような野太い声がした。


「ぬおおおおおおおんんんん!」

「うおおおおおん! 某の勝ちだああああああ!」


 ほぼ全裸の大男が腕相撲をしていて、木の机を割っていた。

 そして、それだけで勝負は終わらず――。


「お主の負けだああああ! 脱げえええええええ!」

「うらあああっ! どんなもんじゃああああ!」


「良い脱ぎっぷりだ! さぁ、最後の腰布一枚もひん剥いてくれるわああああ!」


 いきなりズボンを脱ぎ捨てた。しかも、酒場内にドッと歓声が沸き上がる。


「「うおおおおおお! 団長! うおおおおお!」」


 その声に驚いて周りを見てみると、さらに異様な光景が広がっていた。

 筋肉質の大男数十名が腰布一枚で、酒の入ったジョッキをあおっている。


 何でみんな服を着ていないんだ!? 俺は原始時代に時空転移でもしたのか!?


 そんな全裸の男達は、人の頭くらいありそうな大きなジョッキを一気に空っぽにすると、すぐに次の酒が注がれて、それをまた被るように飲んでいる。


「ふぅー……」


 俺はその世界を見なかったことにして、扉をそっと閉めて深呼吸をした。

 きっと今のはこの扉が異界か何かに間違って繋がっただけなんだ。扉を開けたらエプロン姿のセラが給仕していて、これからの冒険に胸を躍らせる冒険者達がいっぱいいるんだ。


「俺はどんな新しい世界と出会い、冒険をするんだろうな。セラともこれから一緒に暮らせるし、毎日飽きないだろうな!」


 そして、意を決してもう一度扉を開けてみると――。


「っしゃああああ! 脱げえええええええ!」

「ぐおおおおおお! また負けたあああああああ!」


 ちょうど二回目の腕相撲の決着がついたのか、雄叫びをあげる黒髪の大男と、地面に倒れている褐色の男がいた。

 そして、負けた褐色の男がおもむろに立ち上がると、腰布に手をかけ天高くその腰布を放り投げた。


「俺っちのご立派様をご開帳じゃああああああ!」

「「うおおおおおおおおお。さすがオルラン団長だ! 五人抜きだあああああ!」」


「グラック副団長が最後まで脱いだぞ! 仇討ちだ! 俺達も続けえええええ!」

「全員返り討ちにしてくれるわああああ!」


 俺はご立派様が飛び出る直前、とっさに回れ右をして、そのまま走り去ろうとした。

 だが、数歩を踏み出したところで突然腕を掴まれた。


「おい、トワ、どこへいくんだ? 店はここだぞ?」


 反射的に振り向くと、そこにはいつの間にかワイシャツ、ベスト、ネクタイ姿になったランドがいた。いわゆるバーテンダーという格好らしい。


「いやいやいや! おかしいでしょう!? なんでそんなに落ち着いているんですか!?」

「そうか。やっぱりトワもそう思うか。お前の親父さんのユーゴーも来る度にそう言っていた」


「そりゃ誰だっておかしいって思いますって!」

「みなまで言うな。自分でも分かっているんだ。この俺がバーテンダーなんて似合わないってことくらいな。歳は怖いな? 暴虐の剣闘士なんて呼ばれていた俺がこんなにも丸くなっちまった」


「ちがあああああう!? そうじゃない! ランドさんの服は意外と似合っててビックリですよ!」

「ん? なら、一体なにがおかしいと言うんだ?」


 俺がおかしいのか? 何か幻術にでもかかっているとでも言うのか?

 それとも、これが都会という世界なのか!? 新しい冒険の世界だと言うのか!?

 一体、俺に何の冒険をさせるつもりなんだ!?


「どう見てもおかしいでしょ!? 何であの人達全裸なの!?」


 しかも、何で腰布が宙を舞ってるの!? 何でぶらんぶらんさせて平気なの!?


「いつもこんなもんだが? だが、言われて見れば、今日はいつもより脱ぎっぷりが足りないな。確かに調子が悪そうだ」

「山に帰らせて頂きます!」


 こんな所にいられるか。俺は実家に帰らせてもらう!

 俺は知らなかった。この言葉を口にした者が無事でいられる訳がないということを。

 そして、自分の背後で繰り広げられたこんな会話を聞き漏らしてしまったという失敗を酷く後悔した。


「ふぅむ……。ホームシックか。山育ちに都会の喧噪は騒がしすぎたか?」

「おろ? 支配人、そんな入り口でどうしたんですかい?」


「いやな、親友の息子が冒険者になりたいっていうんで、うちに居候させようと思ったんだが、今ちょうど逃げていってな」

「ふむ。ということは我々の新しい団員ということですか。分かりました! 某達が一肌脱ぎましょう!」


「あぁ、任せるのは良いんだが、お前らそれ以上何を脱ぐんだ? もう剥けるもんもないだろ」

「ハハハ違いない。では行って参ります!」


 こうして、もはや脱ぐモノなど無い大男達が俺の真後ろから猛ダッシュで迫ってきていることを俺はまだ知らない。

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