003:創意の源流
重興が創作を始めたのはいじめという逆境の中であった。前半シリアス、後半ギャグでお送りします。
約八千字です。
後今回から重興の一人称が僕に変わっております。変更の拙さは全部筆者にあり、またブレたキャラを演出してしまい俺一人称を好ましく思っていた読者の方々には、誠に申し訳ありません。
--願いだった。
授業の時間である。おのおのが教師の話を聞きながら板書を模写したりあるいは聞き流したりと選択している。
その様を千野重興は静かに眺めていた。
つまらない、という感情が走る。教師の不協和音じみた稚拙な説明も内容も、同輩たちの空気に漂う無臭の悪意も。
また、自分自身にもつまらない、という思いが強かった。
夢というものを教えられた。
どうやら夜に見るものではなく、人間が生きていく上でのコンパスのようなものだ、と一年前の教師には教わった。
レトリックに興趣を覚えて以降重興は不意に自分はどのように立っているかわからなくなる感覚に陥ったのだ。
真っ先に自分の脳髄を刺激するのは言葉だ。
--お前はそれでいいのか? 問いかけに、重興は答えを出せないでいた。
それが一年続けば慣れるのだろうが、面食らいするばかりでそのたびにフリーズしていた。
まただ、国語の授業中に問いかけが走る。誰も重興に気にかけた様子はみせない。教師ですら自分の授業に酔っていて優秀な生徒に問題を解かせることで有能であること再認識している様子だ。
具合が悪くなった、といえばいいのか、単純なことも凍った頭では処理できないでいた。
給食の時間になって対面に座る女の子が、名前は知らない、が話しかけてきた。心配した様子だったので、少しうれしかった。うれしかった分だけ劣等感にさいなまれる。よせばいいのにすらすらと出てくる皮肉の言葉が重興の心を卑屈にさせた。
皮肉にめげることなく女の子は昼休みに重興に話しかけた。
「ねぇ、ちょっと私の教科書見てみて」
いわれ見るくらいだったらと思い、渡された教科書をみる。
表紙や背表紙裏面と特段変わった様子もない。パラパラとめくってみてようやくわかる。
パラパラ漫画だ。丸いデフォルメされたキャラクターが歩いていてリンゴを吸い込んで食べたり、木槌を持ったペンギンのようなキャラクターにへこまされたりと、様々なアクションが繰り広げられている。
すごいね、と素直に感想をいう。いってから打ちひしがれた思いが沸く。
--お前はそれでいいのか?
問いかけは更に続く、お前はなにができる? と。
絵は下手くそだ。女の子は絵が描ける、あるいは好きだからという情念からあるいは妄執からひたすらに絵を描いた。
小学生という立場でほめられたこと、自分が他人よりも先んじていることは何かないか、と重興は問いかけた。
国語、くらいだ。
創作に打ち込んでみよう、と思い至ったのは武器と呼べるものが国語で、国語は文章に根ざしている。文章を連ねていけば小さな話になるということに気づいたからだった。
はじめのうちは少ない物語の吸収率から、似通っているばかりで面白味もない話を書いていた。
--それでいいのか、問いかけがこぼれる。
問いかけに変化が出てきたのは十編ほど小さな話を書いてからだった。
--どうしたら面白くなるのか?
変化、と言っていいのだろうか、能動的、指標をもって問いかけるようになったのだ。
また問いかけるパターンも増えた。後で知ったことだが、お題に対し五回何故と繰り返す発想法というものがあるのだという、重興は困ったら何故と対案を出すことを覚えていった。
学校生活にも変化が及んだ。
悪化した。重興はイジメられるようになったのだ。
イジメられている、ということに気づいたのは隣の席に座る女の子、未だに名前を知る気もない、が話しかけることもなくなった事実からだ。
思い返してみれば無視という初歩的なイジメは前々からあった。
教師からいわれ話しかけてみて気づいていないのか声を大きくして応対したところ、舌打ちされそれきりになるということもままあった。
誹謗や陰口は遠くからそして外部に気づかれぬように続いた。暴力にまで発展したのは乱暴者が自分がうっぷんを晴らしても問題のない存在がいるということを気がついたからだ。
何より、重興の心を深く抉ったのはイジメられている事実を両親たちに知られることだった。
父親はともかく母親は目聡く重興の変化を見抜いていた。実の子であっても押しに弱い母を言い含めることは、難しいことではなかったが、父と情報を共有するのも時間の問題であった。
それでいいのか、という問いかけが内なる声で響くことはなかった。
重興は辛くはあるが、問題であると思っていなかったのだ。
その日は特にイジメが激しかった。
なぜなら教師にイジメが発覚したからだ。
ふつう逆ではないかと考えられるだろう。生徒の味方であるはずの教師に理解を得られて問題が激化するなど、あべこべである、と。
これは重興の態度と教師の嗜好に原因があった。
「授業中になにを遊んでいるんだ、お前は」
名を呼ばず、お前呼ばわりの教師である。激高し肩につかまんばかりに手を戦慄かせている。
重興は遊んでいるつもりではなかったので、お話を書いています、と答えた。
その態度に、軽んじられていると取られたのか教師の目が血走る。
「今は授業中だ、授業のことだけしなさい」
「それは僕にだけいえることでしょうか。何故僕にしかいわないのですか?」
普段平等を謳い道徳の時間で命の価値を説いていた聖職者は夏のトマトのように顔を赤くさせ、あるいは椿のように紅潮し落ちて飛んでくるのではないかと思わせるほど怒らせていた。
代わりに罵詈と悪言が飛んできた。
この教師が卒業後別の学校に移ったことを知ったのは、重興が小説家として世に出てからである。そのことはこの話にはなにも関係がないし、持ちたくない。
「では、千野くんのために国語の授業にしたいと思います」
そういって教師は重興の書いた小説を持ち上げ隣の女の子に渡した。渡された女の子は戸惑いながらも、受け取り重興に目配せをしながら教師の顔色をうかがっている様子だった。
「さおりさん、千野くんのために読んでもらえますか?」
さおりと呼ばれた女生徒はえと声を漏らした。そこから教師の振る舞いに感化されて悪のりした、たしか乱暴者だったと思う、読めという言葉が連呼しだし教室の中は一種異様な空気に包まれ出した。
そこからはよく覚えていない。
さおりという女の子が声を震わせながら、重興の話を読み、嘲笑を教師が促して、重興は恥ずかしさにふるえながら、そこにいた。
読み終わって、あとは感想会だ。教師に悪評を求められ生徒たちは拙いながらも感想をつぶやいた。感想が物語に沿ったものならば、悪評でも評価として耐えられたけれども、重興のありもしない人格を論拠に語るものにはいっそ殺意も覚えた。
けれどもボロボロだ、精神の磨耗が著しい、見た目でわかる。
動悸が早くなって体温が感じ取れるほど上昇したり、背筋が泡立つ静かな寒さを感じたり、その繰り返しで重興は戦慄くことにすら疲れている様子だった。
教師はいう。
「欧州では才能のないやつはきっぱり諦めさせることが慣習らしい、千野くんは才能がない」
だったら、教師はささやくようにいう。
--やめちまえ。
「千野くんのやっていることは時間の無駄遣い、糞を作って喜んでいるそれがいいものだと喜んでいる勘違い野郎、それが今のうちからわかったんだから、救いがあるよ?」
やめろ、やめろと声があがる。
「やめろよ、クソが」
教師の、いうことではない、という常識と、教師だからいうのか、という倒錯が同居する。
いっそ、やめてしまうか、という考えが浮かぶ。
ここまでいわれるのだったら僕には何もない、なんの価値もない、なんの意味も。
「ぼ、僕は--」
言葉を続けようとしたとき、風が吹いた。
ーーそれでいいのか?
形が見えないものがある、価値はこれから作っていく、意味は--意味はーー……!
「楽しかったんだ」
はっ? という間の抜けた吐息が漏れる。
「僕は、クソだといわれても才能がないといわれてもやめない理由がある、それが--楽しかったからだ」
文言が流れ出る。
「あなたの授業の方がよっぽどクソだ、偽善者。僕はもう金輪際この教室には来ない」
さよなら、といって荷物をまとめて出て行こうとして、重興は抱き留められた。
温かい感触に重興は--
--目を覚ました。
「大丈夫?」
重い両の瞼をあけると蛍光灯の明かりを背にした顔のない女がいた。顔がない、というのは影で見えないというだけだ。夢が夢だっただけに重興はまだ夢の続きにいるのか、と思った。
「うなされてたょぉ? 苦しそうだった」
現状を鑑みる。心配させないために重興はごまかそうか、とも思ったが恋人に甘えよう、と思った。
「ちょっと悪い夢見てね、久子、さん、ちょっと抱きしめて貰っていいですか?」
「ぃいよー、怖くない怖くな--ぃた」
反射的に軽い手刀で久子の赤褐色のパーカー越しに腹をたたく、たたくというよりなでる具合だ。
「ちょっとぉ、なにぃ?」
怒ったのか、それともくすぐったかったの判別のしにくい笑顔でそれでも久子は重興を抱きしめる。
「子供扱いしてごめんごめん、重やんは男だもんねぇ」
「ちゃんと漢字の方でいった?」
「そこまで渋くなぃょおー」
背中に回された手が温かかった。
「久子さんは、どうして小説書こうと思ったの?」
謎、といえば謎だ。久子の小説に対するスタンスは安易といえなくもないが、基本的には貪欲だ。なにせ作家になるという大目標をたて、作家である重興に弟子入りまでしているのだから。
実際成果も上がっている。掌編を十本で音を上げていたのが、今や百本にまで到達したのだから。
傾向としては少女向けの作品だ。畑は違うが、そこそこのものだと弟子に対する厳しさも含めて重興は認めている。
これで恋愛が好きだから、といわれたら、男として自信のない重興は戦々恐々とする。恋愛の素人である重興が恋人の価値観の相違で捨てられるとなったら、筆を折るまでいかないものの年単位で手を着けられないのではないか、と変な自信がある。
「重やん」
「は、はい」
声を聞く。いつになくまじめで埋めた胸を話して見上げた顔はいつも間延びしたしゃべり方をする久子にしては凛としていて、似合わなかった。
「私はほめられたから、だょ」
「えっと、小説、を?」
ぅん、と久子はうなずく。
「小学校の頃から本がすきぃだったの、で、友達と書いてたのぉ」
最初は二時創作だったなぁ、うらやましい経験だ、と重興は思う。
恋人は望まれて望んで小説家になろう、と思ったのだ。
祝福された一方自分は呪われて今の場所にいると重興は恋人自分の違いにいらだちを覚えた。
嫉妬だとはすぐに気づく。そして、恋人を、恋人が好きであり望まれたからこそ得た苦悩を見ていない短絡を恥じた。
「友達が、ゃめちゃったの」
「どうして、と尋ねていいかい?」
「賞に投稿して、私だけぃい結果を、それでも一次通過とかだけど」
「どこかな?」
「さんぼるティーンズ」
聞いて、弟子のスペックの高さに重興は驚いた。
サンダーボルト文庫はライトノベルの数あるレーベルの中でもトップをひた走る存在だ。少女向けのレーベルさんぼるティーンズ文庫を立ち上げてからすでに十年は経過しているが、読者を獲得し一般レーベルにも発表するような技量の高い作家を排出している優秀な部署だ。
ちなみに重興がサンダーボルト文庫に小説を投稿した結果は一次落選だ。小さく負けたことを重興は少し悔しかった。
「それでも最初のうちは友達はがんばってたんだょ、私もがんばった」
それでも評価という天秤は久子にしか傾かなかった。
「きらぃ、っていわれたの」
「友達、に?」
ん、とうなずく恋人に何かいってあげたかったが重興は言葉がでない。
「どうして私だけが、どうして玲子じゃないの、どうして?」
ねぇ、どうしてかな、重やん、問う恋人の声はかすれている。目も心なしか潤んでいるようだった。
「たまたまだよ」
だけど、残酷に重興は答える。
「願いに軽重はない、強く願ったから叶った、軽く願ったから叶わなかった、その逆も憎らしいほどある。たまたまを、もっともらしく運命と呼ぶには厳しく辛いけど、嘆いている暇があったら現実と向き合わなきゃ」
だって、重興は言動の厳しさを自覚していた。なにしろ自分の言葉にも押しつぶされそうだったからだ。
「自分が一番変えやすいのは、自分なのだから」
そして、チョップを自分よりも座高の高い久子の頭に食らわす。
「ぁいたっ! え?! し、重やん?」
豹変した重興の態度に久子は驚き面食らう。簡易ベッドの上に重興は仁王立ちして声高に御高説をーー有り体に言えば説教を始めた。
「なめるな弟子っ! たかが一次選考通過ぁ? 百本書いて小山の大将ですかぁあ? プロはなぁその努力を倍数で表すのおこがましいほど試行錯誤と研鑽を繰り返してんだよ! バーカバーカ!」
「ば、バカって、重やん、ちょっとひどぃ……」
「あのな、大学生、もうゴールしてもいいよね現象はとっくに卒業してるだろ? どこどこまでやった、ハイおしまい、ってことが人生に起こらないって事もわかってるだろう?」
どこまでも続くんだよ、重興は笑う。
「とんだクソゲーだよ、明確な勝利条件を提示しないんだ。でも、それはどういうことだ? 人それぞれに勝利条件が決められるんだよ、じゃあ弟子、そこから読みとれる肯定的な意見は?」
「え、あぅ、その--」
「どこまでだって勝ち続けられる、寿命なり病に倒れる前にな」
勝つって大事だ、重興は笑う。
「よく勝負より大事なものがあるとかいうよな、弟子、それをどう思う弟子」
「ある、とは思うよ」
「ないんだよ、そんなこと言い出したら、負けるために勝負したのか、僕はその手の論法みる度に思う訳よ」
「で、でも、極論だと--」
「暴論でもある、自覚はあるよ。けど、負けが人を育てるか? トワコの友達は負けにつぶされた」
「--っ、そ、そうだけど、でも!」
「トワコは次のステージにあがった、作家に手が届くと思ったから、夢を持ったんだろう?」
その思いは負けて手には入ったか? 重興はこの時点で自分がどんな悪夢を見ていたかを忘れてしまっていた。具体的な内容は覚えていないが、ざっくりいじめられた記憶だという認識は覚えている。いじめられたとき、いじめを甘受していたときはこの重興の論でいうところの負けた結果だ。拗けさせられたのだ。
「ほめられたから、大いに結構、ほめて延びるんだからな! うらやましいよ! 俺はほめられると失敗するからな!!」
「ぁう、な、なんか重やん元気になったね?」
「おっぱいで元気注入されましたッ! ……今のなし!! 忘れろ! お願い!!」
「ぅうん、どうしょっかなぁ?」
「次郎いく!? みぃ子のおやつでもおごろう!」
ぁりがと、それが何を指したものか重興にはわからなかったが、とりあえずーー
「どういたしまして!!」
「重やん、うるさい」
「--……ごめん」
「でも、だいぶ美化されてたなぁ」
「ょみぃがえるぅ~、悪夢?」
二番だね、と重興は首肯する。
「だいたいにして僕、大見得切って教室から出ていく、なんてかっこいい行動なんてしなかったし」
「でも、あるょー。わたしも重やんに攻められる夢見たんだもん」
「……暗にそれ俺をヘタレいってないですか久子さん……」
「けっきょくさおりちゃんぐらいしか固有名詞の出てこない夢だったみたいだねぇ」
「あ、それも多分捏造だわ」
ぇ? と弟子が目を丸くする。
「さおりなんて名前じゃなかったと思う。どうでもいい女の子だったから、脳に刻んでねぇわ」
整合性持たせるためにどっかから引っ張ってきたエキストラなんじゃないだろうか、と納得しもっともらしく語る。
「重やんのどうでもよくなぃ女の子って、だぁれ?」
それは、と次郎をすすりながら答えを待ってる恋人に重興は笑って答える。
「もちろん、安芸野編集だよ」
言葉に久子は期待感が高まっていただけか、重興の言葉に見ての通りに肩を落とした。それでも箸で持っている山盛りのネギを落とさないあたりさすがだ。
「ふ、ふぅん、ほ、ほかにもいるんじゃないかなぁ、ぃるょね? ね?」
「あっ、そうだ忘れてた」
「ほ、ほらほら--!」
「ゆかりとそーめん、あいつらいい友達だからなぁ」
「ひゃぅん!」
せき込みながらも瀟洒な姿を他意なく可愛いなぁ、と重興は思う。
「も、もう一人くらい、もう一人くらぃいるんじゃなぃかなぁ、かなぁ!?」
「いないよ?」
カウンター席の狭い台の上に久子は突っ伏す、しかし、箸に掲げたチャーシューは落ちはしなかった。
「ぁ、ぁぁそぅでぇすかぁー、へー、ふぅーん」
「ひ、久子さん? ちょっとどうしたの?」
「べぇえつぅにぃ?」
あからさまにいじけているのを見て、自分の言動を省みて、ぁ、と気がつく。
こういう事はよくあるのだが、どうも恋人としての久子を傷つけたのだと重興は分析する。わかる、ではなく分析という辺り恋愛ビギナーだな、と自嘲しながら、いじけた恋人に言葉を向ける。
「揚げ足取るようだけど--」
久子さんは女の子じゃないよ、といってから久子の目を見て、あっキれそう、というのを直感する。
「はぃはぃ、そぉですね、私は女の子じゃなぃですよーだ、女子大生なんて今時の男の子にはババァなんでしょー、おばあちゃんラーメンもういっこ頼んじゃうもん!」
おかわ、りという言葉を遮るように重興は恋人の目を見て言葉を放つ。
「久子さんは僕の女でしょ?」
いってから、自分の頬が上気という言葉では生ぬるい核爆発を引き起こした感覚に陥る。
「ちょ、ちょっとまって--今のなし、なしです」
恋人の顔が真顔だ。女と書いてモノと読むのですか、と譫言のようにつぶやく恋愛脳あふれる久子はフル回転している。
「重やん!」
「な、なに?」
「もう一回」
「い、いや」
「録音するから!」
「だから、なしなし!」
「じゃ、違う言葉でぃって」
おねがぃ、と懇願する久子に顔が熱を熱と認識できないほど暑くなっている重興は言葉にする。
「久子さんは僕の……大切な女性です」
ふるえながら言葉にした重興はおそるおそる恋人の顔をのぞき見る。
「重やん……」
「は、はい!」
「使えなぃょ、このこえじゃ」
「え? えっ?」
「重やんのヘタレ」
「えぇ--」
全くの蛇足だが。
とぅいったーというSNSで一時的にハッシュタグの万勝寺センセーはヘタレというワードがトレンド入りしたという。
誰が最初にいいだしたのかはハッシュタグを見ればわかることだがどうやら、ハッシュタグを最初につけた人がいいだしたことではないのだそうだ。若手実力派の万勝寺宗重のファンもアンチもこぞって万勝寺センセーはヘタレといいだした。
そのおかげというかせいというかその週にでた万勝寺の新作は大いに売り上げを伸ばしたという。
とぅいったーでこのことを万勝寺は僕はヘタレです、事実ですと呟きがもれる。誠実な人柄とされる万勝寺の弱気な発言にファンの間でヘタレじゃない押しが弱いだけという発言が飛び交い、またトレンド入りした。コラージュ画像もできた。
「悪評も評価、というけど、安芸野編集まで『今度はヘタレ系主人公でお願いします』っていうの勘弁してほしいよ」
「あ、ちなみに久子さんから聞いて根回ししたのは、私だ」
「--……は?」
「ぃやあ面白かったねぇ、ゆかりちゃん」
「--おい、ちょっと待て」
「なんだ? なんの話だよお前らーー」
「お前もか! ケンジぃッ!!」
「ちょ、ぐーはだめぐーはだめよん、ってーーーー! な、なんだぁ、ぉ、俺なんかしたか、よ……」
「おぅ、面白いくらいにはいったな、会心の一撃」
「あわわ、ゆかりちゃんおっきーが譫言を、目もうつろよ!」
「ほっとこう」
でも、ゆかりはつぶやく。
「こんなヘタレも、いうときはいうんだね」
やるじゃん、と残しゆかりとそーめんは静かに教室を去った。
後に残った生徒たちは、口々にあれが賀濱の魔女と小悪魔かとこぼしていた。
そして、残った重興とケンジの評価は--
「おもちゃと犠牲者」
というものだった。