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作家弟子シリーズ  作者: 古緑空白
1/3

001 テスト勉強

桧葉←は『ヒバ』と読みます。

「ふぅ」

 と千野重興はキャスター付きの椅子にもたれ掛かる。一息ついて何とか締切に間に合いそうだ、と冷たくなったコーヒーを飲む。

 ふとデスク上のスマートフォンが振動する。手に取り不意に壁掛け時計で時間を確認する。草木も眠るといった時間だ。疑問に答えは返ってくることはないけれども、見つけることはできる。

 メールだ。相手はケンジ。内容はーー

「あっ」

 テスト勉強してたかよ?

 答えはーー

「あーーーーっ」

 どんと、隣の部屋の恋人が壁をたたく音がした。


「んで? 私に勉強教えてほしいって?」

「はい、誠に恐縮なのですが」

「うっす、俺も教えてほしいッス」

 ケンジ、お前黙れ、と重興は目配せする。人の恋人を見てデレデレしている様を見ると怒る気がなくなるかといえば全くないので、重興は軽くこづいた。

「いいよー、いいよー」

 それにしても珍しいよね、とトワコは小首を傾げている。何が奇妙か重興は問わなかった。勉強を教えて貰うこと自体は少なくない。たしかにテスト勉強を教えて貰うといったたぐいは少ない事例である。

「ただし、報酬は用意してねぇ」

「デート一回まるまる僕持ち、でどうだ?」

「あっ、おっきー! テメ、キタねぇぞ! 恋人特権使いやがって!!」

「桧葉くんはお姉さんに何をくれるかなぁ?」

 トワコはやけに自分が年上であることを強調している。大人の女性という風に魅せたいのだろうか。

 実際トワコは大人の女性だ。重興は思う。女性は事実であるし、大学には行った実力があり家庭教師のバイトもやっているという事は勉強という分野において教えることも自覚していることも、自分たちよりは一歩も二歩も先に行っている。

「ケンジ、助け船だしてやろうか?」

「おぉ、神様仏様おっきークン!」

「そこは様じゃねぇのかよ」

「えぇ、友達に様付けとか特殊性癖すぎぃ」

「やめようかな友達」

「嘘です、でも様は付けねぇ」

 友達だからなぁ、にっかりとケンジは笑う。ん、と思う。

「トワコさん、このやりとりに感想は」

「え? 男の友情だなぁ、って」

 腐ってはいない、か? 何とか腐らせずに育てていきたいところだ、と重興は気を引き締めた。ケンジも意味がわかっていない事実に少し腐るところだ。

「勉強時間×ケンジ家のラーメンをおごる、でいいんじゃないか?」

「いや、それなら俺もありがたいけど久子さんがいいの?」

「うん、ラーメン大好きぃだよ?」

「トワコさん一人で次郎系とかもいくしなぁ」

「次郎はラーメンラーメンしたいときだけだよぉ」

「よし、じゃあ契約成立ということで、勉強を教えてください久子さん」


 テストまでの期間は三日という物だったが永居久子の腕前もあって成績はよかった。ケンジは赤点回避という最低限度の物だったが満足をしている様子だ。

「それにしても珍しいよね」

「何がだ? 弟子」

 テストの結果にやきもきしていた緊張感から解放されたためか、あるいは師匠であるという優越感を誇示したいためか、重興は居丈高に久子に尋ねる。

「私にテスト勉強を教えてほしい、なんてね」

 声音が柔らかさに重興は自分の小さな見栄に縮こまった。

「いつもだったら、全部余裕もってやってて私の力なんて借りないジャン君」

 そういえば、そうだ、と重興は奇妙な伏線を思い出す。

「じゃあ、明日のデート、楽しみにしてぃるね?」

 久子の方から軽く唇に口づけする。いい匂いが鼻腔をくすぐり妖精のように久子は去っていった。

 どうして、僕はテスト勉強をできなかったんだ?

 そして、久子はテスト勉強中は作家業を封印するように、と約束させられた。

 どくん、と鼓動がはねる。

 スマートフォンが振動する、モーツァルトのレクイエム付きで、だ。

 怒りの日、その楽の音が意味する物は、編集から電話きているという事。

 時間をみる。草木は眠らない、宵の口だ。

 思い出す締切に、残り時間を計算する、それには久子とのデートも含めている。

「これから、格好付けなきゃな」

 進捗もうちょいです、と本当にするために嘘をつく。

 電話を切ってリミットが近いことを知る。

 重興は久子が作ってくれた夕食を食べながら作家としても恋人としても男としても格好を付けにキーボードを打鍵した。

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