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頭文字ウェザー

作者: 狗山黒

ほんじつはせいてんなり


 「ねえ」

男にしては高い、でも女にしては低い声で呼ばれ、肩を叩かれた。振り向くと、女の格好はしてるけど明らかに男の人がいた。なんだろうと首を傾げると、彼あるいは彼女は続けた。

「冬ちゃんよね」

彼は私の名を呼ぶ。しかし、私に所謂オカマの知り合いはいない。

 「覚えてない? 春よ」

そうは言われても、と私はさらに深く首を傾げる。彼(以下、彼女)は眉をしかめて、耳に顔を寄せてきた。少し身構えてしまった。

「夏村俊春よ」

「あっ」

ようやく私は気づく。

「春ちゃんか」

「そうよ、春ちゃんよ」

「……で、それは」

「見たまんまよ」

 大学で再会した、小学校以来会ってなかった幼馴染は、オカマになっていた。




とっぷうにちゅうい

 

 「冬さあ、藤先輩のこと好きだよね」

席につこうとした友達がそう切り出す。隠すつもりもないので、私は頷く。

「知ってる? 夏村さんも、藤先輩のこと好きらしいよ」

友達が私に耳打ちする。うんともすんとも言えなかった。

 「結構モーションかけてるみたいだから、冬も頑張んなよ」

私はとりあえずうなずいたけど、心の中は混乱しっぱなしだった。ひとまず、明日からもっと話しかけたりメールしたりしよう。




うきがくる

 

 家に帰る途中、春ちゃんと遭遇した。

「ここらへんに住んでんの?」

「うん」

「私、そこよ」

と彼女が指差す先は、私の住むアパートの隣のマンションだった。乱立しすぎだ。

 「ねえ、遊びに行ってもいい?」

「いいよ」

「やった」

そう言って喜ぶ様は女の私より可愛く見えた。

 前みたいに仲よくできるのは嬉しいけど、なかなかに複雑な気持ちだった。




はげしいあめのち

 

 春ちゃんが音信不通になったから、春ちゃんの家に、女の子らしく風邪薬とかを持って押しかけてみた。

 チャイムを鳴らしても反応がないから、ドアノブを回すと開いてしまった。そのまま侵入。

 狭い部屋を大量の紙袋や箱が占領している。袋の中は全然開いてなくて、買ったままだ。

 唯一袋も箱もないベッドにいるだろう、春ちゃんに声をかける。

 「春ちゃん」

 すると、うなり声がした。頑張ってベッドに近寄り、掛布団を引きはがすと、春ちゃんが現れた。すっぴん、もろ男。

 「なにしてんの」

「当たったら砕けたのよ」




だみーたいよう


 「どっち行く?」

「こっちの方が楽しそうね」

 傷心旅行に誘ったら、春ちゃんは思いのほか元気になってくれた。

 「誘ってくれてありがとね、あんたは頑張んなさいよ」

私が頷くと、春ちゃんは頭を撫でてくれた。でも、春ちゃんの分も頑張らないと、とは思えなかった。なんでだろう、春ちゃんは友達なのに。

 前みたいにとはいかなかったけど、春ちゃんとは仲よくできてる。これはこれでよかったのかな。




いわしぐもがおよぐ

 

 「冬、藤先輩、彼女できたよ」

あの友達がそういう情報を持ってきてくれた。驚きはしない。

 「あの女でしょ」

憎々しげに春ちゃんが言った。いつ仲良くなったんだ、この二人。

 春ちゃんの目線の先には、あざとい格好した女の子と藤先輩。あの子、同い年だ。でも、私は好きじゃない。春ちゃんは、もっと嫌いそうだ。

 「冬、あんな女に負けちゃだめよ。あんな尻軽に」

春ちゃんの言葉には頷く。でも、なんか違う気がする。




すかいはい

 

 「冬、あんな男と付き合っちゃだめよ」

 私がある人に告白されたという話をすると、春ちゃんはそう言った。

 「あんな頭もケツも軽い男はだめよ。あいつきっとネジがゆるいどころかないのよ」

「春ちゃん、なんか知ってるの?」

「まあね、ちょっと聞いたことはあるわ」

「ふうん」

「私の言う事なんだから信用しなさいよ。オカマは嘘吐かないんだから」

春ちゃんは笑って言った。私もなんじゃそりゃと思いながら笑ったけど、春ちゃんはつらそうに見えた。




きつねのよめいり

 

 最近、藤先輩と合わなくなってきた。私が、前より春ちゃんと一緒にいるようになってからだ。

 別に藤先輩が嫌いになったわけじゃない、むしろ好きなままだから、今も会いには行ってる。でも、あっちからは来ない。

 「冬、知ってる?」

また、あの友達だった。今日は、春ちゃんはいない。

 「あの尻軽が春ちゃんのこと気持ち悪いって言ったからって、藤先輩も春ちゃんのこと避けてるみたいだよ」

あの子は別に尻軽なんて名前じゃないけど、でも同情はしない。悪いのは彼女だから。それより、藤先輩に幻滅した。藤先輩も春ちゃんの言う、頭もケツも軽い男と一緒だったのかな。




だんまりちょうちょ

 

 小集団授業のあと、教室に私と尻軽の二人になった。

 尻軽は、なんか教室で化粧してた。授業中にも文房具の鋏を人に借りて眉毛切ってた。やだな、早く帰ろう。

 「千秋さん、だよね」

明らかに作った鼻につく高い声で、彼女は話しかけてきた。春ちゃんの声も作ってるけど、全然気にならないのに、なんでこの人の声はこんなに癪に障るんだろう。

 「ねえ、人の彼氏狙わないでくれる」

苛立ちを隠せてない、でも人を嘲る口調で言う。これが、自意識過剰か。

 「別に狙ってないけど、サークルの先輩なんだよね」

「彼女がいるって分かってるんでしょ、普通遠慮しない?」

半分怒ったような声になる。

「彼女がいるって分かってるんでしょ、普通遠慮しない?」

わざと、同じ口調で返してみる。私はこの人がどういうことしてるか知ってる。図星らしい。苛々している様子を見ると、心がすっとした。

 「だいたいさあ、あのオカマのこと好きなんでしょ」

馬鹿にしたように、尻軽は言う。今度はこっちが苛々する。

 「気持ち悪い」

吐き捨てるように、そいつは言った。声も作ってない。殴りかかろうと思ったけど、そんなことしたら、こいつと同レベルになると思ったからやめた。

 「別に、好きじゃない」

「じゃあ、一緒にいなきゃいいじゃん。そしたら、藤君ともっと一緒にいられるよ」

「あんた、馬鹿じゃないの」

 私は教室を出ていった。




つめたいどんてん

 

 「藤先輩はやめたの?」

例の友達が聞いてきた。

「そうだね、やめたね」

私はそれだけ返す。人を見る目の無い人とは、色々な意味で付き合いたくない。

 「春ちゃんのこと、好きなの?」

理解できない、という風に聞いてくる。相手が春ちゃんという特殊な部類だからだろうけど、この人もこうなのかと少しがっかりした。

 「さあね」

 私は再び教室を去る。




たいようはかくれる

 

 友達とは、あまり会わなくなった。私の態度が冷たくなったから、あっちから避けていた。でも、私も避けた。みんな春ちゃんのことを聞いてくるから会いたくなくなった。どうせ広げたのは、あの馬鹿だ。  

 藤先輩と尻軽に会いたくないから、サークルにも行かなくなった。私の目が腐ってたわけじゃない、朱に交わって赤くなっただけだ。

 春ちゃんとも、なぜか会わなくなった。メールすれば返ってくるし、会えば話すけど、前より頻度は低かった。前はよく鍋とかしてたのに、今は全然しない。

 久しぶりに春ちゃんと鍋をしたくなったから、メールしてみた。返事は肯定だった。




のざらしのかさ

 

 春ちゃんは、無理をしてるみたいだった。笑い方がぎこちなかった。なんだか、気まずい。

 「最近、あんまり会わないね」

しらたきをすすりながら言う。音が、響く。

 「そうね」

小さく返される。こたつの中で足がぶつかった。

 「私がサークルとかに行かなくなったからかな」

私が言わないと、会話が続かない。

 「そうでもないわよ」

「じゃあ、なんで」

「そっちこそ、なんで私と会えるの」

「え、なんでそんなこと聞くの」

「だって、私聞いたわよ、私のこと好きじゃないって」

「あれは、別にそういうことじゃないけど」

「じゃあ、どういう意味なのよ!」

声が甲高くなる。耳を塞ぎたい。

 「本当は、ずっと、そう思ってたんでしょ! 私が仲よくしようとするから、幼馴染だったから、付き合ってくれてただけなんでしょ!」

「そんなことないもん、私、春ちゃんのこと好きだったから友達だったのに、なんでそんなこと言うの!」

箸を叩きつける、器から汁がこぼれる。私のその勢いに、春ちゃんはこたつから出て立ち上がった。

 「今更そんな言葉、ほいほい信じられると思うの! 今まで何人に裏切られてきたと思ってるのよ!」

「そんなの春ちゃんの思い込みでしょ! 春ちゃんがそうやって思い込むからダメなのよ! そうやってすぐヒステリックになるから悪いんじゃない! 春ちゃんが真似するのは、女の人の外見と悪い所ばっか!」

 言ってしまってから、一瞬、しまったと思った。でも、言葉を取り消すことなんてできなかった。目頭が熱くなっていた。

「やっぱり、ずっとそうやって思ってたのね!」

春ちゃんは声を震わせていた。私は後に退けなかった。

「ほらまた、思い込んでる! 私、そんなこと思ってないって言ってるのに!」

 鼻をすすった。春ちゃんも涙目だ。

 「そんな春ちゃん嫌い!」

 あ、また言っちゃった。けれど、口を塞ごうにも、手は動かなかった。涙が頬を伝っただけだった。

 春ちゃんは、唇を震わせていた。ようやっと絞り出したような声で、私に告げた。

「分かった、もういいわ」

聞いたことのない低い声だった。

 春ちゃんは荷物をもって、玄関へ向かって行く。

「あ、春ちゃん」

小さな、ため息みたいな声だった。ややあって、ようやく私の体が動き、春ちゃんを追いかけたけど、間に合わなかった。

 ドアの閉まる音が大きく響いた。




にじをまつ

 

 その場に座り込んだ。膝が支えを失って崩れていった。頭を下げて顔を覆った。顔は熱いけど、掌は冷たかった。指の隙間から、雫が垂れた。照明のついてない玄関に、私のすすり泣く声だけが響いた。

 足音はもう聞こえなくなっていた。追いかけるなんてできなかった。家に押しかけることも、できない。

 今になって、やっと、分かった。春ちゃんが去って、ようやく分かった。あの時の違和感も、否定しなかった私の真意も。でも、もう遅かった。

 

 テレビの中で、誰かが笑ってた。

変態は褒め言葉、狗山です。最近、かじりかけの林檎をエロいと思った。もうだめだ。あ、別に某林檎会社のことじゃないです。

 オカマと女ということで『デボラがライバル』という映画が見たいんですが、某レンタル屋と某レンタル屋にはなかった。同じ店が当てはまったら、仲間。

 心理描写とか背景描写とか大分削りました。すなわち、雰囲気小説である。

この後どうなったかはご想像にお任せ。

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