始まりの後で
雨の日に拾った、変わった魔力を持つ少女。
いなくなってから随分と彼女に依存していた事に気付きました。
ちょっと口が悪くて生意気で、だけど人一倍寂しがり屋な僕の養い子。
ラズ=クレイン。彼女は魔術学校でうまくやれているのでしょうか?
「――と、いうわけで。ちょっと様子を見に行ってきますね」
朝食を終えた僕は軽くそう言って立ち上がりました。同じテーブルで朝食をとっていたガデム、ハシーク、サラが僕に注目する。口火を切ったのは片目の大男、ガデムでした。
「いや、いきなりなんですかい、ボス? なにが“と、いうわけで”なのかもわかりませんが……つまり、お嬢が心配だから見に行ってくる、という事ですかね?」
「別に、心配だからじゃありません。気になっただけです」
「いや、だからそれが心配って……まあ、いいや。でも、お嬢にバレたら怒られませんかね?」
「ラズ姉ちゃんだしなー」
「ラズお姉ちゃん、怒るとこわいよー?」
ガデムに追従する、ハシークとラナの兄妹。彼らの言葉を聞きながら僕は踵を返し、笑いました。
「ちゃんと考えてますから平気ですよ」
さて、行きますか。
「久し振りですね、ここも」
魔術学校にはたいした思い入れは無いですが、一応卒業生ではあります。敷地内に張られた結界をどうしたら簡単に潜り抜けるかも知っています。
「新入生は確か南校舎でしたね……おや?」
人目につかないように辺りを見回していると、一人の女生徒が目に留まった。栗色の髪の少女が、人気の無い裏庭でぶつぶつと何かを呟いています。……気味が悪い。
まあ、誰かと待ち合わせでもしているのでしょう。
興味を無くして少女から視線を外しかけた時。
「――えっ!?」
ふとこちらを見た少女が目を丸くしました。……見つかってしまいましたね。
油断をしていたとはいえ、一応気配は消していたのに。それ系のギフトの持ち主でしょうか。
さて、気絶させるか、それとも脅すか、とのんびり考えていると、何故か少女は僕に向かって走ってきました。
「うわ、……だよね!? こんな早くに出逢いイベントが起こるなんて……!」
頬を染め、よくわからない事を呟いています。正直、関わりたくないと強く思いました。
「えっ! あれ!? リューイ!?」
……僕の事を知っている?
僕はとっさに飛び乗った木の枝に隠れたまま、眉をひそめました。少女は僕の事を探してうろうろと歩き回っている。その顔を何度見ても、記憶にはありません。過去の依頼人の縁者か? ……いや、そんな訳がないことを僕は知っています。
……後で調べてみますか。
怪しい少女はしばらくうろついてから、諦めたのか校舎に戻っていきました。
「……なんだか最初から不穏ですね」
先程よりも一層ラズの事が気にかかり、僕は枝から降りると南校舎へと歩きだしました。もちろん、さっきの怪しい少女に見つからないように細心の注意を払いながら。
ラズはすぐに見つかりました。
紫がかった銀髪に、淡い緑色の瞳。小柄で華奢な彼女は、きちんとした服を着ておとなしく座っていると人形のように愛らしい。
ちゃんと食事もとっているようで、胸につかえていた重りが幾分か軽くなりました。
「ですが……どうやら、浮いているようですね」
同じ格好の少女達の中、ラズは一人で行動しています。未だ友人と呼べるような存在はいないようですね……まあ、僕も似たような感じでしたし、特に問題はありませんでしたけど。
そのまま様子を眺めていると、皆講堂を出て移動していきます。次はどこで講義なんですかね。
懐かしく感じながら後をつけていくと、渡り廊下の所で派手な青年がラズに片手をあげ、近づいてきました。
癖のある明るい茶髪に、鳶色の瞳を持ち、着くずした制服の胸元から強い力を持った魔術具のネックレスを下げていますが、華やかな雰囲気のせいでただの装身具のように見える青年です。
「……なんだかチャラチャラとした男ですね」
ラズは無表情ですが、目が苛ついていますね、あれは。派手な青年もそれに気付いていて、わざとちょっかいを出しているようですね……。
「…………」
僕は一瞬だけ、青年に向かって殺気を飛ばしました。
青年の反応は顕著でした。すぐさま身構え、辺りを探っています。
その反応速度も探査能力も学生にしては高い水準で、僕が相手じゃなかったなら、見つかっていたかも知れません。
……厄介そうな男にひっかかってますね。
何故か嫌な気分になり、僕はその場を後にしました。ここに来た、もう一つの目的を果たす為にも。
「……リューイ!」
夕方。一度離れた魔術学校に戻ってみると、ラズが僕を探していたので姿を現しました。
「はい。なんですか?」
「リューイ! あんた、今までどこに居たのよ! ずっと探していたんだからね!?」
「仕事ですよ。働かざる者、食うべかざる、なんでしょう?」
「そ、それはそうだけど……ここに来たでしょ? これ、置いていったの、リューイよね?」
ラズはどこか不安げに手に持った物を前に出しました。それは、以前ラズが見惚れていたパズーのぬいぐるみ。僕が昼間ラズの部屋に置いていった物でした。
「はい、そうですよ。気に入りませんでした?」
「ううん。気に入ったにきまってるわ。可愛いわよ。でも、そうじゃなくて。……どうして?」
どうして。なにが、でしょうか。いきなり来た理由? ぬいぐるみを置いていった理由?
それは……。
「……誕生日プレゼントです」
「え?」
「誕生日プレゼント。……確か、今日じゃなかったですか? 誕生日」
「……リューイ。それ、来週よ」
僕の言葉にラズはがっくりとうなだれて言いました。ええ、そうですよね。――知っています。
だけどそれは言葉にしないでにこにこと笑っていると、ラズはなにかを諦めたように溜め息をつき、僕を見上げて微笑みました。
「……まあ、いいや。ありがとね、リューイ」
その笑顔に、僕の名を呼ぶ声に、胸がふわりと暖かくなる。……これが欲しかった。
「……元気でしたか?」
身の内に宿る熱は僕を暖めてくれる。それに安堵しながら、僕はいつも通りの笑みでラズと他愛ないお喋りに興じた。
本当は、いつの間にかラズの不思議な魔力なんてどうでもよくなっていました。
年齢と中身があっていない子供との同居生活は意外なほど楽しくて、魔術学校になんて行かせたくなくなっていた。
だけど、いつまでも危険な仕事に関わらせたくもない。
だから、あえて当初の目的通りに魔術学校に通わせたのだけど。
「……いい歳して寂しいなんて、我ながら情けないですよね」
「え? なんて言ったの?」
「いえ、別に。それより、友達は出来ましたか? 友人は大切、らしいですよ」
「う……や、わたしだって友達は欲しいけど……」
もにゃもにゃと口の中で呟くラズを微笑ましく見守りながら、僕は来週訪れるラズの誕生日について頭を悩ませます。
買っておいたぬいぐるみは、ここに来た言い訳に使ってしまった事だし……さて、何がいいですかね?




