敵か味方か!? 謎の美少女、エイミイ!
「ケンシケンシ! あれ何だろう!」
「ん? 何だあれは。ジャガイモか?」
道端でジャガイモみたいな謎の物体を食べやすい様半分に切って売っている店がある。
「違うよ! だってほら、あの女の子見て! 皮剥いて生で食べてるよ?」
「おぉ、マジだ。皮剥くと中ピンク色だし、ジャガイモじゃねぇなあれ。……気になるな。買ってみるか」
「うん!」
「うんじゃない! 二人共! 買い食いは駄目だってさっきから何度も言ってるでしょ!」
拳士とサヤの襟首を、オリアが掴んで止める。
「何でよオリアー。食べてみたいよー」
「だから、これもさっきから何度も言ってるでしょ? あんなの八百屋に行けば同じ物が半額以下で売ってるんだから、食べたいならそっちで買いなさい」
その声が聞こえたのだろう、店員が嫌そうな顔でオリアの事を睨む。
「そもそも! 寄り道してる暇なんて私達には無いの! いい? 私達は早く、あんた達の宿泊先を探さなきゃいけないんだから。いいの? ここで見つからなかったら今夜の宿泊先、外壁の外で探す羽目になるわよ?」
「オリアの家でいいじゃねぇか」「オリアの家でいいじゃん」
「却下!」
乗って来た馬を預けに行った後、三人は拳士とサヤの宿泊先を探す為に町中を歩き始めた。
だが、拳士とサヤの二人は見慣れぬ物を見る度すぐ立ち止まり、あーだこーだと騒ぐので宿泊先が未だに見つかっていなかった。
到着した時点で日が落ちかけていたので、いい加減本気で探さないと駄目なのだが二人はオリアの忠告を全然聞いてくれない。
仮に外壁の中で見つからなかった場合、外壁の外で探さなければいけないのだが、その時日が落ちていると探す為にウロつくだけで危ない。
そして、そういう時宿泊施設の店主達はこちらが早く決めたいのをいい事に、高値で吹っかけてくる。
だからと言って外壁内で夜ウロウロしていると不審者として兵に捕まる。
帝都に家があるか、それかどこかに宿をとっていれば別なのだが、何の当てもなく夜帝都を彷徨っていると、外壁の外に追い出されるか、もしくは犯罪者予備軍という扱いで牢に送られてしまうのだ。
何だかんだでお人よしのオリアは、外壁内で宿が見つからなかった場合最悪自分の家に二人を泊めるしかないと思っているが、それは極力避けたいとも思っている。
「ちょっと、二人共本当に……」
「あ、ケンシ見て! 何かあそこで面白そうな事やってる!」
「おぁ! よし、見に行くか!」
「あ、ちょ、二人共待ちなさ…………コラー! 人の話を聞けぇー!」
「わー、スゴーイ」
「何これー」
長い真っ白なローブを頭から被って地面に座る怪しい人物の前に、子供達が集まっている。
「はーい、種も仕掛けもー……仕掛けはありますけど、魔法は一切使ってませーん。ほらほらー、子供達寄っといでー。出来ればお金を持ったお父さんお母さんと一緒にねー」
声を聞くと、ローブの人物はどうやら女性の様だった。
彼女の前には兵士が乗った馬を模した、手の平大の木の人形。
それにはタイヤが付いており、コロコロと転がすと馬が上下に動きながら首を振り、背に乗った兵士の人形も手に持った剣を振る。
他にも似た様なギミックを持った人形が色々と並んでおり、それらは全て商品として販売している様だった。
「おい、そこのお前!」
「え? は、はい! 何でしょう!?」
そこへ、鎧を着た町の警備兵がやってきた。
大柄でガタイが良く、どこか険しい顔をしている。
トラブルの気配を感じて慌てて子供達が逃げていき、ローブの女性も立ち上がる。
「す、すみません! 私まだこの町に来たばかりでして! 街頭販売には何か特別な許可が必要だったのでしょうか!?」
「当たり前だ!」
「!」
怒鳴られてローブの女性が肩を竦める。
「……だが、この程度の規模なら別にいらん」
「あ、そうなんですか」
だったら怒鳴らなくてもいいじゃない、と兵士に聞こえない様小声でボソッと呟く。
「そんな事よりも!」
「はい!」
兵士がしゃがみ込み、木の人形を一つ手に取る。
「これは、実に不思議な物だな。面白い」
「あ、本当ですか? ありがとうございます」
「うむ。……子供達への土産にいくつか貰おうか。いくらだ?」
兵士は顔と態度が怖いだけで、案外家族思いの良い人だった。
「お、お買い上げ、ありがとうございます!」
「うむ。ありがとう」
いかつい顔をほのかに緩ませて嬉しそうに立ち去る兵士を見送ると、ローブの女性の元へ新たな客がやってきた。
「ほらほら、ケンシ見てこれ。かわいいねぇ」
「へぇ……なんかキャラメルのおまけとか、温泉街の土産物売り場にありそうなちゃちぃ玩具だな」
「最低!」
拳士とサヤだった。
「………………」
ローブの女性が驚いた様子で二人をジッと見つめる。
「ケンシ~、私もこれ欲しいよ~」
「あー…………まぁ、いいか。食い物じゃねぇし。これならオリアも怒らねぇだろ。よし、じゃあ好きなの一つ選べ。買ってやる」
「やった!」
選び始めるサヤの頭を撫でながら、拳士がローブの女性に聞く。
「なぁ」
「え?」
「これ、一ついくらだ? 俺、文字読めねぇから値段がわからねぇんだ」
商品の前に置いてある木のプレートに値段が書いてあるらしいのだが、拳士には読めない。
なのでそれを指さしながら直接聞く。
「あ、えーと……」
「ケンシこれ! これが可愛い!」
サヤが選んだのは、尻尾が大きなネズミみたいな動物が、両手で大きな木の実を抱えている人形。
大きな尻尾を指で押すと、動物が木の実を持ち上げながら頭を木の実に近づけて、齧りついている様に見える。
「……何だよ、そんなの選ぶのかよ。それ、ただ木の実食うだけで動くとこ少なくてつまんねぇよ。……ほら、サヤ。それ選ぶならこっちの方が良くないか? こっちのは手足も動くぞ?」
「うるさいなー……。いいの! これが一番可愛いの! いいから、これ! これ買って!」
「はいはい、わかったよ。じゃあ姉ちゃん、これ一つくれ」
「………………」
「? おい、姉ちゃん。聞こえてるのか?」
「!? あ、はい!」
「?」
ローブの女性の態度がおかしい。
「おい、何だ? 俺達何か変な事したか?」
「い、いえ、その、そうではなく……」
モゴモゴと弁解するローブの女性。
「! ケ、ケンシ!」
すると、突然サヤが目を見開いてローブの女性から距離を取る。
「この人!」
「何だ、どうした!?」
「ッ……!」
サヤの態度に相手も警戒する。
「ローブ! ローブを剥ぎ取って、早く!」
サヤの言葉に返事をする間もなく拳士が素早く動き、相手の被っていたローブを掴むと、一気に剥ぎ取る。
「!? しま――」
あまりの素早さに女性が抵抗する暇も無かった。
剥ぎ取ったローブの下から現れたその姿は……。
「…………おい、サヤ。言われた通りローブ剥ぎ取ったけどわからんぞ。誰だ?」
そこにいたのは、拳士と同じ位の年齢の美少女。
身長は百六十センチ半ば位だろう。
髪型はサヤと同じツーサイドアップだが、こちらはダークブラウンのロングヘアー。
目元はパッチリとして大きく、可愛さの中に少しの奔放さを含んだ子猫の様だ。
小ぶりだが鼻筋はスッと綺麗に通っており、顎のラインもシャープに整っている。
おそらく同年代であろうオリア等と比べると子供っぽく見える顔立ちだが、表情のせいかどこか大人びた印象を与える。
「違うよケンシ、そこじゃない!」
「あ?」
「体! 体を見て!」
「体?」
言われて拳士が体を見るが、ダボッとした長い毛糸のカーディガンみたいな物を着ているので、あまりよくわからない。
下は一瞬何も穿いてない様に見えたが、よく見ると上着に隠れていただけで短いホットパンツみたいな物を穿いている。
そこから伸びた足はスラッとして長く、とても綺麗だった。
だが、サヤが言いたいのはそういう話では無いだろう。
「……わかんねぇよ。一体何なんだ? はっきり言え」
「わかんないの!?」
サヤがじれったそうに叫ぶ。
「おっぱいだよ、おっぱい! おっぱいだよ!」
「………………」
拳士の表情が、一瞬にして険しくなった。
「凄いよ、こんなおっぱい始めてみたよ! 前代未聞超ド級サイズなのに、形全然崩れてない! すんごい綺麗! 大きさも凄いけどそれよりも! 大きさ関係無しに私こんなに綺麗な形のおっぱい見たの初めてだ!」
「………………」
「これは奇跡、正に奇跡! 究極、完璧なおっぱい!」
「………………」
「これぞ正に、パーフェクトウルティメイトミラクルおっぱいだよ!」
「………………」
体のラインが出にくい服装だったので気付かなかったが、確かに言われてみれば、少女は胸が大きい。
それも、かなり。
桁外れに。
オリアも十分大きい方だったが、この少女はそのオリアと比べてもずっと大きい。
……だが、これもまたそういう話では無い。
「ちょっとケンシ、聞いてる!? これこそ、パーフェクトウルティメ――痛いっ!」
拳士が割と強めにサヤの頭をグーで叩いた。
「アホかおめぇは! まずは謝れ!」
「本っ当にすまなかった!」
「……ごめんなさーい」
拳士が深く頭を下げながら、サヤの頭をわし掴みにして自分と同じ様に深く頭を下げさせる。
「いやいや、いーよいーよ。流石にいきなりローブ剥ぎ取られたのはビックリしたけどねー。あはははは……」
少女は苦笑気味にだがあっさり許してくれた。
「本当にごめんなさい。お詫びとしてこの木の実を持つ動物の人形と、こっちの口パクパクするお魚の人形の二つを買います」
「おい!? どさくさに紛れて何言ってやがる! 一個だけだっつっただろ!」
「でも、私達はおねーさんにお詫びしなきゃいけないよね? 一個買った位じゃお詫びにならないと思うよ?」
「ぐ……」
サヤのセリフに拳士が呻く。
「あははは、面白いね二人共」
そのやり取りを見て少女が笑う。
「まぁ、これも縁って事で。動物一個分の値段でそっちのお魚はサービスするよ」
「本当に!? やった!」
サヤが嬉しそうに二つの人形を手に取る。
「あ、こらサヤ!」
ただでさえ迷惑をかけておいて更にサービスまでしてもらうなんて流石に申し訳ないと拳士が言うが、少女は気にしなくていいと言う。
「それよりもさ。二人の名前、教えてもらえない?」
「俺達の名前?」
唐突な質問だった。
けどまぁ隠す様な事でも無いしと深く考えず教える二人。
「俺の名前は剣拳士だ」
「私の名前はサヤだよ!」
「剣拳士と……サヤ」
それを聞くと、少女が何やら思案顔になりながら小声で復唱する。
「? どうした? 何か変な名前だったか?」
「え!? あ、ううん、そんな事無いよ! 良い名前だね、二人共」
「「?」」
不自然な態度に首を傾げる二人。
「それで、おねーさんは何て名前?」
「え、私!?」
「あぁ。あんたの名前だ。何て言うんだ?」
「私? 私~……私は~……」
「「……?」」
名前を聞かれたから同じように聞き返しただけなのに、どうしてここまで動揺されるのだろうと不思議に思う二人。
「私の名前はー……えーと……えー……みー……。…………? えーみー?」
少女が閃いた、という顔をする。
「そう、エーミー! ……いや、エイミイ! うん、そう! 私の名前は、エイミイ!」
絶対偽名だろそれ!
と思う拳士とサヤだが、何か本名を言いたくない理由でもあるのだろう。
元々迷惑もかけているし、別に今絶対に本名を知らなければいけない理由も無い。
「そうか。じゃあ宜しくな、エイミイ」
「宜しく、エイミイ」
そのまま受け入れることにする。
「うん、宜しく! 拳士君、サヤちゃん!」
そして、握手をかわす。
「ケンシー……サヤー……」
すると、遠くから聞き覚えのある声が。
「どこ行ったー…………ああ! 見つけたぁ!」
今までずっと探してくれていたのだろう。
拳士とサヤを見つけたオリアが怒りの形相で走ってくる。
「おう、オリア。どこ行ってたんだ?」
「オリアーオリア―」
ヘラヘラとした態度の二人を見てオリアがキレる。
「いい加減にしなさいよあんた達! 勝手に走ってどっか行っちゃったら心配するじゃない! 本当にもう! 本当にもう!」
「「う……」」
ただ怒られるだけなら適当に笑って誤魔化すが、心配していたと言われてはそうもいかない。
「心配かけて悪かった……」「ごめんなさい……」
素直に謝る。
「本当にあんた達は……ん?」
そこで、やり取りを横でぼうっと見ていたエイミイの存在にオリアが気付く。
「おう、そうだそうだ。紹介するぜ、オリア。さっき知り合った、エイミイだ」
「知り合った?」
「うん! そう! えっとね――」
サヤがエイミイとの出会いから、名前を教え合う今に至るまでの経緯を話す。
「だー! あんた達はもう!」
スパン! スパン! と二人の頭をオリアが引っぱたき、拳士がサヤに先程やらせた様に頭を掴んで、下げさせる。
「本当に、すみませんでした!」
「あ、いいのいいの! その件についてはもう、本当に。全然怒ってないから。だから気にしないで、ね?」
慌ててエイミイが頭を上げる様に言う。
「それで、その人形はおいくらでしょうか?」
オリアがお金の入った袋を出す。
そういえばまだお金を払っていなかった。
「何言ってんだ。俺が自分で払うぜ、オリア」
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
一蹴される。
「あんた、今は手元にお金あるけど、それ使い切ったら一文無しなのよ? 何か職についてる訳でも無いし、そのお金無くなったらこれからの生活どうするつもりなの?」
痛い所を突かれる。
「変に格好つけてないで、金銭面で人を頼れるときは遠慮なく頼りなさい」
「…………」
何となく頷きたくない、と拳士が気まずそうな顔をする。
「それに……」
「……?」
「……私はあんたへの恩、あんたがどう思っていようとちゃんと返さなきゃいけないって、まだ思ってるの。体云々なんて馬鹿な事はもう言わないけど、それ以外の事なら出来るだけ力になるつもり。だから、私が一緒にいる時…………いえ。この帝都にあんたがいる間は、あんたの金銭面の問題について全部、私が面倒見てあげる」
「!?」
拳士がギョッとする。
「だから、私のお金はあんたのお金だと思って、どうどうと好きに使いなさい」
それを聞いて、サヤとエイミイがうわー、という顔をする。
「ケンシヒモだー」
「ヒモだねぇ……」
「おい、やめろ。……やめろ!」
ケンシは否定するがオリアは書いてある値札を見ると、ササッとエイミイに人形代を払ってしまう。
「あ、お前!」
だが、文字が読めないので値段がわからないのもだが、そもそも持っているお金のコイン一枚一枚の価値がわからないので、拳士には値段がわかっても実際の所代金が払えない。
「ありがとう、ヒモ付きのおねーちゃん!」
「ヒモ付き言うな!」
お礼を言うサヤにオリアが怒る。
「…………」
そして、今の自分の情けない状況に落ち込む拳士。
「あ、そうそう。それと、さっき私の知り合いがあんた達の泊まる宿見つけてくれたから、宿泊費とりあえず一日分だけ払って、以後延長分した分と、あんた達が宿でした食事の代金を全部私に回す様に頼んでおいたから」
「………………」
これでひとまず生活の基盤が出来た。
完全にオリア頼りの。
「ヒモケンシーヒモケンシー、ケンシ完全にヒモだー」
「完全にヒモだねぇ……」
「………………」
何を言われても否定できない。
とりあえず、一日も早くこの世界のルールを覚えよう。
そう心の中で強く誓う拳士だった。