ここが帝都か! 剣拳士、異世界の大都市に到る!
「駄目! 歩いて行きなさい! 歩いて!」
「……わかったよ。冗談だよ。そんな怒んなよ」
拳士の言葉にサヤが顔を真っ赤にして怒る。
祭りの翌朝。
皆が起きてから拳士が帝都に向かう事を告げ、その時に大剣神を使いたいとサヤに言うと、思い切り怒られてしまった。
渋々諦める拳士。
「ケンシ様。もう行ってしまわれるのですか?」
そこへ、村長が寂しそうな顔で声をかけてきた。
「おう、村長の爺さんか。昨日は世話になったな」
「いえいえ、世話などとそんな……。私達はケンシ様にまだまだ、感謝の気持ちを半分も伝えられておりません」
「何言ってんだ。美味いもんも腹一杯食わせてもらったし、夜寝る場所も用意してもらった。もう十分満足したぜ。ありがとよ!」
「おおぅ……! ケンシ様、ケンシ様!」
また村長が泣き出したのを無視して、近くにいた村の若者に聞く。
「なぁ」
「はい! 何で御座いましょう、ケンシ様!」
「今の話聞いてただろ? それで、帝都に行くのに馬が一頭欲しいんだが」
村人はすぐに頷いて馬を一頭連れてくる。
それを見ながらエリゼが心配そうに聞いてきた。
「ケンシ君、馬に乗れるの?」
エリゼが言ったのは、単純に馬に乗った事があるのかと言う意味。
だが拳士達にとってはそれプラス、例え馬に乗れたとしても乗れるのは元の世界にいた馬で、今目の前にいるのは同じ呼ばれ方をしているが、全く別の生き物。
その未知の生き物に練習も無しにいきなり乗れるのか、という二重の意味の話になる。
「へっ、まぁ見てな!」
すると拳士が、馬の首を軽く撫でた後、手綱を掴んでいきなり馬に飛び乗った。
突然の事に驚いて一瞬馬が暴れそうになるが、どうどうどうと拳士が手綱を操ると、すぐに落ち着く。
そのまま周辺を軽く歩き、少しずつ速度を上げて馬を本格的に走らせる。
その手慣れた様子を見て、エリゼ達も拳士に乗馬技術があるのだと理解する。
「ケンシの剣式戦闘術は、どんな物にでも乗れるように、色んな動物の乗り方についても学ぶからね。他にも、車、飛行機、船、ロボット。ケンシは乗ろうとすれば、それこそ何にでも乗れるよ」
サヤの言葉の意味が一部理解出来ず、エリゼが首を傾げる。
「……くるま? ひこうき?」
この世界には無いらしい。
とりあえず、拳士が馬に乗れるとわかったので、サヤは拳士と一緒に乗る事とし、本格的に出発の準備を始める。
「何だよこの長いマント。暑苦しいな」
「えへへ。ケンシ、どう? 格好いい?」
エリゼの指示で、拳士とサヤが長いマントを羽織らされる。
拳士は赤いマント、サヤは緑のマント。
そして剣神丸も鞘袋に納める様に言われた。
「ごめんね、ケンシ君。でも我慢して。ケンシ君とサヤちゃんの服が珍しいから、そのままだと帝都に行ったら変に視線を集めちゃいそうなんだよ」
「だったらこんなもん羽織らずとも、普通に着替えりゃいいだけじゃねぇか。おい、誰か服貸してくれ」
「待って。いいじゃんケンシ、このままで。だってこれ、格好よくない? よく考えてみてよ。マントを羽織った正義の味方って、どう?」
「…………」
「恰好いいでしょ?」
「……悪くねぇな」
「でしょ!?」
そのままマントを羽織っていく事になった。
「あとは……そうだ! 私は山賊の件を報告しなきゃいけないから急ぐけど、ケンシ君達はどうする? 赤鬼さんオリアちゃんと一緒に、後から来る? ここから帝都までちょっと急ぎぎみに馬を走らせて、着くのが大体夕方位。まだケンシ君は馬に慣れてないだろうし、そのペースに合わせると大変だろうから、赤鬼さんオリアちゃんと、途中で一泊挟んでゆっくり明日到着する様にした方がいいんじゃない?」
「あー、いい、いい。そんなの気にすんな」
「そうそう! ケンシは馬に乗れなくなっても私背負って自分で走ればいいだけだし! 大丈夫だよ!」
「ん~……」
心配そうな顔で唸るエリゼ。
「それじゃあ、最初はとりあえず一緒に行って、途中で無理になったら赤鬼さんオリアちゃんと後から来る形に変更、って感じでいいかな」
「おう、いいぜ」
そして、準備も話し合いも終わり、遂に出発の時。
「じゃあ行ってくるぜ。またな!」
村人達に別れを告げ、拳士が馬に乗る。
「おぉう……ケンシ様ぁ! ケンシ様ぁ!」
「……ちょっとケンシ、村長さんすんごい泣いてるよ」
「……いい。目を合わせるな、放っとけ。爺さんに構ってたらキリが無い。行くぞ」
そして、馬を走らせる一同。
エリゼが先頭を走り、最後尾を赤鬼が。
拳士達の横を、二人に何かあった時の為にオリアが並走する。
「あぁ、そうだ。なぁ、オリア。結構急いで向かうみたいだが、途中に休憩とか挟む余裕はあるのか?」
「…………」
「……? おい、無視すんなよ。聞こえてんだろ? オリア」
「……………………」
無言で馬を走らせ続けるオリア。
「ったく。……まぁ、そうだよなぁ」
拳士が仕方ないと頷く。
「酔った勢いで半裸になって言い寄った相手に、翌朝素面で平然と接する事が出来る程、器用に見えねぇしなお前」
「!?」
ボッ、とオリアの顔が真っ赤に染まる。
「なぁ!? な、なななな!」
「お? 今日初めて目合わせてくれたな」
拳士が笑う。
「それとあれだよな、お前。昨日の事、しっかり覚えてるだろ」
「へぁ!? そ、あ、ちょ!」
「あの程度じゃ記憶なんか飛ばねぇよな。……はは、今思い出しても昨日のありゃ良かったぞ。品は無かったし、お前のキャラでも無かったけどな」
「はぁ!?」
「けど、お前の女としての魅力は、十分過ぎる程に伝わった。変な理由が無ければ即襲ってた」
「んな!?」
「と言うかだな。俺は昨日のあれからずっと、お前の事ばかり考えている。はっきり言って、惚れた」
「はぇ!?」
「お前の、体にな!」
「死ね!」
サヤとエリゼが笑う。
「大丈夫だよー、オリア。もし本当に手出されたとしても、私に言ってくれればちゃんとケンシに最後まで責任取らせるからさ」
「責任!? と、と言うか手なんか出させないし! 誰がこんな奴と!」
オリアが拳士に指をさしながら怒鳴る。
「き、昨日のは山賊の事があったからよ! 隊長に聞いたでしょ!? そうじゃなきゃ、あんたとなんかそんな事しないわよ!」
「ほぉ? 何だ、昨日のエリゼとの話聞いてたのか。寝てなかったんだな」
「え!? あ、いや、その……」
するとエリゼが前から教えてくれる。
「昨日のあれは眠らせる魔法じゃないからねー! 気つけだよ、気つけ! ちょっとビックリさせて酔いを覚まさせるだけ! キツくやり過ぎてオリアちゃん一瞬気失っちゃったから、ケンシ君寝たのかと勘違いしたみたいだけど!」
「た、隊長!」
「そうなのか。聞いてたのなら話は早いな。そういう事だ。俺はお前の事を最高にイイ女だと思ってる。だから――」
「ストップ! ちょっとストップ! もういいその話! やめやめ! もう無し! おしまい! あ、赤鬼さん! 場所交代ね!」
コクリと無言で頷いて、赤鬼がオリアと場所を交代する。
「……何が最低だってさ。これ本当に恋愛感情一切抜きで、ただそういう事がしたいってだけで言ってるんだよね、ケンシは……。本当女の敵だよ」
サヤがオリアやエリゼに聞こえない様、小声でケンシを咎める様に言う。
「あ? 男なんだからイイ女を見ればそういう事したくなるのは当然の事だろ? それに俺は、いつだって軽い気持ちでそんな事言ってる訳じゃねぇよ。抱いた後に相手が体だけの関係でいいって言うならそうするし、最後まで責任取れって言うならサヤに言われなくても自分から責任取るさ」
「…………はぁ。何と言えばいいのか、ケンシは本当に……」
サヤが疲れた様にため息をついて、首をヤレヤレと左右に振る。
それからは、赤鬼が隣という事で口数は少なくなり。
何度か短い休憩を挟みはしたが、皆ほぼひたすらに馬を走らせ続けた。
そして、遂に目的地の帝都に到着する。
「へぇ、これが帝都か……」
「でっかいねー」
拳士とサヤがその大きさに驚く。
「私はそれよりも、ケンシ君がサヤちゃんを乗せた状態で、本当に最後まであのペースで付いて来た事に驚いたよ」
エリゼがそう言った後、両腕を広げて、叫ぶ。
「と、言う訳で。リュヴァス帝国の帝都に到着でーす!」
帝都は都市全体が段々になっており、中心の一番高い部分に王が住む大きな城が建っている。
そこから一段下がった部分に城の関係者や富裕層の人間が住み、その下に一般階級の人間が住んでいる。
そして、それらをグルッと高い外壁が囲んでいるのだが、何故かその外壁の外にも家が建ち、町が広がっていた。
「帝都って事で人が集まるのはいいけど、集まり過ぎなのよ。それであぶれた人達が外壁の外に暮らしているの」
「そうそう。治安や衛生状態が悪くなりすぎると外壁の中にも影響するからって、一応最低限の事は国もするけど、基本外壁の外は放任しているから、実際はほぼ治外法権状態なんだよね」
オリアとエリゼの言葉に拳士が楽しそうな顔をする。
「そうなのか。じゃあここからは気を付けないといけねぇな」
サヤが呆れた顔になる。
「ケンシは血の気が多いから、そういう喧嘩し放題のとこ本当大好きだよね」
「そんな事ねぇよ」
「あんまりトラブル起こしちゃ駄目だよ?」
「わかってるよ、うっせぇな」
だが、いざ町の中に入ると二人が想像していた印象と違った。
「何だよ。言う程治安も乱れていない様だし、良い町じゃねぇか」
「だねー」
簡素な土壁や木造の家が雑多に立ち並び、ちょっとまとまったスペースがあればそこに隙間なく商品が並べられ、あちこちで路上販売が行われている。
騒々しいと言えばそうだが、これは活気があると言った方が良いだろう。
皆、瞳に活力があり生き生きとしている。
「昼間はねー。帝都に外部から来た人に妙な事して、悪い噂立てられたら困るし。兵士もそうだけど、昼間は住人達で組織した自警団がしっかりと見張ってるから、安全なんだよ。外壁内の人もこっちに遊びに来たりする位だしね。けど、夜はやっぱり危ないよ。昼間とは別世界。夜は大人しく家の中にいるか、朝まで開いているお店に入って出ないのが一番。あと、裏路地みたいなとこは昼間でもあんまり行かない方が良いかも」
そんな話を聞きながら、馬をゆっくりと歩かせて外壁の入り口に向かう。
途中、あれを買えこれを買わないかと色々声をかけられるが、基本無視。
村長たちに礼金だといくらかお金を貰っているが、拳士もサヤもここの世界の物価がわからない。
下手に買うと思いっきりぼったくられそうだと警戒しているのだ。
「ところで、俺達は部外者だがその外壁内に入れるのか?」
「大丈夫だよー。そこは全然厳しくないから」
「その先の金持ち沢山いるとこへの入り口はかなり厳しいけどね。こっちは適当なのよ」
外壁の大きな門に辿り着いた。
エリゼやオリアはゆるいと言ったが、その割に兵が沢山いて、警備はかなり厳しそうに見える。
案の定、拳士とサヤは警戒されて物凄く睨まれている。
だが、エリゼが手を振るとそれだけであっさりと道を開けてくれた。
確かに適当だ。
そして、外壁の中の別世界っぷりに、拳士とサヤはまたも驚く事になる。
「こりゃすげぇな……」
「うん、凄い……」
道は綺麗に石畳で舗装されていて、景観の為に木や花が植えられている。
建てられている家も道を歩く人々の恰好や雰囲気も、品があり外壁の外とは全然違う。
こうした綺麗な状態を維持するだけでも、かなりのお金がかかる筈だ。
「じゃ、私報告に行くからここからは別行動で」
エリゼが突然そんな事を言いだす。
すると、赤鬼からも何か用事があるらしく別行動をしたいと言われる。
「そっか……うん。じゃ、オリアちゃん。ケンシ君達の事、後宜しくね?」
「はぁ!? 何で私が!」
「それと、今夜の宿泊先もちゃんと探してあげてね? もし見つからなかったら、オリアちゃんの家に泊める事になるから」
「それで頼む」「それでお願いします」
拳士とサヤがオリアの体を見ながら声を揃えて言う。
「嫌よ! 何であんた達を! 身の危険を感じるなんてもんじゃないわ!」
「じゃ、そういう訳だから。日が落ちてから城に入るとなると手続き面倒だし、もう私行くね?」
「あ、ちょ、隊長!」
オリアが手を伸ばすがエリゼは手を振って行ってしまう。
赤鬼も騒いでいる間にいつの間にかいなくなっていた。
「………………」
オリアが拳士とサヤの顔を見てため息を一つつくが、見捨てるつもりは無いらしい。
「……ここで放り出すわけにもいかないしね。ほら、まずは馬を預けに行くわよ。用も無いのに町中で馬に乗ってたら、色々とうるさいのよ」
「おう」「はーい」
そうして三人は、馬を預けに行った。