襲撃! リクレム教!
「あぁ~、もうっ」
このままじゃマズいと、エイミイが拳士に駆け寄ろうとする。
これ以上エスカレートすると、大怪我をしたり騒ぎが大きくなって、大変な事になる。
「拳士君!」
だがその時。
「うわっ」
後ろからドンッ、とエイミイの腰に衝撃が。
「な、何?」
エイミイが首を曲げて後ろを見たのと、エイミイの腰に腕が回されたのがほぼ同時だった。
「みこさま!」
「え!? キーリちゃん!?」
エイミイの腰に、幼い少女が抱きついていた。
歳は十歳前後。
エイミイを見つけ全力で走ってきたのだろう、真っ白で細く美しい絹糸の様な長い髪が、ぼさぼさになり、激しく乱れている。
肌の色も髪同様元は真っ白なのだが、一生懸命走った火照りで、赤く染まっている。
エイミイを見上げる瞳はキラキラと輝き、迷子になっていた子犬が、飼い主にやっと出会えた時の様だ。
「どうしてキーリちゃんがここに?」
「みこさまを迎えに来たんだよ」
「私を迎えに?」
「うん」
頷いてキーリと呼ばれた少女が後ろに視線を送ると、そこに女性が一人立っていた。
歳は、拳士と喧嘩をしている群青色の髪の男と同じか、少し上位。
フリルの付いた、赤と黒の派手な色の服を着ている。
その女性が、無邪気な様で、どこか含みのある笑みを浮かべ、エイミイに話しかけてきた。
「巫女様ー。お迎えに上がりましたよー」
「リニスちゃん……」
エイミイの顔が曇る。
「もー、困りますよ巫女様ー、勝手な事されるとー。キーリ様も心配してましたよ?」
エイミイが下を見ると、抱き付いたキーリが頬を膨らませている。
心配、というより怒っていた。
「キーリちゃん……」
申し訳ない、という気持ちを込めて頭を撫でると、くすぐったそうに首を竦めてエイミイに顔をすり寄せる。
「皆さん大慌ての後大騒ぎで、その後カンッカンですよ。そのせいでとばっちりを受けるの、私達なんですからね? 勘弁してくださいよこういうのー」
「………………」
「さ、もう十分楽しみましたよね。帰りますよ、巫女様。頭なら私も一緒に下げますから」
「………………」
「巫女様?」
リニスと呼ばれた女性に、エイミイは返事をしない。
「……みこさま?」
不信がり、キーリもエイミイの顔を見上げる。
「……リニスちゃん、私は帰らないわ」
エイミイがリニスから視線を逸らしながら告げた。
だがエイミイの答えをリニスは予想済みだったのだろう、軽く首を竦めるだけで笑みを崩さない。
「どうしてみこさま!?」
動揺を見せたのはキーリだった。
「ごめんね、キーリちゃん」
何も説明せず、ただ寂しそうな笑みを浮かべて、エイミイがそっとキーリを自分から離す。
「仕方ないなぁ」
リニスが手を上げる。
「あっ!」
「キーリちゃん!?」
すると、エイミイの周りを同じデザインのローブを羽織った人々が囲み、その中の一人がキーリを抱いてリニスの元へと連れて行く。
ローブはうっすらと灰色の混ざった白色で、縁を黄色のラインで飾っている。
リニスとキーリの後ろに立つ者が、それぞれに同じ色のローブを羽織らせる。
ただし、リニスに着せたローブは縁取りの装飾がもっと豪華で、キーリに着せた物は、更にローブ全体に薄く文様が縫い付けてある。
「巫~女~様っ。無理やり連れてかれるのと自分から付いてくの、どっちがい~い?」
脅しだった。
「………………」
だがエイミイはまたも返事をしない。
「はーい了解。それじゃあ……」
「「ちょっと待てよ、おい」」
そこに、割って入る声二つ。
「おい、どういう事だエイミイ。あいつらは知り合いか?」「なぁ、お前らリクレム教だろ? うちの国は宗教活動自体は禁止してねぇけど、揉め事起こすつもりなら黙ってねぇぞ?」
喧嘩をしていた拳士達だった。
周囲の異変に気付き、一時休戦という事らしい。
「「………………」」
そして、二人が同時に喋ったせいで声が被った。
エイミイとリニスが聞き取れなかったのか、返事をせず無言のまま二人を見つめる。
仕方ないので、再度口を開く。
「おい、お前ら何者だ? エイミイと知り合いなのか?」「なぁ、嬢ちゃんよ。お前がこいつらを引き入れたのか?」
話しかける相手を変えたが、再度声が被る。
「「………………」」
睨み合う二人。
「「何なんだよてめぇはよ!? 一々声被せてくんじゃねぇよ! ぶち殺すぞ!」」
殺意まで含め、息がピッタリだった。
「あははは! 仲良しだねぇ、二人共」
リニスが笑う。
「「あぁ!?」」
「ねぇ、青い髪のお兄さん」
「ヴァレルだ」
「じゃあ、ヴァレルさん。ヴァレルさんの言う通り、私達はリクレム教の教徒です。けど、勘違いしないでね? 別に私達は、リクレム教を国教に定めないどころか無宗教を謳う、信仰心も持てない様な野蛮なリュヴァスに喧嘩を売りに来た訳じゃないの。そこに居る巫女様を連れ戻しに来ただけ。心配しなくても目的が済んだらすぐに帰るよ」
「巫女様?」
リニスの話を聞いて拳士がエイミイを見る。
「…………」
だがエイミイは顔を伏せ、何も答えずに黙り込む。
「ふーん……」
そんなエイミイの様子を見て、リニスがいやらしい笑みを浮かべる。
「巫女様ぁ。その人、この町で作った新しいお友達? けど、そっかぁ。自分の身分隠して、嘘ついて大事な事誤魔化して付き合ってたんだねぇ」
「ち、違っ、隠してた訳じゃ!」
「そ~んな大事な事隠して、それって本当にお友達~? ……あー、いいのか別に~。今だけ友達ごっこが出来ればいい、形だけの友達だもんね~?」
「違う! そんなんじゃ!」
「じゃあ何で隠してたの? 何で言わなかったの? 長く付き合えば、どっかで今みたいな事になるの、わかってたでしょ?」
「それは! ……それは……」
「それで、危険に巻きこんじゃったらどうするつもりだったの? もし怪我でもしたら?」
「………………」
俯くエイミイ。
「あはははははははは!」
その様子を見て、楽しそうに笑うリニス。
「あーはっはっはっはっはっは!」
「…………え?」
そこへ、被せる様に拳士の笑い声。
リニスの笑いが止まる。
「……何笑ってんの?」
「いいじゃねぇか別に。身分位隠したって」
「は?」
「え?」
エイミイが驚きの表情を見せる。
「それはつまりよぉ。エイミイはそのままじゃダチになりにくい俺と、身分を隠してでもダチになりたいと思ってくれたって事だろ? ははっ、そりゃ嬉しい話じゃねぇか。怒るどころかむしろ光栄だぜ」
「拳士君……」
「や~だ~、格好い~い~。良かったね~巫女様~、友達がナルシス馬鹿で~」
リニスが両腕で自分の体を抱きしめながら体をくねらせ、馬鹿にした様に言う。
「ははははは! あぁ、お前の言う通りだリニス! 馬鹿はいいぞ? 単純だからな! 一旦友達になっちまえばこの通り、こんな程度の隠し事、まるで一切気にならねぇ!」
「拳士君……」
「……うっざー。つか人の事呼び捨てにしないでもらえる?」
リニスの表情から初めて笑みが消えた。
「ま、そういう訳だ。もう詳しい事情は聞かねぇよ。それで? エイミイ、お前はどうしたいんだ? エイミイとしてここに残りたいのか、巫女様として奴らと一緒に行きたいのか」
「私は……」
エイミイがキーリの顔を見て逡巡する。
「お前が行きたいってんなら止めねぇし、残りたいってんなら」
周りに居るローブの人間達を見てニヤリと笑う。
「俺が全力で守ってやる」
「あー、もういいからいいから、そういうの」
苛立ったように髪をガシガシとかきながら、リニスが指をさす。
「はーい皆命令でーす。巫女様捕獲しちゃって下さーい。多少強引になっても構いませーん。……邪魔する人はぶっ飛ばしてもいいよ」
リクレム教の教徒達が、一斉にエイミイに襲い掛かる。
「チッ」
拳士がエイミイの元に駆け寄り、庇おうとする。
「勝手に終わらせてんじゃねぇよ!」
「あぁ!?」
だがそこに、ヴァレルが割って入る。
「てめぇの相手は俺だろうが!」
「っせぇなゴリラ! 状況が変わったんだよ! 空気読んで消えろや!」
右、左と素早く振るわれた拳を拳士がかわし、頭部目掛けて放たれた蹴りを肘で受ける。
「っつぅ!」
脛に走った激痛に、ヴァレルが表情を歪める。
後ろに下がったヴァレルから一瞬だけ視線を逸らし、エイミイを見ると拳士が叫ぶ。
「おい! エイミイ後ろ!」
「え? あ!?」
いつの間にか接近していたリクレム教の教徒が、エイミイを後ろから押さえつける。
一人が押さえるとすぐにもう一人もやってきて、両腕両肩を二人がかりで掴まれる。
「は、離して!」
「お許し下さい、巫女様!」
「怪我をさせるつもりはありません! 暴れないで下さい!」
「クソ!」
拳士がエイミイの元に向かおうとするが、そこに再度飛びかかってくるヴァレル。
「少し待てやおめぇ! 後からいくらでも相手してやるから、今は引け!」
「はは、わりぃな! この国に住むもんとしては、リクレム教と余計な揉め事なんか起こしたくねぇんだよ。見たところ、そこの嬢ちゃんはリクレム教の重要人物なんだろ? んなもんをうちの国で匿いたくはねぇ。トラブルになる前に、このままさっさと連れてってもらう」
「てんめぇ……!」
「あははは! ヴァレルさん話わかるね~。野蛮なリュヴァスの人間だから、てっきりもっと面倒な事言うかと思ってた」
「…………」
「……え~、無視~?」
リニスにヴァレルは返事をしない。
これはあくまで帝国の平和を考えた上での行動であって、ヴァレルはリニスやリクレム教に対して良い感情を持っている訳ではないからだ。
「ちょ、ちょっとやだ! 離して!」
「エイミイ!」
「だからてめぇの相手はこっちだっつってんだろ!」
「しつけーぞゴリラ!」
仕方なく、拳士が背の刀に手を伸ばす。
(……クソ!)
だが、それを抜く事を躊躇してしまう。
いくら物騒な言葉をかわしていても、拳士はヴァレルに対して本気で殺意を抱いている訳ではい。
それは恐らく相手も同じだろうと思っている。
そして、リクレム教の教徒達も、詳しい経緯はわからないが、何らかの理由で逃げ出したエイミイをただ連れ戻しに来ただけで、無関係な人に自分達から危害を加える気は無いのだろう。
そんな彼らを刀で斬る事に、躊躇いがある。
悪い奴らが相手なら一切の躊躇なく殺しも拷問も行える拳士だが、そうでない相手に対しても無慈悲に振る舞える程悪人ではない。
「何止まってんだよクソガキ!」
拳士の迷いを理解せず、襲い掛かるヴァレル。
「っ!?」
ヴァレルが実力者であるからこそ、反射で体が動いてしまった。
抜刀し、ヴァレルに斬りかかってしまう。
「避けろ!」
「あ?」
寸前で斬撃は止めたが、ヴァレルの勢いが止まらない。
自分から刃に突っ込んでいくヴァレル。
(この馬鹿ゴリラ……!)
止めた刃を引く時間的余裕は無い。
ヴァレルの突っ込んでくる速度が速過ぎる。
刃を止めるのではなく、逸らせば良かったと拳士が後悔する。
だが、もう遅い。
「ぐあぁっ!」
ヴァレルの体が、拳士の眼前で横にスライドしていく。
「……何?」
だが、ヴァレルの体は拳士の刃にまだ届いていなかった。
幸か不幸か、別方向からの攻撃を受け、ヴァレルは横に飛ばされたのだ。
「何すんだコラァ!」
飛ばされた後、地面に転がらず着地を綺麗に決め、ヴァレルが叫ぶ。
「ギャッ!」「がぁ!」
そしてその攻撃は、ヴァレル以外の周りのリクレム教徒にも降り注いでいたらしい。
周囲からボコッ、という鈍い打撃音と悲鳴、そして人が倒れる音が聞こえる。
「何だぁ?」
拳士にはその攻撃の正体が見えていた。
投石だ。
人差し指と中指、親指の、三本の指でつまむとちょうどいい位の大きさの小さな石が、高速で次々飛来し、人々を倒していったのだ。
「やれやれ……。流石リクレム教。創世神を滅ぼした悪神を崇拝するだけあって、ガサツで品の無い、実に乱暴で野蛮なやり方ですわね」
声のした方を見ると、二階建ての建物の屋根に、三人分の人影があった。
三人共リクレム教の教徒みたいにデザインを揃えたローブを羽織っているが、色とデザインが違う。
この三人のローブは白銀色で、三人の先頭に立つ者のローブはラメが入っている様にキラキラと日の光に輝いていた。
「……ジューズゥ教」
三人を見て、リニスが嫌そうな顔で呟く。