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旅立ちと別れ! さらば、キルフ・オリア!

 拳士とサヤが泊まっている宿の部屋は、二階の一番奥にある。

 エイミイが泊まっているのは、一階の同じく一番奥。

 拳士とサヤの部屋は二人部屋で、家具はベッドが二つ、小さいテーブルが一つに椅子が二脚、他に物を置ける小さな棚とコートハンガーが一台ずつある。


「ケンシー」


 そんな宿の部屋で、拳士がベッドに横になりながらぼうっと天井を見ている。

 サヤがその拳士の上に、同じ体勢で仰向けになって乗りながら、拳士に話しかける。


「ケンシー」

「んだよ、何だよ。重ぇよサヤ。どけよ」

「重くなーい」


 最初拳士の胸に頭を置いていたのだが、ズリズリと上がって行って、後頭部を拳士の口元に乗せる。


「むぐ……」

「アハハハハ!」


 口を塞がれた拳士の様子に、何が面白いのか大笑いするサヤ。


「むぐぐ……」

「ケンシーケンシー、アハハハハ!」


 頭をグリグリと動かし、拳士の顔をサヤが頭でもみくちゃにする。

 サヤは人前でこそあまり態度に出さないが、実はかなりの甘えん坊だった。

 仲がよくなった人には、ベタベタと意味も無くじゃれつきたがる。

 特に、付き合いの長い拳士に対してはその態度が顕著で、二人きりになった時はいつもこんな感じだ。

 夜も特に理由が無ければ、基本同じベッドで一緒に寝ている。


「ケーンシー」

「あん?」


 もぞもぞと体の向きを変え、サヤが拳士と顔を向かい合わせる。


「今度は何だよ」

「ちゅー」

「んむ!」


 そして唇を合わせ、力いっぱい吸い付く様なキスをする。


「……ぷーっ」


 更に、そこへ思い切り息を吹き込む。


「んん!? ――ぶはっ! ゲホッ、ゲホッ! おい、コラ! マジで危ねぇから! キスも駄目だし、キスした後息吹きこむのはもっと駄目だっていつも言ってるだろ!」

「アハハハハハハ!」


 首元にしがみ付き、自分の頬を拳士の頬にむにむにと擦り付けながら、サヤがまたも大笑いする。


「……ったく、お前は……」


 呆れて注意するのも面倒だと放っておく拳士。

 キスなんてしているが、サヤは別に拳士に対して恋愛感情を抱いている訳では無い。

 これもサヤにとっては、単なるスキンシップの一つなのだ。

 サヤにとって拳士は、兄であり、親友であり、戦友である。

 順番付けをするなら、間違いなく一番仲の良い相手が拳士だ。

 だからこそのこの態度。

 他の人に対しては、どれだけ仲が良くてもキスなんて絶対にしない。

 拳士もそれがわかっているから、サヤをあまり強く注意しないのだ。

 何だかんだで拳士もサヤの事を可愛がっているので、懐かれて嫌な気はしない、という訳である。


「おい。それよりそろそろ時間じゃないのか?」

「時間ー?」


 窓から外を見て、あー! とサヤがベッドから降りる。


「エリゼが待ち合わせ場所に来ちゃう。行かなきゃ」


 ヘアゴムで髪を縛ろうとして、途中でやめる。


「どうした?」

「ケンシ、縛ってー」

「あ? 自分で出来るだろそれ位」

「だってこの部屋鏡無いもん。出来ないー」

「嘘つけ。ちゃんといつも自分でやってるだろ」

「やってー、やってー」

「……ったく」


 そう言って拳士がまた甘やかす。

 二人きりの時に態度が甘いのは、拳士も同じだった。


「ん、バッチリ!」


 拳士が縛った場所を触って出来を確認すると、部屋の扉を開け笑顔で手を振る。


「じゃ、行ってきまーす!」

「おう、気を付けてな」


 サヤを見送ると、拳士がまたベッドに横になりぼうっと天井を見上げる。


「……オリアの奴は、元気にしてるかな」


 呟く拳士。

 ゲンツが死んでから、数日が経っていた。







 ゲンツの屋敷に乗り込み、全てを終わらせてから四人が屋敷を出ると、屋敷の前に十人以上の兵が待ち構えていた。

 自分達を捕まえに来たのかと思い、どうやって切り抜けようかと拳士が考えると、どうやら違ったみたいだった。

 ゲンツの屋敷がある富裕層の住む区画に入る時、オリアは顔見知りが番をしているという門に行き、言った。

 ゲンツに会いに行くからここを通してくれ、と。

 言い訳する時はオリアに気絶させられたと言えばいい。

 通してくれないのなら、この場で本当に気絶してもらう事になる。

 そうオリアが脅す様に強く言うと、渋々とだが通してくれた。

 ゲンツの屋敷に来たのは、その時番をしていた顔見知り達と、他も皆オリアの知っている兵達だった。

 ゲンツと山賊との関係を知らなかったのは、本当にオリアだけだったらしい。

 だからオリアがゲンツの屋敷に行くと言った時、番をしていた者達は、すぐに何をしに行くつもりなのか勘付いた。

 そこで、止めるべきか、手助けするべきかと悩み、今すぐに結論は出せないが、だからと言って放っておく事も出来ないと、皆に呼びかけ、とりあえずここまで来てしまったらしい。

 誰もがオリアの身を案じ、心配して集まったのだ。

 集まった兵達にリオーナが、自分がゲンツを刺した、と言った。

 すると彼らは納得すると共に、ホッとした表情になった。

 リオーナは皇帝から直々に、所謂殺人許可証に近い物を貰っており、彼女が帝国内で誰を殺しても問題にならないらしい。

 だから彼女は何の躊躇いも無くゲンツを刺せたのだ。

 とは言え、オリアの屋敷への不法侵入やら何やらは、別件として十分問題になる。

 それについては仕方がないと、オリアは何らかのお咎めを受ける事を覚悟したのだが、結局その夜に起きた事は何故か全て不問とされた。

 オリア曰く、エリゼやリオーナが何か働きかけたのだろう、との事だった。

 そして、山賊達がいなくなったという事で、オリアの欠点とされていた山賊達への執着心、という問題が解消された。

 そこでオリアは、本来の能力を改めて評価し直され、コラール隊を抜け、まともな部隊へと配属される事になった。

 だがその配属先は、帝都からはかなり遠い場所。

 このまま帝都にいると、ゲンツの件でゲンツの関係者から狙われる可能性があったので、それを防ぐ為という理由かららしい。

 オリアは最初、自分はコラール隊を抜けるつもりはない、とこの話を断ろうとした。

 だが、何とその話はエリゼからの推薦があっての事だった。

 それを聞いて、オリアはこの話を受ける事にした。

 実際、オリアにとっても悪い話では無かったのだ。

 コラール隊に居続けても、オリアの昇格はまず無い。

 それを考えれば、山賊達を追いかける必要の無くなった今、コラール隊に残るメリットは無かった。

 これは遊びでは無く、仕事なのだ。

 仲の良い仲間と一緒にいたいからと、将来性を考えずに行動する程オリアだって子供では無い。

 それから、様々な手続きと身の回りの整理に何日かかけ、遂にオリアが帝都から旅立つ日となった。







        *







「ケンシ、サヤ。短い間だったけど、あんた達には本当に色々と世話になったわね」


 共に配属先に向かう仲間達を待たせ、オリアが外壁の門で拳士とサヤに別れの挨拶をする。


「……世話って言うなら、俺達は現在進行形でお前に世話になり続けてるんだけどな」


 宿の支払いについては、オリアは帝都から離れるが、それとは関係無くオリア持ちのままになる事になった。

 山賊の件に加えて、ゲンツの部下に襲われた時もオリアは拳士に助けられてしまった。

 そこで、恩を返しても返しきれない、せめてこれ位はさせて欲しいとオリアに懇願されたのだ。


「オリア、なんか服装の雰囲気変わったねー」

「あぁ、これ?」


 サヤの言う通り、オリアは以前の様に露出の多い恰好では無くなっていた。

 元々その恰好はコラール隊での役割を考えての事だったので、コラール隊を抜ける今、必要が無くなったのだ。


「前のも好きだったけど、今の恰好もカッコいいよ」

「本当? ありがとう」


 オリアがサヤの頭を撫でる。


「オリア」

「リオーナさん」


 見送りにはリオーナも来ていた。


「この仕事は体が資本だからな。体調には十分気を付けるんだぞ。それと、君はいつも無理をしがちだから、私はそれが心配だ。いいか? くれぐれも力量以上の事はせずに、引く時は引く勇気を――」

「リオーナさん、リオーナさん。もう、こんな時までお小言ですか? 大丈夫ですよ。出会った頃の私とは違います」

「……あぁ、そうだな。すまない」


 リオーナが苦笑して肩を竦める。


「誤解しないでくれ。今の君は昔の君とは違うと私だってわかっているし、認めてもいるんだ。……けれど、駄目だな。こうして離れるとなると、どうしても心配になってしまってね」

「リオーナさん……」


 大切に思われているとわかり、オリアが照れくさそうにくすぐったそうに身じろぎする。


「あの……」

「ん?」


 そして、周りを見回してから、気になっていた事をリオーナに聞く。


「その……隊長は?」

「…………」

「リオーナさん?」

「……オリア。今はもう違うだろう」

「あ、そうですね。では、……コラール家のご令嬢は?」

「それだと他人行儀過ぎだ。……エリゼなら来ていない」

「そうですか……」


 オリアが寂しそうに笑う。


「んだよ。エリゼの奴こんな時まで逃げ回ってんのか」

「もうお別れなのにねー」


 拳士とサヤが言う様に、エリゼはゲンツの件があってから、一度もオリアと顔を合わせていなかった。

 とにかくオリアを避け続け、オリアが会いに行っても、部屋から一切出てこないのだ。

 別にオリアの事を嫌っている訳でも、何か意地を張っている訳でも無い。

 ただ、会うのを怖がっていた。

 ゲンツと山賊との関係を黙っていた事で、オリアに嫌われていないかどうかが心配なのだ。

 いくら隊長として隊を率いていて大人に見えても、中身は年相応、極普通の一人の少女。

 家柄や立場の事もあり、親しい友人の少ないエリゼにとって、オリアとの関係はそれ程までに大切な物だった。


「……それじゃあ、行くわね」


 いつまでも仲間を待たせる訳にはいかない。

 名残惜しいが、いつまでもこうしていてはキリがない。


「あ、そうだ」


 だが、何か言い忘れた事があったらしい。

 ちょいちょいと拳士を手招きする。


「あ? 何だ?」


 拳士が近寄る。


「……ぉ……ょ」

「何だって? 聞こえねーよ」


 他の人に聞かれたくないのか、小声でぼそぼそと言うので、肝心の拳士にも何を言っているのか聞こえない。


「……ったく」


 拳士が腰を曲げてオリアの口元に耳を寄せる。


「なん――」

「……ん」

「――だ……」


 チュッ、と拳士の頬に一瞬だけ伝わる、唇の感触。


「…………お前……今」

「……お礼よ、お礼」


 ポカン、と間の抜けた顔で呆然とする拳士と、頬を少しだけ恥ずかしそうに赤らめたオリア。


「その……言ったじゃない、あんた。私が、その……イイ女……だって。だったらこういうのも、少しはお礼になるでしょ?」

「………………」

「唇は、その……好きな人とするのに残しておく物だから、駄目だけど。まぁその、ほっぺ位なら……いいかなって……」

「………………」

「か、勘違いしないでよ!? 別にこんな事誰にでもする訳じゃないんだからね!? こ、今回は特別よ、特別! ……って、あんたさっきから黙ってないで何か言いなさいよ!」

「お、おう……」


 完全に真っ赤に染まった顔で、オリアが恥ずかしさに耐えられなくなったのか、「あー、もう!」と叫んで走り出す。


「じゃ、じゃあね皆! あとケンシ! あんたもし帰れる事になっても、私に黙って勝手に帰るんじゃないわよ! 必ず私に連絡する事! いいわね!?」


 オリアが仲間達の所に行くと、頬にキスした事を冷やかされて、恥ずかしがりながら怒っている。

 どうやら仲間達は皆、気のいい奴らの様だ。


「惜しかったねー、ケンシ」


 サヤがぼうっとしていた拳士の腰を叩く。


「な、何がだよ」

「あのハゲたおじさん。そこのおねーさんが刺す前にケンシが斬ってれば、別れのキスが頬じゃ無くて唇だったかもしれないのに」

「何だそれ?」

「ケンシはさ、説明が下手過ぎなんだよ。要点が伝わりにくくてわかりにくい。あの時だって、本当はお前の代わりに俺が斬ってやるって言いたかったんでしょ?」

「……は? 何の話だよ。別にそんなんじゃねぇし」

「なるほどな」


 リオーナが話に加わる。


「あれは、この世界に大切な物が沢山あるオリアの代わりに、この世界に一切のしがらみが無い自分が代わりに斬る、と言いたかったのか」

「……この世界?」


 サヤがリオーナの発言に引っかかりを覚える。


「んだよ。お前隠れて俺達の話を盗み聞きしてたのか?」

「盗み聞きとは人聞きが悪いな……」

「ちょ、ちょっと待って!」


 サヤが大きな声を出す。


「な、何で私達が違う世界から来た事を知ってるの?」


 クスッ、とリオーナが笑う。


「もっと早くに、私の存在を不審に思ってほしかったんだがな」

「ど、どういう事?」

「何言ってんだ。別にそんな不思議がる事でもねーよ」


 拳士がニヤリと笑いながら言う。


「だよな? 赤鬼さんよ」

「あ、赤鬼!?」

「ほう」


 サヤが驚いた顔をし、リオーナは感心した表情になる。


「気付いていたのか」

「当然だ」

「気付いてないよ! どういう事!?」

「いつからだ?」

「屋敷でハゲを刺した時だ。高速で抜いてハゲを刺した、あの白い剣。あれが赤鬼の持っていた剣と同じ物だった」

「そんなのわかるか! ていうかあの時、剣で刺してたの!? それも今初めて知ったよ!」

「あれが見えていたのか……流石だな」

「ふえぇ……」

「「「?」」」


 すると会話に、突如変な声が混じってきた。


「オリアちゃん行っちゃった~……」

「んだよ、エリゼかよ」


 泣きべそをかいたエリゼだった。


「お前今まで何やってたんだよ。今更来てもおせぇぞ。オリアならもう行っちまった」

「だってー…………タイミング見計らって、ここだって時に話しかけようとしたら、突然オリアちゃんとケンシ君がキスとかし始めるからー……」

「………………」


 それを言われると、拳士が悪い訳ではないが、当事者として何となくこれ以上責められなくなる。


「あー、そんな事されたら確かに話しかけ辛くなっちゃうよねー」

「その後すぐに行ってしまったしな。あれでは話しかける間も無いだろう」

「……………………」


 更に気まずくなる。


「……ま、まぁ、あれじゃねぇか? 手紙でも書いて送れば。な?」

「……うん、そうする」


 別に永遠に会えないという訳では無い。

 同じ世界、そして同じ国に属する者同士、いつかまた会えるだろう。







        *







 その翌日から、以前言っていた魔法機兵についての資料探しがエリゼの家で始まった。

 エリゼの家の蔵書は量が多く、整理もあまりされていないので、目的の物を探すまでかなり時間がかかりそうだった。

 少しでも多くの人手が必要そうなその作業だが、拳士は参加していない。

 何故なら、拳士は文字が読めないからだ。

 音声の翻訳は比較的簡単なのだが、視覚情報から来る文字の翻訳は難しい物らしい。

 拳士はこの世界の言葉を、日本語に変換して認識しているせいで、この世界の言葉の文法が理解出来ていない。

 その状態で、文章を目で見て違和感なく理解させるのは、かなり難しい事だった。

 なのでこの資料探しには、エリゼとサヤとリオーナの三人のみが取り組んでいる。

 エリゼの家がある、富裕層の住む区画に入る為の許可証を用意するのに、子供のサヤだけの方が簡単だったというのもあった。

 それから毎日、サヤはエリゼの家に行き、資料探し。

 一方拳士は、一人ぼうっと何をするでも無く毎日留守番。

 そしてその生活の費用は、全てオリア持ち。


「………………」


 ヒモ、ニート。

 色々な駄目人間を表す言葉が頭に浮かぶが、拳士はあえて考えないようにする。




 コン、コン




「ん?」


 部屋を誰かがノックしてきた。


「誰だ?」


 ベッドから身を起こし、入っていいぞ、と相手を招く。


「失礼しまーす。良かった。拳士君いた」

「エイミイか」


 偽名少女、エイミイだった。


「どうした?」

「別に取り立てて用があった訳じゃないんだけどね。暇だったら、一緒にちょっと外出てみないかな?」

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