狙われたオリア! 山賊達を操りし悪、ゲンツの暗躍!
「星空が綺麗だねー、ケンシ」
「あぁ……けど、月が無いから何か違和感だな」
「そうだねー、お月見出来ないもんねー」
拳士がサヤと手を繋ぎながら夜道を歩く。
「……だから二人共付いてこなくていいってば」
その少し先を、鬱陶しそうな顔で歩くオリア。
「何言ってんだ。この俺が夜道を女一人で歩かせる訳ねぇだろ」
「そうそう。そして私は、ケンシが送り狼にならない様に付いていくー」
「おい」
宿での食事を終えた後、オリアが自宅へ帰ると言うので、夜道を女一人は危ないと、拳士とサヤは彼女を送る事にした。
「別に外壁内はそこまで治安悪くないし、大丈夫よ」
日が落ちると共に外壁の門は閉じられる。
門が閉じてからは、外壁内に暮らしていると証明出来る何らかの身分証明か、宿の宿泊証明書を持っていないと兵に捕まる。
拳士とサヤも宿を出る前に宿から宿泊証明書を貰っている。
「わざわざ送る必要なんて無いのよ、本当に。大体、私がそんなに弱そうに見える?」
「俺より弱ぇな」「そうやって自分に自信を持って油断してる所を襲われてダブルピースさせられそう」
「…………あんた達」
オリアがジト目で二人を睨む。
「ん?」
すると拳士が立ち止まり、路地に目をやる。
「何? どうかしたの?」
オリアが不思議そうな顔で聞いてくる。
「いや、何でも無――」
「きゃぁぁぁぁああああ!」
「!?」
突如聞こえる女性の悲鳴。
「路地裏!?」
「あぁ、みたいだな」
声の聞こえた方へと走り出すオリア。
「あ、おい!」
「ケンシ! あんたはそこにいなさい!」
そう言い捨ててそのまま路地を曲がり、オリアの姿が見えなくなる。
「ケンシ、どうする?」
サヤが拳士を見上げて聞く。
「どうするも何も……ったく、仕方ねぇな」
そう言うと、拳士がその場にしゃがみ込んだ。
*
「うぉぉ……ぉお……レドック……バンダス……」
豪奢なベッドに縋りつき、ボロボロと涙を流し続ける中年男性。
「酷い……酷過ぎる……何たる酷い話であるか……」
頭は完全に禿げており、特注の椅子じゃないと幅が足りなくて座れない程、ブクブクと太っている。
彼の名前はゲンツ。
拳士とサヤ、コラール隊の面々に全滅させられた山賊達を、裏で操っていた者だ。
「許せぬ……許せぬ……!」
ゲンツは所謂、他人に厳しく身内に甘いタイプの人間だった。
だが、その他人に対する無慈悲な厳しい態度と、合理性のみを追求した判断力が、皇帝の言う価値のある人間としての結果を出していた。
彼は自分の立場を利用し、問題を起こし重罪となった自分の身内をこっそり帝都から逃がすと、山賊達の拠点にほとぼりが冷めるまでと隠れ住まわせていた。
その中にはそのまま山賊の一員となった者もおり、例えば、魔法で巨大な火球を作り出し拳士に放った魔法使いは実はゲンツの息子で、拳士を囲んだが蹴りで首の骨を折られた者は、ゲンツが可愛がっていた腹心の元部下だった。
そんな、自分の大切な者達が皆殺しにされた上、決して少なくない貴重な収入源を潰されたという事で、ゲンツは悲しむと共に怒り狂っていた。
武器を調達したり人員を鍛えたりと、かかっていたお金も馬鹿にならない。
それらが全て無駄になったとなれば、黙って等いられる訳が無いのだ。
「許さぬ……絶対に許さぬぞ……!」
だが、コラール家であるエリゼと、鬼の称号を持つ赤鬼には手を出せない。
そこで、唯一庇護の無いオリアを狙う事にした。
部下には生きたまま連れて来るように言ってある。
生きたまま連れて来て、じっくりと、長い時間をかけてわからせるつもりなのだ。
自分が何をしたのかを。
「身の程知らずの小娘が……!」
*
「そこ! 何してるの!」
オリアが路地裏に辿り着くと、若い女性一人を二人の男が壁に追い詰めて、何かしようとしていた。
「チッ!」
「あ、おい! 待ちやがれ!」
オリアが声をかけた瞬間、視線がそれたのをチャンスと見て、女性が男二人を振りほどき、オリアの元へと走り出す。
「た、助けて下さい!」
服は多少乱れていたが、脱がされたり破かれたりはしていなかったので、まだ致命的な事をされた訳では無い様だ。
「怖かったわね、もう大丈夫よ」
オリアが男二人に睨みをきかせて牽制し、女性が自分の元に辿り着くのを待つ。
「あぁ……」
オリアの顔を見て女性がホッとした顔をする。
すると、女性を安心させる様にオリアも笑みを浮かべる。
「ガッ――!」
そして、女性が近寄ってくるなり、その腹に突然蹴りを入れた。
「何!?」
「な、何で!」
男二人が慌てる。
するとオリアが、冷たい目で女性を睨みながら言った。
「舐めんじゃないわよ。袖口にナイフ隠し持ってんのバレバレなの――」
だが、言い終える前に腹を蹴られた女性がすぐに立ち直り、オリアの言った通り袖口からナイフを出すと、オリアに向けて素早く突き出してきた。
「!?」
完全に油断していた。
(――あの蹴った時の感触、服の下にプレートを仕込んでた!? ヤバい、やられる!)
グルグルと高速で思考は回るが、肝心の体が付いてこない。
「ガフッ!」
オリアに刃が届く寸前。
突如、女性の顔がぐにゃりと歪み、後方、男二人の元へと勢いよく吹っ飛んでいった。
「え?」
何が起きたのかとオリアが疑問に思うと、後ろから声。
「こういう時はちゃんと体が露出してる部分狙わなきゃ駄目だろうが。隠れてる部分に何しこまれてるかわかったもんじゃねぇよ」
「ケ、ケンシ!?」
そう、オリアが路地に入る前に置いて来た筈の、拳士だった。
「あ、あんたどうして……」
「どうしても何も、この為に付いてきたんだろうが。危ない目に合ったらすぐ守れる様にってよ」
拳士が呆れた様に言う。
「じゃあ、サヤは?」
「ここだよー」
拳士の背中、マントの中からサヤがヒョコッと顔を出す。
「何かの妖怪みたいだな」
「失礼な!」
背負う、というかサヤが拳士の背中にガッシリしがみ付いた状態で、ここまで来たらしい。
「おい! しっかりしろ!」
「クソ、今のは一体……!」
男の一人が女性の肩をゆすり、もう一人が拳士を警戒して睨みつける。
どうやら男二人も女性の仲間だった様だ。
「この町のチンピラは随分手の込んだ事するんだな」
「……違う。あの動き、ただのチンピラじゃない。あんた達何者なの?」
勿論、聞かれたところで答える訳もない。
「仕方ねぇ。それじゃあ一旦気絶させて拘束してから、じっくり聞き出す事にするか」
「え?」
拳士が拳を握り、腕を引いて構える。
「あんた、何を……」
「フッ!」
そして、拳を男の一人に向けて高速で突き出す。
「ブフッ!」
すると先ほどの女性同様、男の顔が歪んでその場から突然吹き飛んだ。
「なっ!?」
「ちょ、ちょっとそれ! 何なのよ一体!?」
男とオリアが拳士を驚愕の目で見る。
「あ? こんなもん別に大した事ねぇよ。技ですらねぇ。ただの拳圧だ」
「け、拳圧!?」
「チッ!」
男はそれを聞くと、こいつは自分の手に負えないと判断し、ナイフを懐から取り出して、意識を失っている女性の首を掻っ切る。
「口封じ!?」
もう一人の男が殺されるのを防ごうとオリアが駆けるが、間に合わない。
「させるかよ!」
そこで拳士が再度、拳圧で牽制をかける。
「くそ!」
口封じを諦め、男が逃げる。
「待ちなさい!」
オリアが追おうとすると拳士が止める。
「待ちな、オリア。今無理に追う必要はねぇよ」
「けど!」
「だよな、サヤ」
「うん!」
拳士の背にいるサヤが、空を指さす。
「大丈夫だよ、オリア。私達には空の上にも目があるんだから。どこに逃げたってすぐにわかる」
「空……?」