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広がる世界! リクレム教と、リュヴァス帝国の皇帝!

「ほら、遠慮せずに食べなさいよ」

「…………んな事言われたって食い辛ぇよ」


 テーブルの上に様々な料理が並んでいる。

 大きな金目鯛みたいな魚を、香草と野菜で煮た物。

 葉物野菜に、植物の種子から絞った油と塩を混ぜただけのシンプルなドレッシングをかけたサラダ。

 肉団子と、トマトみたいな甘酸っぱい味のする、親指の爪程の大きさの丸い緑色の野菜を一緒に煮て作ったスープ。

 そして、紫色のメレンゲみたいな奇妙な見た目の、妙に辛くて少し渋い謎の食べ物。


「お腹空いてるんでしょ? 無理しなくていいわよ」

「…………無理してる訳じゃねぇけどよぉ」


 目の前の料理をオリアに勧められるが、どうにも手を伸ばしづらく遠慮する拳士。

 オリアの探してくれた宿泊先は二階建ての建物で、一階と二階が宿屋、地下が酒も出す酒場に近い雰囲気の食堂となっていた。

 出すとは言っても酒の種類はそんなに多くなく、あくまで食事がメインの店なのだが、完全にただ飲みに来ているだけの客も多い様だ。

 そして今は夕飯を食べる為その食堂にいるのだが、料理が全てオリアの奢りだと思うと、拳士はどうにも食が進まない。


「へー、エイミイは色んなとこを旅して回ってるんだー」

「うん。そうだよ」

「じゃあさ、じゃあさ。北の方は行った事ある?」

「北の方? ……あー、そっちは行った事無いなぁ」

「そっかー……。あ、そうだ。このお魚」

「ん? お魚がどうかしたの? 美味しくなかった?」

「ううん、そうじゃなくて。お魚捕れそうな海とか湖なんて、この近くにあったっけ?」

「それはあれだよ。遠い所から魔法で凍らせて持ってくるの。捕まえてすぐに凍らせれば鮮度も損なわないし」

「なるほど! 意外に優秀な魔法世界の食品流通事情!」


 ついでという事でエイミイも誘うと、なんと彼女は夕飯の予定以前に、今夜の宿泊先をまだ決めていなかった。

 外壁の外で適当に探すつもりだというのだが、オリアがそれは危ないと拳士達と同じ宿に部屋をもう一つ用意してもらい、別な部屋だが同じ屋根の下、エイミイも一緒に泊まる事になった。

 そして今は四人で食事をしているのだが。


「あんたも変な所で男らしくないわね……。ほら、サヤを見てみなさいよ。なーんにも気にしないで美味しそうに食べてるわよ?」


 オリアの言う通り、サヤは一切遠慮せず、むしゃむしゃと食べている。


「だって私がオリアのお金でご飯を食べるのは保護者の甲斐性が無いせいだもん。私が悪い訳じゃないもーん」

「ぐっ……」


 しれっと言われて拳士が言葉に詰まる。


「……はぁ。そんなに気にするなら、こうしましょ」

「あ?」

「今の分は奢りじゃなく、私からあんたへの貸しって事にするの。あんたに何か収入が入ったら、その時貸した分を返してもらう。それならいいでしょ?」

「それなら俺が村から貰った金で……」

「だから、それは駄目。大事にとっておきなさい。返してもらうのは、もっとちゃんと、まともにお金を手に入れる方法をあんたが確立してから。いい?」

「……わかった。じゃあそれで」


 やっと食事に手を付け始めた拳士を見て疲れた様にため息をつくと、オリアがサヤに聞く。


「あんたの保護者のこの面倒くささはなんなの?」

「あははは。ねー、ケンシって妙なとこで男らしくないというか、女々しいんだよねー」

「うっせ! 放っとけ!」


 やけくそとばかりに勢いよく食べ始めた拳士を見ながら、あぁそう言えば、とサヤがオリアとエイミイに聞く。


「話変わるんだけどさ。ちょっと聞いてもいい?」

「何よ」

「うん、いいよ。何でも聞いて」

「この国……いや、世界なのかな? ……いや、私達の世界でも文明関係なしにそういう考え自体はどこにでもあったし、やっぱりこの国だけなのかな……」

「何ボソボソ独りごと言ってるのよ。いいから早く言いなさい」

「あのさ。町をパッと見て思ったんだけど、この国って宗教とか無いの? 宗教施設みたいな物が一つも見当たらなかったからさ。…………んー、違うか。先にあれだね。そもそもこの世界って、神様って考え方自体あるの?」


 それを聞いて、あぁなるほど、とサヤの聞きたい事をオリアが理解する。


「なるほどね。じゃあ、順番に説明していこうかしら」


 オリアの説明によると、まず神様という考え方は、この世界にちゃんとある。

 そして、それを信仰する宗教組織も多数存在する。

 ただ、ここ帝都ではそれらの信仰心自体は否定しないが、その信仰する宗教の宗教施設を建てる事を禁じているのだ。


「どうして?」

「さぁ? リュヴァス帝国って色んな国とか民族を次々取り込んで大きくなった国だから。それぞれの思想とか考えを一々矯正すんのが面倒くさくなったんじゃない?」

「ふーん」

「ちなみに私は無宗教。そういう他力本願な考え、私大っ嫌いなの」


 それは、彼女の生い立ちからすれば当然の事なのかもしれない。


「宗教にも色々あるけど……」


 するとエイミイが口を開く。


「一番大きい宗教は、やっぱりリクレム教かな」

「リクレム教?」

「うん、リクレム教。リクレムって神様を崇める宗教。大雑把に言うと、はるか昔にこの世界を創った、創世神って神様がいたんだけど、その神様がある日、自分で作り出した人間達を一人残らず消し去ろうとしたの」

「え、何で?」

「何でなんだろうね。そこは教本にも書いてないからわからない。それで、それはいくら何でも無茶苦茶だろと、創世神が創った配下の神様達が反旗を翻して、その創世神を封印した。その反旗を翻した神様達のリーダーがリクレム」

「リクレム達同様、創世神を裏切る創世の巫女とか、実際は登場人物がもっと沢山いて、読み物として見てもそれなりに面白い話だから、もし興味があるなら調べてみてもいいかもしれないわね」

「へー」

「…………」


 オリアの勧めに全く興味が無さそうに返事だけするサヤ。


「そのリクレム教の仲間にジューズゥ教っていうのもあって、そっちは同じ物語の創世神側を崇める宗教なの」

「さっきの話に出てきた創世神の名前がジューズゥなのよ」

「ふーん」

「「………………」」


 自分から聞いておいて完全に興味を無くしたサヤの様子に、苦笑するエイミイと、頬をヒクつかせるオリア。


「じゃあそのジューズゥ教っつーのはあれか? 創世神が人間を消し去ろうとした事に、何らかの正当な理由があったと考えてるって事なのか?」


 意外にもその話に食いついてきたのは拳士だった。


「うんと、ジューズゥ教の中でもそこら辺はまた宗派によって分かれててね」


 その疑問にエイミイが答える。


「拳士君の言う様に、人間の存在そのものが世界にとって滅ぼされるべき害悪だったと考える人達と、人間を滅ぼそうとしたって話が実はリクレム達のついた嘘で、本当の創世神はそんな事を企んだりしない、善良で温厚な神だったって考える人達がいるの」

「ほぉ」


 拳士が木の匙を置いて何かを考え込むように腕を組む。


「あー!」


 そこで突然オリアが叫んだ。


「ちょっとケンシ! あんた私達の分も食べちゃったの!?」

「ん? あぁ、美味かったぞ」

「美味かったぞってあんた……さっき散々食べるの渋ってた癖に」

「一回食ったらもうどうでもよくなっちまった。あと、あれだ。魚丸ごと煮たやつが美味かったから、あれ追加で頼んでくれ」

「図々しい!」


 そう言いながらもオリアが店員を呼ぶ。


「エイミイも何か頼みなさい。あなたの頼んだ物、サヤに半分近く食べられちゃったでしょ。ここの支払いは全部私が持つから、気にしないで頼んじゃっていいわよ」

「え? 私の分も? いいよいいよ。自分の分は自分で払うし」

「別に遠慮する事ないのよ本当に。こう見えても私、結構給料いいのよ」

「でも……」

「ほら、いいから何か頼みなさい」

「……うん。じゃあ、オリアちゃんありがとう。ご馳走になります」


 そう言うと追加の料理を頼む為、エイミイがメニューを見始める。


「お、何だ? あそこの席の奴らが食ってる肉のスープ美味そうだな。あれ頼もうぜ」

「ケンシケンシ、私さっき食べたほうれん草サラダみたいの食べたい」

「おお、あれな。あれ美味かったな。あれも頼むか。あと……」

「あんた達はもっと遠慮しろ!」


 エイミイがそのやり取りを見てクスッと笑う。


「ん? どうかしたか?」

「二人の言ってる事がさっきまでと反対だなーと思って」

「お? 言われてみればそうだな」


 食べるのを遠慮する拳士に、いいから食べろ食べろ言っていたオリア。

 今は逆に、食欲旺盛な拳士にオリアが少しは遠慮しろと言っている。

 エイミイの指摘に拳士とサヤが笑う。


「……もう好きにしなさい」


 オリアが呆れた顔でそう言った。







        *







「エリゼちゃんも大胆な事するねー」

「………………」

「ハゲ豚ゲンツ、ブチ切れだったよ?」

「………………」


 城の中、玉座の前。

 広い部屋の中、天井から柱、床のタイル一枚一枚に至るまで、全てに細かい装飾が施されている。


「……おーい、聞いてるかい?」

「………………」


 片膝を立て、頭を下げた姿勢でエリゼが相手の言葉に反応せず、無視し続ける。


「……プッ、ククク」


 その態度に玉座の左に立つ、眼鏡をかけた細身でわし鼻、鋭い目つきの白髪の老人が愉快そうに笑う。


「大臣、笑うなよ……」


 玉座に座る皇帝が老人にそう注意するが、老人同様彼もまた、エリゼの態度を愉快に思っているらしく、浮かんでいる表情は笑みだった。

 リュヴァス帝国の皇帝。

 年の頃は三十前後。

 彫りが深く精悍な顔つきをしており、骨格的にはあまりガッシリとした体格では無いのだが、その分体を鍛えて筋肉を付け、威圧感を出している。

 少し長めの黒い髪をオールバックにし、右耳にのみ大きな赤い石の付いたピアスを付けていた。


「なぁ、どう思う? 青鬼」


 皇帝が声をかけたのは、玉座の右に立つ青い鎧の戦士。

 名前の類似性からわかる通り、赤鬼と基礎コンセプトが似たデザインの鎧を着ている。

 だが、こちらは赤鬼と違い相手に嫌悪感を与える様な突起は一切生えておらず、頭から生えている角も一本で、湾曲せずに額から真上に真っ直ぐ伸びている。


「……青鬼?」

「ブフォッ!」


 青鬼もエリゼ同様皇帝に返事をせず無視し、その様子に玉座の左に立つ老人、大臣が吹き出す。


「…………本っ当にこの国の奴らは皇帝を敬うって事を知らないよな」


 額に手を当ててやれやれと皇帝が首を振る。


「敬える程の価値があなたには無い、という事です。皇帝」


 エリゼの暴言。


「やめろ、青鬼。剣を引け」


 エリゼの首の後ろから血がにじむ。

 青鬼の持つ真っ白で美しい剣がエリゼの細い首を斬り落とそうと振り下ろされ、薄皮一枚傷つけたところで皇帝の静止が間に合ったのだった。

 玉座からエリゼの位置まで一歩や二歩では届かないそれなりの距離があったのだが、青鬼はそこまで一瞬で移動したのだ。


「エリゼちゃんも。こんな所で殺し合いだなんてやめてくれ」


 エリゼはエリゼで、首を斬られたら回復魔法で即座に繋ぎ合わせられるよう片方の手を自分の首にそえ、もう片方の手で青鬼を吹き飛ばそうと攻撃魔法を撃ち出す準備をしていた。


「やれやれ……嫌われたもんだ」


 そこで、エリゼがやっと皇帝に目を合わせる。


「皇帝。でしたらお答えください。あなたが御父上を討ち、その直属の部下達を処罰したのは、一体何の為だったのですか?」

「………………」

「あなたはおっしゃいました。自分は前皇帝とは違う、と。これからは民の為、皆の幸せの為の国づくりを行うと……!」


 エリゼが立ち上がる。


「それが、何故この様な事になるのですか! 山賊と繋がり、私腹を肥やすゲンツの悪行! それだけではなく、他にも様々な部下の間違った行いを、あなたはあえて見逃していらっしゃる!」

「エリゼちゃん……」


 困ったような笑みで答える皇帝。


「僕もね? これでも精一杯やってるんだよ」

「努力の程は聞いておりません! 私は――」

「国民全員を幸せにするなんて、物理的に不可能なんだよ」

「っ……!」


 静かに、声を荒げずに。

 けれど、相手に発言を許さぬ威圧感を持った声で、皇帝が告げる。


「父が正しかったとは勿論思わない。けど、父の立場になった事で見えた物もある。それが何かわかるかい?」


 皇帝が指を組み、言う。


「無能はどこまでいっても無能でしか無いって事だよ。僕は最初、富を出来るだけ平均化し、貧富の差を減らせばきっと国はよくなり、皆幸せになると思ったんだ。けど、実際はそうじゃない。有能な人間は、同じだけの富で更なる富を生み出せるが、無能はただ食い潰すだけなんだ。どれだけ平均化しても、無能は勝手に自分から貧困層に落ちていく。そして、その無能の為に本来有能な人間につぎ込めば更なる利益に繋がった筈の貴重な富が、どんどん消えていくんだ。馬鹿げているとは思わないかい?」

「何の話ですか! 話を逸らさないで下さい! 今はそんな話をしておりません! 大体何故それが、部下の悪行を見逃す事に繋がるのですか!」

「僕が言いたい事、わかんないかなぁエリゼちゃん」


 皇帝がしょうがないなと笑う。


「彼らの悪行と、彼らの働きによって生み出される国の利益を差し引きして、プラスになる程彼らが有能な人間だってことだよ。そして…………彼らが悪行の対象としている人間は皆、彼ら程国の利益に繋がらない、無能だって事だ」

「!?」

「人間の価値は平等じゃないんだ。無能が何人か消えるのを見過ごすだけの価値がある、そんな有能な人間というのが確かにいるんだよ」


 エリゼの白い肌が真っ赤に染まる。


「皇――」


 エリゼが激昂して襲い掛かろうとしたその瞬間、皇帝がパチンと指を鳴らす。


「て……ぃ」


 すると、エリゼが急に意識を失い、床に倒れ込んだ。


「そして、エリゼちゃん。君もまた、この国にとって利益に繋がる有能な人間だ」


 皇帝が兵を呼び、告げる。


「彼女を家まで送り届けてあげてくれ。くれぐれも丁重にね。……変な事しちゃ駄目だよ?」


 運ばれていくエリゼを見送りながら大臣が言う。


「宜しかったのですかな? まだ彼女に大事な事を伝えていませんが」

「……はぁ、本当だよ。これでまたエリゼちゃんに嫌われる」


 項垂れながら皇帝が言う。


「ゲンツが山賊達の復讐に、オリアちゃんの命を狙ってる事。教えようと思ってたのに」

「兵を送り、皇帝が直接彼女を守れば宜しいのでは?」

「んー……それでもいいけど、あのハゲ豚に恨まれてまでオリアちゃんに守る価値は無いしなぁ」

「オリアに価値は無くとも、エリゼに売る事の出来る恩に価値があります」

「そうだけど……いや、駄目だ。将来性はともかく、今のエリゼちゃんはまだ、ハゲ豚程の価値を持っていない」

「ですな」


 大臣が頷く。


「ま、オリアちゃんには頑張って自分でどうにか切り抜けてもらおうか」

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